第542話、新堂艦隊、攻撃隊発艦


 主力であり、囮部隊である新堂艦隊から攻撃隊が発艦した頃、神明少将指揮の攻撃部隊は、ミャンマー方面海上からベンガル湾を西進していた。

 各部隊の中で、もっともベンガル湾最奥に近い位置である。


 旗艦『鳳翔』にいる神明少将は、第七艦隊『真鶴』の偵察情報と、新堂艦隊による攻撃隊出撃の報を照らし合わせ、攻撃隊の発進準備を命じた。


『天候は曇天なれど、海上、波は穏やか』


 海上を航行している駆逐艦『島風』からの報告。潜水空母の『鳳翔』と『伊400』潜水艦。さらに軽巡洋艦『名取』が浮上を開始する。

 洋上にあった『島風』は遮蔽を解いてその姿を現す。


「伊400の転移中継装置、正常作動! 白鯨、先行します!」


 見張り員が声を張り上げた。

 転移中継装置によって、潜水艦の上空を大型爆撃機が現れ、それがグングン天へと昇っていく。


 直に遮蔽装置を使って姿を消すが、この白鯨号――異世界帝国重爆撃機の改修機が、攻撃隊より先行し、案内役となる。

 小型だが島型艦橋に改造された『鳳翔』から、神明は空を見上げる。その隣に、諏訪すわ将治まさはる先任参謀が立った。


「嵐にならなくてよかった。気象長の話では、この時期のベンガル湾は雨も多いそうですよ」


 かつての連合艦隊司令部の情報参謀。魔技研関係の人間であり、開戦後、まだ魔法装備になれない連合艦隊司令部のサポートを行った人間である。それ故、魔技研関係の神明との関係は浅くない。


「予備計画も立ててある」


 神明は淡々と答えた。


「そのための『伊400』であり、『島風』であり、『名取』だ」


 波で空母からの発艦が出来ずとも、別の場所で発進した機体を呼び寄せればよい。実際、空母に載らない重爆撃機の白鯨号も、そうやって転移で使っているのだ。


「でも神明さん、狙いはゲートだけじゃないんでしょう?」


 爽やかな顔立ちの諏訪は、さも当然という顔で言う。


「敵の上陸した部隊とか、東進している敵陸軍も、あわよくば攻撃しようと思っている」


 新堂艦隊の任務は、何が何でもゲートを破壊すること。カルカッタに展開した敵については、その後、まともな編成がされた後続部隊が、方法はわからないが叩くなりすることになっている。

 つまり、ゲート以外の敵について、神明たちは手を出す必要がないのだ。


「攻撃部隊の位置って、明らかに移動している敵陸軍を攻撃できる位置じゃないですか。そもそも攻撃部隊って隊名、ゲート破壊以外も攻撃する気満々ですよね?」

「ゲートの破壊が最優先だ」


 神明は淡々と、しかしきっぱりと告げた。


「それ以外のことは、おまけに過ぎない」


 おまけ、と言うことは、余力で他も叩くつもりだ、と諏訪中佐は確信した。神明が冷静沈着に見えて、やる時はとことんやるバーサーカーなのを、諏訪は知っている。


 軽空母ばかりで艦隊を編成して、いかにも弱体だから最低限しかできそうにないと見せかけて、ガッツリやるのが神明という男なのだ。


 角田覚治中将や山口多聞中将といった闘将と比べると、対極な雰囲気だが、隠れ闘将であるのは間違いない。彼が、セレター軍港やマリアナ諸島への、小艦隊での殴り込みを実行してきたことでも明らかである。……付き合わされる方は、気が気でないところではあるが。


「また、須賀大尉が文句を言いそうだ……」

「あいつが何か言っていたか?」


 誰、とはさすがに神明は言わなかった。ソロモン作戦の一環で、シドニー近海のゲート破壊任務の特別攻撃隊の指揮官に指名され、『鳳翔』にきた須賀 義二郎大尉は、今、格納庫から出される烈風改戦闘攻撃機に乗っている。


「原隊復帰と思いきや、引き続きゲート破壊に狩り出されたんです。一言言いたくもなるんじゃないですか?」


 適当なことを言う諏訪に、神明は視線を飛行甲板――いままさに転移格納庫から飛行甲板に出た烈風改に向けた。


「あいつらは、ゲート破壊に縁があるということだろう」

「……そういえば、最初のアスンシオン島のゲート破壊も、須賀大尉だったような」

「そういうことだ。そういうのを引き当てる運命なんだろう」

「本気で言ってます?」

「そういうことにしておけ」


 偶然、三回もゲート破壊作戦を遂行するポジションについた、でも構わないが、と神明は思う。

 もっとも、毎回ゲート破壊に投入されているのは、須賀とその度に相方を務めている犬上 瑞子中尉のコンビなので、須賀一人がどうとかというわけでもない。


「神明司令! 攻撃隊、発艦準備完了です!」


 潜水空母『鳳翔』艦長の武本大佐が告げる。神明は首肯した。


「攻撃隊、発艦始め」


 賽は投げられた。先頭の烈風改6機がマ式カタパルトで連続射出され、後続の彩雲改偵察攻撃機が6機、『鳳翔』の飛行甲板から一気に飛び上がった。

 艦橋からそれを見送った神明と諏訪は、自然と敬礼していた手を下ろした。


「それにしても攻撃機役が、偵察機というのも不思議な感じがします」


 諏訪の言葉に、神明は薄く笑みを浮かべた。


「仕方ない。新型の流星改二は、機動部隊優先で、しかも特マ式収納庫を装備していない。爆弾搭載量は、彩雲改の方が上だ」


 ただでさえ誘導弾不足である現状、この作戦のために工場から新品を強奪も同然に回してもらった。そしてそれをゲートに叩きつけるために、1機で複数の誘導弾を搭載できる機体が攻撃隊に選ばれたのだ。


 今回、烈風改に各2発、彩雲改に各3発を積んでいるので、合計30発。これは艦攻三個中隊を上回る。少数ではあるが、数以上の攻撃力が期待できた。


「さて、敵の動きを見ようじゃないか」


 神明は言った。


「それによって第二次攻撃隊の投入も変わる」



  ・  ・  ・



 囮部隊である新堂艦隊本隊は、異世界帝国軍の偵察機によって、その接近に気づかれた。

 そして新堂艦隊が先手を打って放った攻撃隊もまた発見された。


 カルカッタ攻撃部隊――転移ゲート守備隊は、スクリキ小型戦闘機を日本機の接近阻止のため展開。そしてグラウクス級軽空母から、ヴォンヴィクス戦闘機とミガ攻撃機による攻撃隊を編成し、出撃させる。


「敵は空母4隻。小ぶりのようだが、向かってきたからには殲滅せよ!」


 ゲート守備隊司令官、パラスケヴィ中将は檄を飛ばすように声を張り上げた。参謀の一人が口を開く。


「日本軍にはより大型の空母がゴロゴロしているはずですが、何故、小型空母なのでしょうか……? 囮部隊とも思えませんが」

「それだけ日本海軍もダメージを受けているということなのだろう」


 南海艦隊、インド洋艦隊、オーストラリア方面艦隊と立て続けに戦い、さすがに日本軍も無傷ではあるまい。さらにテシス大将の紫星艦隊が、敵水上打撃部隊、空母機動部隊を一つずつ損害を与えて撤退させている。

 それにセイロン島の日本軍に対して、紫星艦隊が襲撃をかけたので、さらに反撃できる戦力が減っているに違いない。


「奴らも、正念場とわかっているのだろう。だからこそ、なけなしの戦力を振り絞っているのだ」


 パラスケヴィ中将は、どこか自嘲を滲ませる。それもそのはず、ゲート守備隊の艦艇は、大半が小型空母や護衛型駆逐艦ばかりで、有力な水上打撃部隊に殴り込まれたら、劣勢の戦力でしかない。数だけは多いので、抵抗はできるだろうが……。


 ――まあ、保険の海防戦艦が送られてきたから、戦艦の数隻が攻めてきたところで返り討ちにできるがな。

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