第212話、神明、内地に出張する


 第一機動艦隊は、ベンガル湾で暴れ回った。

 マドラス、カルカッタ間を通行する異世界帝国の商船、輸送船を捕捉、次々と撃沈していった。


 しかし、これだけ暴れても、異世界帝国東洋艦隊は、姿を現さなかった。

 戦力がないということは考えられなかった。敵が動かないのは、東洋艦隊に決戦を避けるよう上層部が命令しているか、さらに後方へと退避したのだろう。


 これはいよいよ、機動艦隊が陸軍のカルカッタ上陸船団の護衛をしつつ、東洋艦隊の出現に警戒するという、面倒な状況に陥った。


 船団護衛が含まれると、迎撃するにも制約が生まれる。できれば一つの任務に集中したいというのが、本音である。敵東洋艦隊の撃滅と、船団護衛の両立は難度が高い。


 第一機動艦隊司令長官の小沢中将は、作戦参謀である神明大佐のセイロン島攻略について、細部を詰めるよう命じた。

 セイロン島で騒ぎを起こすことで、敵東洋艦隊をカルカッタ上陸船団撃滅から、島の救援に向けさせるのが狙いだ。


 完全占領できれば儲け物だが、島の維持や補給など面倒なこともあるから、一時的な占領でもよしと、小沢は考えた。最低でも『囮』として機能するならそれでいいのだ。


「秋田」

「わ、神明大佐!?」


 定期報告の回収のために、戦艦『伊勢』に連合艦隊付きの連絡士官こと、秋田大尉がやってきた。神明大佐は、早速用件を切り出した。


「出張を命じられた。内地までよろしく頼む」

「わ、わかりました。……いいんですか、作戦参謀が任務中に艦隊を離れて」

「その任務を果たすための出張だ」


 かくて、神明は秋田の転移札を用いた魔法で日本本土、連合艦隊司令部へと移動した。

 連合艦隊司令部は、つい先日修理の終わった戦艦『播磨』に戻っていた。やられたのが装甲区画外だったことで、見た目よりは軽微だった艦体の修理も、魔核搭載艦の自己修復能力の高さ故、比較的早い復帰となった。


「お、戻ったか、秋田。……と、神明大佐か」


 宇垣纏参謀長が待っていた。インド洋で活動する第一機動艦隊から戦況説明を受けただろう秋田大尉と、持参する報告書を期待していた宇垣だが、さすがに参謀がやってくるのは想定外だった。


「ご無沙汰しております、宇垣参謀長」

「向こうで何か問題か?」


 機動艦隊の参謀が乗り込んでくるなど、何か大きな問題が発生したのでは、と宇垣は判断したようだ。


「戦況の報告と、機動艦隊側から、とある作戦の提案についてご相談したく参上致しました」


 席を勧めら、宇垣に向かい合って座る神明は、まず機動艦隊の近況を報告した。セイロン島空襲は成功したが、敵東洋艦隊は現れず、現状、ベンガル湾での通商破壊を行っている、と。


「……うーむ、東洋艦隊が動かなかったか」

「繰り出してくるのは、潜水艦ばかりです。東南アジア方面で通商破壊をしようと集めていたのをそのまま機動艦隊漸減に投入してきたと見ています」


 神明は告げた。


「上陸船団のこともありますから、潜水艦は片っ端から沈めています」

「その判断は正しい。インド洋作戦は、陸軍のカルカッタ上陸作戦の成功が肝だからな」


 宇垣は頷いた。船団にとって潜水艦は脅威である。数が多いのならば、叩けるうちに叩いておくに限る。

 第一機動艦隊の今後の動きについて、連合艦隊司令部とすり合わせをしつつ、それがひと段落すると宇垣は問うた。


「――それで、機動艦隊側からの作戦提案というのは?」

「敵東洋艦隊をおびき出すため、セイロン島攻略作戦を実施したく――」

「……なっ!?」


 想定外過ぎて、さすがの宇垣も虚を衝かれたように驚いた。


「いやいや、馬鹿を言ってはいかん。カルカッタ上陸を控えている陸軍に、セイロン島に戦力を送れる余裕などないぞ」

「それは承知なのですが――」

「いいじゃないか、その話。僕にも聞かせてくれ」


 新たにやってきた人物と声に、神明と宇垣は振り返る。山本五十六連合艦隊司令長官が顔を覗かせた。


「神明君がわざわざ『播磨』に来たと秋田大尉に聞いてね。様子を見に来たら案の定だ」


 さあ、話してくれ、と山本長官は言った。



  ・  ・  ・



「――確かに、E素材の塔などを排除できれば、敵の守備兵力はガタ落ちする。理屈ではそうだな」


 山本は頷いた。


「少数の部隊であっても、セイロン島の守備隊を撃滅することも、その理屈の上では可能、か」

「もちろん、敵には死体兵という、E素材の有無に関係なく動く敵もいますが――」


 マリアナ諸島攻略やウェーク島攻略の際にも、活動する死体兵の残敵掃討が行われた。E素材を排除したとしても、まったく敵がいなくなるわけではない。


「先日、うつつ部隊の遠木中佐から聞いた話でも、死体兵に複雑な作戦行動は取れないとのことです。数ではなく頭で勝負できます。E素材を取り上げてしまえれば、セイロン島攻略に、師団も連隊も必要ありません」

「占領維持には、師団はいりそうだがね」


 山本は指摘した。宇垣が口を開く。


「しかし、東洋艦隊を誘い出して撃滅するのを主眼とするなら、セイロン島の維持に拘ることもありません」

「……まあ、そうなんだけどね。せっかく獲れるなら、何とかしたいじゃないか」


 山本は、セイロン島攻略に前向きだった。


「あの島を維持できるなら、ベンガル湾の防壁になるし、カルカッタ占領後も行き来するだろう輸送船を守るために損はないと思う」

「ですが、維持するための戦力が――」

「わかっているよ」


 ちょっと拗ねたような顔になる山本である。陸軍は大陸決戦が本命であり、そのために戦力を割くのをよしとしない。


 宇垣は正論を言ったつもりだが、山本にとって、水を差されたようでそんな顔になるのだ。……どことなく同期の嶋田を思い出して駄目だった。

 微妙な空気になるのをよそに、神明は淡々と言った。


「正直まだ案の段階で、まだ詰めていかないといけないところがあります。それで、これから陸軍のほうに、私のほうで掛け合ってみようと思います」

「陸軍に? 何か伝手があるのかね?」

「魔技研繋がりで、陸軍の魔法研究所――魔研に当たってみます。あそこはこれまでも様々な意見交換をしていますし、陸軍の魔法兵器開発も行っています。……それに、大陸決戦に向けて、陸軍がどう考えているのかわかるかもしれません」


 ちょっと探りを入れてきます、と神明は言った。

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