第214話、航空機重視主義と戦車


 異世界帝国に対抗するために、日本陸軍は、航空機関係の生産を最優先とした。

 それに伴い、優先度を下げられた結果、資金や資材で割を食う形となった戦車関係は、新型を設計しつつも中々生産できない事態に陥っていた。

 陸軍魔法研究所の所長、杉山達人大佐は言った。


「陸軍も、予算や割り当て資材が充分とは言えないからね。どこかで使えば、別のどこかが足りなくなるもんさ」

「海軍も同じだ」


 神明大佐は肩をすくめる。


「万事、すべて整っている場所などありはしないのだ」

「そんなんだから、陸軍と海軍を統合しようって話になるのさ。陸軍だ海軍だで、資材と予算の取り合いだからね」

「仮に統合したとて、今度は船だ、飛行機だ、戦車だ、歩兵だ、と争いになるだろうよ」

「世知辛いねぇ。今でもそうなんだけど」


 杉山は皮肉げに唇を歪めた。それには同意する神明である。海軍だって、戦艦だ空母だ云々としばしば論争になり、細かなところでいえばキリがなかった。


「で、話を戻すとだ。航空機も大事だが、戦車や装備の機械化というのは必要なのは間違いない。だから、僕たち魔研が不足の戦車戦力の増強に腕をふるっているというわけさ」

「改良型がどうとか言っていたな?」


 神明が言えば、杉山は頷いた。


「まあ、そういうこと。旧式を新型並の性能にしてしまえば、それはもう新型戦車……というのは過言だけど、それなりに使えるようにはなるって話さ」


 杉山は、研究所廊下の窓から見える九七式中戦車を指さした。


 八九式と双璧を為す主力戦車、それが九七式中戦車だ。昭和13年から量産が開始され、徐々にその数を増やしていた。重量15トン。九七式57ミリ戦車砲を装備し、最大時速は38キロ。開戦時ならば、ドイツのⅢ号戦車の初期型であるA型に匹敵する中戦車である。


「まあ、今では魔研の技術で改良して魔法防弾で防御力を強化したものなんだけど、あのチハ改Ⅱ型。主砲は57ミリ光弾砲でね。あれで、一応、異世界帝国の四脚戦車の脚をぶち抜いて撃破することが可能になっている」

「ほう……」


 光弾砲は、海軍でも異世界帝国からの鹵獲品を参考に開発を進め、対空・対艦両用のものの他、駆逐艦や巡洋艦用の主砲級のものも開発に成功し装備している。


「敵の主力戦車に対抗できる武器を手に入れたわけだ」

「まあ、そういうこと。魔研で作っているチハは、全部この光弾砲搭載型だ。……まっ、陸軍が不足している対戦車火力を補う分には有効だけれども、歩兵支援用の榴弾が使えないのが欠点ではある」

「わかる」


 神明は思わず同意した。艦艇にも、対空用に光弾式があるが、障壁弾を運用できないために、従来どおりの高角砲などと併用しなくてはならなかった。

 もちろん、弾の装填のいらない光弾式は、潜水型駆逐艦や巡洋艦――特に無人仕様の艦には大助かりではあるのだが。

 杉山は続けた。


「実際、不利ではあるが一式砲戦車でも、一応、敵主力戦車に対抗はできるから、今のチハ改Ⅱ型が配備されるまで、こっちを作っていたんだけどね」


 一式砲戦車『ホニⅠ』戦車は、九七式中戦車の砲塔を九○式野砲を搭載した、いわゆる自走砲である。

 その主砲は、日本陸軍の戦闘車両でもっとも威力のある75ミリ砲であり、戦車としては不十分ながら、対戦車火力の高さは、純粋な戦車兵たちも運用次第では使えると言わしめた代物だ。


「で、問題は貧乏な陸軍が航空機を優先していたために、これら戦車が作られない、という事態だったわけだが、君ら魔技研が、艦艇用の大型魔核をこっちに回してくれたおかげで、うちで生産できるようになった」


 杉山は眼鏡のブリッジを押し上げた。神明が指揮したセレター奇襲作戦。陸軍の特殊第101大隊が協力したが、その見返りが、セレター軍港で確保した魔核の分配だった。

 魔核は魔力を通すことで、様々なことができる。設計データをぶち込むことで、大破した日本海軍艦艇も魔力次第で修復ができた。さらに能力者が操ることで、少人数での艦の運用や、自己再生なども可能になる。


「艦艇用を、戦車や航空機用に調整するのに手間取ったけどね。おかげで、うちの製品の量産が捗って、陸軍が不足している装備や戦車を代わりに作ってあげることができるようになった。その点には、君に感謝だ、神明ちゃん」

「お役に立てて何よりだ」


 陸軍が――正確には魔研が魔核を欲しがっていた理由が、はっきりした。予想はしていたが、それを確かめられて神明は安堵する。


「魔核は、五身島にあるのか?」

「ん?」

「陸軍のお偉い方に取り上げられそうにならなかったのか、と聞いたのだ」


 魔核を使った兵器の量産。それを軍部が知れば、その技術を独占しようとする動く者が現れてもおかしくない。管轄を巡って、陸軍省内で取り合いが起きたり、とか。

 または、航空機装備全フリの陸軍が、航空機を作れと行ってこなかったのだろうか、など。


「ああ、そこは陛下を通して、東條首相に守ってもらっているから、よほどのことがなければ大丈夫」


 杉山はヒラヒラと手を振った。内閣総理大臣兼陸軍大臣の東條英機。


「あの人、天皇陛下のご意向は絶対に果たそうとする人だからね。陛下から、魔研に自由を与えつつ保護しろ、と言われれば、絶対にそのようにする人なんだよ」


 ただし――と杉山は真面目な顔になった。


「東條首相は、味方には優しいし気配りの人だけど、一度敵にしてしまうと、そらもう恐ろしいんだ。関東軍にいた頃、憲兵隊司令官の時なんか、コミンテルンの協力者摘発をしまくって軍内部の赤化を防いだり、そっち方面もやってた人だからね」


 さらに戦前、陸軍航空本部長、そして陸軍航空総監をやっていた頃もあり、陸軍の航空装備全フリに傾倒しているのも、東條の息がかかっているからとも思われた。

 要するに、陸軍において、東條英機という男はかなり力を持っているということだ。逆らったら、陸軍でいい思いはできないだろう。


「まあ、一応、ご機嫌取りというわけではないけど、航空機用マ式エンジンの開発と量産もやっているから、使えるうちは特に言ってこないと思うよ」


 マ式エンジン――海軍では高高度迎撃機『白電』が、ロケットやジェットエンジンを押しのけて採用されたマ式エンジンを搭載している。実際、異世界帝国の重爆撃機の高高度襲来を何度も阻んでおり、本土の空を守っている。


 当然ながら、海軍に負けじと陸軍でもマ式エンジン搭載機を作っている。いや、むしろ航空機全フリした結果、海軍よりもマ式エンジン機が多い。


「――それで、神明ちゃん」


 杉山の目が細くなる。


「色々喋らせてもらって楽しいんだけどさ、そろそろ、神明ちゃんが来た本当の理由、教えてくんない?」

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