第543話、転移ゲート防空網


 ムンドゥス帝国のパラスケヴィ中将は、日本軍の軽空母中心の機動部隊を返り討ちにするつもりだった。

 ゲート守備隊のグラウクス級軽空母は平均35機の艦載機を運用しているが、30隻もあるから、たかだか4隻程度の日本艦隊に負ける要素がなかった。


 しかし参謀が指摘している通り、日本軍の反撃部隊がこれだけとは思えない。どこかに正規空母を中心とした強力な空母機動部隊がいるのではないかと警戒していた。


 地球侵攻軍が、ようやく上陸を果たしたカルカッタである。そこにたどり着く前に失われた艦隊、人員、物資と増援戦力を思えば、パラスケヴィ中将の防衛責任は非常に重い。万が一の失敗は許されなかった。

 飛来する日本軍の攻撃隊は、80機ほど。軽空母4隻の送り出す航空隊としては、多い方になるだろうか。


 ゲート守備隊もヴォンヴィクス戦闘機90機を迎撃に送り出し、それを突破するなら、スクリキ小型戦闘機の防空網による第二次迎撃を行う腹づもりである。さすがに数から言っても、それ以上、日本機は進めないだろう。

 そしてそれとは別に、日本機動部隊に戦闘機45機、攻撃機120機の攻撃隊を放っている。


 軽空母のおおよその搭載数から考えても、迎撃できる戦闘機の数は多くはないだろう。余裕でこの機動部隊を捻り潰せる、とパラスケヴィは考えた。


 盤石の布陣だ。仮に噂に名高い日本軍の奇襲攻撃隊が攻めてきたとしても、カルカッタ近傍、そしてゲート上空には多数のスクリキ小型戦闘機が群れをなして飛んでいるのだ。易々と接近することはできない。


『第一次迎撃隊、日本軍攻撃隊と交戦に入ります』


 偵察機からの報告。迎撃戦闘機隊が、日本軍に牙を剥いたのだ。


『敵攻撃隊、誘導兵器にて、我が方の迎撃隊を痛打。およそ3割を喪失』


 交戦直前に先制されたようで、しかもそれがかなり効いたようだった。敵攻撃隊の編成が戦闘機と爆撃機もしくは攻撃機の混成だろうから、戦闘機の数はこちらが上だと思われるが……。


 パラスケヴィの想像は外れた。日本軍攻撃隊85機は、すべて戦闘機だったのだ。これらはヴォンヴィクス戦闘機に対して反撃、数で圧倒する。終わってみれば、返り討ちにあったのは第一次迎撃隊の方であった。


「ファイタースイープだったか……」


 戦闘機だけで攻撃隊を編成し、迎撃に向かってくる戦闘機を撃滅する戦術だ。だがこれを実行してくるということは――


「こいつは前座だ。敵の本命が別にあるに違いない」


 軽空母群は、こちらの戦闘機を減らし、防空能力を下げようとしているのだ。運用できる艦載機の数からして、攻撃機は積まれていないに違いない。それはつまり、ゲートに対する攻撃力を持っていないから、別の空母機動部隊か、それに類する攻撃戦力が存在しているということを意味する。


「偵察機を増加! 日本軍の別動隊の発見に務めよ」


 パラスケヴィは指示を出す。戦場の観測していた偵察機から続報が入った。


『敵攻撃隊、なおも進撃中!』


 ファイタースイープを仕掛けた敵攻撃隊が、第一次迎撃隊を退け、さらにカルカッタのゲート方面を目指している。


「敵は戦闘機だけなのに、向かってくるのか?」


 航空参謀が首をかしげた。対地、対艦能力はないだろうに、何故進み続けるのかわからない。


「それだけこちらの迎撃機を引きつけて、後続の攻撃隊のために道をこじ開けようというのだろう」


 パラスケヴィは吐き捨てるように言った。軽空母を主力にした機動部隊を前面に出したことといい、日本海軍は反撃に繰り出せる戦力が、ほとんど残っていないのだ。

 無茶でも何でも、強攻するしかない。敵もカルカッタに上陸した我が陸軍の行動が、大陸での攻防を左右すると理解している。


「だがすでにスクリキによる第二次迎撃隊が、待ち構えている。日本軍攻撃隊は、それ以上は進めん!」


 それでも抜けてきたとしても、転移ゲート周辺にはさらなる数の戦闘機が待機している。わずかな攻撃隊では接近すること自体、無理なのだ。


『第一次攻撃隊、敵機動部隊を目視しました!』


 日本機動部隊に張り付いている偵察機から一報が入る。軽空母4隻とその護衛艦隊を叩き潰すべく放った攻撃隊が到着したのだ。

 この目障りな空母機動部隊を速攻で叩き、日本軍の本命に備えなくてはいけない。


『報告! 敵空母機動部隊、消失!』

「なにっ!?」


 思いがけない報告に、パラスケヴィや参謀たちは騒然となった。


「消えた、だと!? 遮蔽装置か?」

「転移で逃げたのでは?」


 こちらの攻撃隊を引きつけたのだから、それで充分と考えたのだろうか? いや、転移で逃げたと思わせて、ただ姿を消しているだけではないか。


「こちらの偵察機を撃墜しなかったのは、最初から攻撃隊を吸引するためでは――」


 参謀長が言った。言われてみれば、こちらの偵察機が、日本艦隊を発見し、その後張り付いているのに、それに気づかない日本人ではあるまい。

 ゲート守備隊が放った偵察機には遮蔽装置はない。レーダーでも探知できただろうし、撃ち落としに迎撃機を送ってくるのが普通だ。


「それでこちらの攻撃機を吐き出させたところで、何になるというのだ」


 パラスケヴィは低い声を出した。


「こちらは同規模の攻撃隊を複数放てる。敵が機動部隊を三つや四つ出してきて、それが一斉に向かってこない限りは対処できるのだ」


 それを日本軍が最初からやってこない時点で、それだけの戦力を送り出せないのだ。こちらはゲートがある限り、補充も補給も滞りなく得られる。無駄なのだ、この程度の日本軍の反撃などは。


 その時だった。遠くで雷鳴じみた轟音が連続した。それが爆発と気づいた時、パラスケヴィのいる司令部に衝撃が走る。


『ゲ、ゲート艦にて爆発!』

「何っ!? 爆発だと!?」


 しかもよりによって、ゲートを発生させているゲート艦にトラブルとは――


『て、敵機! 日本機の攻撃っ!』


 追加の報告に参謀たちは目を剥き、パラスケヴィ中将は司令塔を出て、洋上――転移ゲートのある方向へ目を走らせる。


 カルカッタより南西に約50キロ。フーグリー川沿岸にはるハルディア港を背に、ゲートを発生させる大型艦2隻が停泊していたが、その2隻が大爆発を起こしていた。

 当然、そこにあった転移ゲートは、その形を維持できず消滅していた。


「バ、バカな……!」


 敵機が、ハルディア上空の防空網を抜けて、的確にゲートを破壊したなど。目の前ですでにゲート艦が転覆しつつあるのに、パラスケヴィは信じられなかった。


「敵の軽空母の前衛は阻止しつつあって、別動隊は、おそらくまだその後ろにいて――」


 攻撃隊が入り込んでいるはずがないのだ。日本海軍お得意の奇襲攻撃隊が来るのは、まだ先ではないか。


 そう思い込んでいたパラスケヴィである。彼もまた、日本海軍の戦術について理解が足りなかった。

 自分なりに理解し、考えたそれが、自分たちにとって都合よく解釈していたことに気づくよりも早く、最重要防衛対象だった転移ゲートが破壊されたのだった。


 揚陸した陸軍ならびに、ベンガル湾最奥に展開する守備艦隊は、完全に孤立したのである。

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