第666話、ムンドゥス帝国の反撃計画


 ムンドゥス帝国の地球征服軍の本拠地ティポタ。

 征服軍長官であるサタナス元帥は、地球全体の地図を無感動な目で見上げていた。


「『アステール』が、落ちたか」


 振り返ることなく響いた声。決して大きな声ではなかったが、中央作戦室内にいる者の耳に届いた。

 情報参謀は直立不動のまま、口を開いた。


「日本の首都を狙ったアステールは音信不通のまま。おそらく撃墜と判定してよろしいかと」


 単なる通信機の故障であるなら、今頃味方のテリトリーに戻っているはずだ。それがないということは、日本の発表は本当ということだろう。


『帝都に襲来した巨大円盤、海軍航空隊ならびに戦艦の艦砲射撃にて撃墜す!』


 敗戦を隠そうとするのはどこにでもあることだ。調子のいいプロパガンダで、国民の士気を保つのは常套手段である。

 しかし、送り出した特殊攻撃兵器が未帰還で通信も途絶えたとなれば、遺憾ながら、日本の公式発表を信じる他ない。


「アメリカの首都は叩けた。しかし、日本はそれができなかった」

「やはり、かの国は手強い」


 マティス征服軍参謀総長は、自身の長い顎髭を撫でつけた。


「わずかな間といえ、対策の時間を与えてしまったことが悔やまれますな。せめて同時に攻撃できていれば、あるいは……」


 対策の余裕もなく、奇襲できたかもしれない、というマティス参謀総長。サタナスは椅子を回して、参謀たちの方に体を向けた。


「今言うても仕方のないことよ。それよりも現実に目を向けようではないか」


 中央の大テーブル、その中央に、地球の各戦線の兵力配置が表示される。サタナスは、まずユーラシア大陸を見た。


「大陸東の戦いは、日本軍の猛反撃により、我が軍は崩壊した。補給が途絶えた軍隊は、蛮族相手にも足元をすくわれる。そうだな?」


 はっ、と参謀たちは頷いた。サタナスは続けた。


「軍団ひとつを失ったのは高い代償ではあるが、ソ連、中国で捕獲した現地人どもを移送できたことで、帳尻は合わせることはできた」

「はい。間一髪でした」


 マティスは眉をひそめた。


「マギア・モナダが間に合わなければ、せっかく捕獲した5億の資源を、敵に取り返されるところでありました」


 地球征服軍が、この世界にきたのは資源の獲得である。侵攻部隊の壊滅よりも、それら資源が得られなかった場合の方が痛いのである。


 魔法兵団こと、マギア・モナダが、集めた現地人を巨大転送陣で異世界に飛ばさねば、サタナスら征服軍司令部人員の首が物理的に飛んでいただろう。

 日本軍によって封鎖され、補給が滞る中、かろうじて第一陣の中に、魔法兵団はいて、彼らは日本軍の猛攻撃の前に、捕獲資源を転送させることに成功した。


 ……なお、現地で尽力したマギア・モナダ――その第1大隊は、大陸侵攻軍もろとも日本軍との戦いに巻きこまれ、全員戦死した。


 参謀総長は、ユーラシア大陸を睨んだ。


「日本陸軍は、なおも大陸を西へと前進を続けております。こちらは総崩れでありましたから、敵の進撃を押さえることはできません」

「しかし、その進軍速度も落ちてきているのであろう?」

「まさに。日本軍にも兵站はありますれば、広大な大陸を丸呑みにできるほどの力はありますまい」

「彼らはヨーロッパまでは来ない。来るとしても、まだしばらくは時間がかかるであろう」


 いくら無人の野を行く状況だとしても、軽装で旅をしているわけではない。兵器の輸送、消費される燃料や物資もまた膨大なものとなろう。


「連中がどこまで進むつもりかはわからんが、そのまま進ませるがよい」


 ムンドゥス帝国が欲する魔力資源のなくなった土地など、いくらでもくれてやる。


「放置するのですか?」

「いや。日本や満州の人間資源は、逃すには惜しい。ここまで我らが帝国に痛手を被らせた相手だ。連中自身の血、魔力を持って代価を払ってもらわねばならん」


 サタナスの目が光る。


「日本の陸軍が大陸を進めば進むほど、本土がガラ空きになるというもの。連中の海軍を叩けば、海から日本本土を攻撃もできよう」

「……」


 マティスは言いかけ、しかし止めた。その日本海軍が、ムンドゥス帝国の主力に匹敵するほど強いのだ。海からの侵攻が果たして成功するのか、それを楽観できる気分にはならなかった。


「無論、日本海軍が強大なのはわかっておる」


 サタナスは言った。これまで散々煮え湯を飲まされてきた相手である。


「アステールの奇襲さえ破ったのだ。我々の最後の相手に相応しい」


 最後――その発言に、参謀たちは、長官の思惑を察した。


「まずは、アメリカに総攻撃を仕掛け、北アメリカ大陸を征服する!」


 サタナスは宣言した。


「首都をアステールに叩かれ、カリブ海艦隊との交戦で、敵大西洋艦隊も弱っておる。さらに南米大陸への侵攻で、敵陸軍のかなりの兵力が本土を離れている」


 手元のパッドを操作し、テーブル上のコマを移動させる。


「本国より大艦隊が到着の予定である。それが来たならば、我々は、太平洋と大西洋、そしてカリブ海方面から圧倒的大軍をもって、米本土上陸を敢行するのだ!」


 アメリカ太平洋、大西洋両艦隊を物量で踏み潰し、西海岸、東海岸ともに大軍で上陸する。北米を制し、現地資源を確保したならば、残るは日本とその周辺を残すのみとなる。


「問題は、やはり日本ですな」


 マティスは重々しく言った。


「北米侵攻に動けば、彼奴らも援軍を送り、攻撃を仕掛けてくるでしょう」

「うむ。そのために、日本海軍を釘付けにしておく必要がある」


 マダガスカル島付近に展開する赤の世界からの艦隊は、インド洋から日本軍を牽制するために呼び寄せた。

 ルベル艦隊という使い潰しても構わない雑兵艦隊を、セイロン島辺りに向ければ、日本軍も北米にばかり戦力を向けることはできないだろう。


「後は地中海を通って、鹵獲艦隊をつけてやれば、日本海軍の目を引きつけることはできよう」


 サタナスは自信満々の顔だったが、眉間にしわを寄せる。


「気がかりは、ヨーロッパ辺りを、小うるさく動いている羽虫の存在か」

「守備艦隊として置いてある現地鹵獲艦隊ではありますが、どうも敵が探りを入れてきておるようで」


 参謀総長が促せば、情報参謀が一歩前に出た。


「北米大陸に身を寄せているイギリス軍が、欧州への帰還を目論んでいるようです。アメリカ、日本双方から軍事的支援も受けており、それらを用いて、攻撃的偵察行動を行っているかと思われます」

「イギリス軍か……」


 アメリカ、日本軍ほどではないが、数ではそれなりに多かった地球勢力という印象のイギリス。それが戦力を回復させてグレートブリテン島への帰還を狙っている、と。


「それは好機やもしれんな。イギリスがヨーロッパへ軍を向けるならば、アメリカか日本もまた、部隊を送ってくるだろう。なれば、北米の戦力はますます手薄となろう」


 サタナスは相好を崩した。


「来たるべき反撃の日に備えよ。それまでは、特に日本軍の注意を逸らすように」


 そして援軍が到着した時、北米は陥ち、最後に残る日本もまた最期を迎えるだろう。

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