第213話、日本陸軍兵器の現状


 陸軍、五身ごみ島魔法研究所を、海軍の神明大佐は訪れた。


「――離島というのはね、秘密を守る観点では割と都合がいいものだ」


 陸軍魔法研究所所長であり、陸軍大佐である杉山達人たつじんは、そう言いながら神明を出迎えた。

 細身で小柄。眼鏡をかけており、目の細い男である。三十代半ばから四十代くらいの外見で、陸軍軍服姿だと、それなりに精悍さがある。


「久しぶりだね、大佐。クズ島の皆さんはお元気?」

「お陰様で、大佐。ゴミ島の者たちも元気そうで何よりだ」


 やや棘を感じさせる言い回しだが、二人の関係は悪くはなく、一応『友人』というレベルの付き合いではある。


「そういえば、君は今、前線だってな。聞いたよ。第一機動艦隊の参謀だって?」

「小沢さんに引き抜かれたんだ。まあ、それでなくてもここしばらく前線勤務だったが」

「出世しているな。今年辺り、少将に進級じゃないか?」

「卒業席順からすれば、たぶんな」


 神明はそう返した。どこぞの学校にも見える建物の中を歩く二人。廊下の窓からは校庭のような裏庭が見えて、陸軍の戦車やら兵器が動いていた。


「おっ、気になるかい、神明ちゃん」

「一応な」

「またまたぁ。素っ気なく振る舞っても駄目だ。うちの魔研が作っているものに興味津々だろう?」


 魔技研に身を置いている神明である。気にならないはずがなかった。


「見てもいいのか? 陸軍では機密ではないのか?」

「外から見えるものは、機密でもないさ。本当の軍機は、見えないところでやっているからね」


 ニヤニヤと笑う杉山である。


「それで、ただの視察ってわけじゃあるまい? 何しにきた」

「また、お前のところの手を借りようと思ったんだ」

「101を貸せ、と?」


 特殊第101大隊――魔研が保有する直轄実験部隊である。昨年の、第九艦隊によるセレター奇襲作戦に参加し、上陸戦闘を展開している。


「借りられるのならな。だが、陸さんの事情にはさほど詳しくないのだ。話してくれるか? お前、喋るの好きだろう?」

「僕のお喋りは長いよ? ふだん、無口だって言われるけど」

「専門家は、専門の話をする時は得てしてお喋りになるものだ」


 自分もその類いの人間だという自覚は神明にもある。


「で、陸軍はどうなんだ? そちらの話となると、最近では『大陸決戦』なんて単語をまず聞くのだが」

「ヨーロッパや中東から、中国、東南アジア方面へ敵の陸軍が迫っている」


 杉山は窓枠に手をかけて、庭を見下ろす。


「海軍さんは、太平洋やオーストラリアに進撃、なんて考えているみたいだけど、陸軍はもっぱら大陸を見据えているからね。こっちに集中したいのは、ソ連を脅威と思っていた頃からの陸軍の本音だけど」


 海軍はアメリカ、陸軍はソ連を仮想敵国と認識し、軍備を整えてきた。


「しかし、皮肉だねぇ。迎撃思想の海軍が、太平洋を突き進もうとする一方、攻勢思想の陸軍が、大陸で一大防戦を展開しようなんてさ」


 漸減邀撃作戦――米太平洋艦隊が来るのを待ち、その戦力を削るを想定してきた日本海軍である。潜水艦、空母、陸上攻撃機など、すべてその戦いを有利に進めるために作られてきた。


「それで、肝心の陸の戦いはどうなのだ? 異世界帝国陸軍は強力だと聞いているが?」

「あー、正面からでは無理だね。ぶっちゃけ無理。東南アジアでは地形に助けられた面もあるけど、平原での戦いになったら、まず勝ち目はないね」


 敵の主力戦車は硬く、その火力は遠距離から日本戦車を粉砕する。歩兵での戦いも、敵の重装兵やトカゲ突撃兵の前では火力不足が否めず。


「我が陸軍歩兵の基本、相手の正面を迂回して、迂回しまくって包囲するって戦術で辛うじて対抗しているってところかな。それでも犠牲は多いけど」


 杉山は口を尖らせた。


「異世界軍って、正面は強いけど、側面や後ろへの反応が鈍くてね。やっぱり犠牲は大きいけど、待ち伏せも結構有効だよ」

「敵の後方陣地や拠点が、意外に脆いのは知っている」


 東南アジアの異世界帝国からの解放。その戦いも、前線ではなかった。仏印での戦いでも前線ではなく後方からの逆上陸作戦で、敵の後ろから潰したおかげで勝利を得ていた。


「しかし、大陸決戦となれば、正面からの戦いになるのだろう?」

「カルカッタ上陸船団は、インドから東南アジアに向かってくる敵の後方だろう?」


 杉山は返したが、神明は突っ込みを入れる。


「中国方面の敵は?」

「……そいつが頭の痛い問題だね。まあ、正面を餌に包囲戦術で何とか凌ぐんじゃない? 知らんけど」


 前線の将軍ではないのでわからん、と杉山は突き放す。神明は問うた。


「兵器の性能については? そちらも新型を作っているのだろう?」

「新型っていうか、改良型のほうが信用できるってところかな。もちろん、新型も作ってはいるけど」


 杉山は首を傾けた。


「うちの主力である一式戦闘機や二式戦闘機で、敵の戦闘機を抑えるのは厳しい。海軍自慢の零戦も駄目だったっていうじゃない?」

「……」

「神明ちゃんは知っていると思うけど、うちの陸軍って、制空権絶対確保主義じゃない?」

「そんな言葉、初めて聞いたぞ」

「じゃあ、言い直そう。陸軍は『航空撃滅戦』を第一に考えて作られた軍隊なのよ」


 勘違いしていけないのは、陸軍が真っ先に狙っているのは、敵の飛行場である、ということだ。

 つまり、飛び立つ前に敵の飛行機を地上で破壊して、飛行場を叩けば、敵の戦闘機も爆撃機も飛べず、制空権を確保できるという思想だ。


「これは対ソ連を想定して作られた考え方で、実際我が陸軍の航空機は、他国の陸軍機に比べて航続距離が長くなっている。……もちろん海軍さんには負けるけど。つまり、敵より遠方から航空機を飛ばして、先制しようってことだ」


 海軍で言うところの、アウトレンジ戦法のようなもの、と杉山は言った。


「で、制空権をとってしまえば、敵の地上戦力も空から叩ける。陸軍は少ない予算で、航空機を重視した軍備を整えてきた。まあ、このおかげで、異世界人相手に割と頑張ってこれたわけ」


 戦闘機の性能で劣っていても、空を飛ぶ前に叩けば問題なし。


「航空機に偏った結果、戦車とかはちょっと開発が遅れていたんだけどね。もちろん、新型も作ってはいるけど、八九式や九七式がいまだに主力なのも、そのあたりが影響してる」


 しかし、これらの戦車は、異世界帝国の主力戦車に太刀打ちできない。


「だからさ、戦車戦じゃ勝てないから、これまでは襲撃機とか爆撃機が、敵戦車の始末をしてきたわけ」


 ただし、これらの航空機が活躍するためにも、制空権が確保されていなければ難しい。


「そんなわけで、陸軍は開戦以後、兵器の生産優先度を航空機に全フリした。それまでは戦車に関係する兵器も優先度が航空機に並んで高かったんだけど、それも一気に下位に下げられた。だから、九七式に変わる新型戦車を配備する余裕はなくなってしまったんだ。試作は許されたけど、より性能のいい新型戦車の生産などは実質中止だね」


 陸軍は思い切りのいいことをするのだと神明は思った。一方で、新型戦車が作られない分、旧式を割り当てられることになるだろう陸軍の戦車兵たちは気の毒だと思った。ブリキ戦車で戦いを挑まなくてはいけない兵士たち……。


「まあ、僕ら魔研は別だけどね」


 杉山の視線は、庭を走り出した九七式中戦車『チハ』を見やる。


「陸軍が航空に極フリして足りない分を、僕らが補っているというわけだ」

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