第544話、転移ゲート艦、沈没


 ハルディアは、カルカッタ南西にあってその港湾機能を担っている。

 ムンドゥス帝国が、日本軍に察知されずに、カルカッタに繋がるフーグリー川のもとまでベンガル湾を進めたのは、ヴォルク・テシス大将の紫星艦隊が絡んでいる。


 彼の艦隊は、潜水型輸送艦隊――新装備であるゲート艦を伴い、カルカッタへ侵攻、上陸する部隊を護衛していた。


 本来の順番で行けば、インド洋艦隊、オーストラリア方面艦隊がセイロン島とカルカッタ上陸を行い、そこを制圧、橋頭堡を確保したところで、ゲート艦がゲートを設置して、以後の補給ルートの短縮を図るものであった。


 しかし先行した艦隊は、ことごとく日本海軍によって撃滅され、最後尾であるはずの転移ゲート艦隊のみが、インドへの上陸地点に辿り着いた結果となった。

 途中、紫星艦隊が、ゲート形成の邪魔になる可能性のある日本艦隊――第八艦隊、第九艦隊への攻撃を行ったことで、無事、目的地に到着したゲート艦は、浮上のち転移ゲートを展開し、一連の上陸と前線への物資揚陸、増援部隊を展開することに成功したのだった。


 その後、紫星艦隊は護衛任務を外れ、ベンガル湾を南下。セイロン島トリンコマリーを空襲し、日本海軍に打撃を与えた。本来の独立遊撃任務に戻った結果、補給と整備を兼ねて、ベンガル湾を離れている。


 閑話休題。

 多数の小型空母、駆逐艦ら護衛艦隊が、ゲート周辺を固め、制空権を確保。反撃してきた日本海軍の空母機動部隊を迎え撃ったのだが……、ここで護衛艦隊司令、パラスケヴィ中将の想定を裏切り、日本軍の奇襲攻撃隊が、ゲートを襲撃、これを破壊してしまった。


 攻撃を仕掛けたのは、新堂艦隊攻撃部隊である、『鳳翔』航空隊である。

 攻撃隊長である須賀 義二郎大尉指揮の烈風改戦闘攻撃機、彩雲改偵察攻撃機、合計12機は、遮蔽装置によって姿を消して、転移ゲートへ向かった。


 カルカッタ近辺ならびに、転移ゲートの空域は、異世界帝国のスクリキ小型戦闘機の大群が飛行しており、その中を突き進むのは、いくら遮蔽装置付きでも難しい。

 特に一定の高度以上をランダムに周回している中を、透明化で僚機も見えない中、進むのはほぼ不可能だと思われた。

 が、これを日本海軍の攻撃隊指揮官である須賀大尉は、単純な手で突破した。


「全機、高度100メートル以下を飛べ」


 スクリキ小型戦闘機は、一定の高度以上を飛んでいる――つまり、それより下には飛んでいないのだ。

 もっとも、都市の建物や地形の高低差などがあって、そんなギリギリを飛ぶのは衝突の危険性が高いから、それより上を飛んでいるだけの話だ。


 だから須賀大尉は、シドニー近海のゲート破壊での戦訓に倣い、海上を行く異世界帝国艦隊の真上を突っ切ったのである。

 海上は波があると言っても、艦艇がそこまで大きく上下することは基本はない。地上の上を行くより、遥かに安心だ。


 そして須賀が、この低空飛行策に躊躇なかったのは、部隊の機体が、能力者である犬上瑞子中尉の使い魔の補助を受けた無人機だったことも影響する。つまり、犬上が遮蔽で消えていても使い魔を感知することで、相互の位置を掴んでいたので、衝突する確率を大幅に下げたのである。

 もちろん、須賀には見えていないし感じていないので、犬上の方で衝突しないように気を配る必要があったが。


 肝心の転移ゲートに近づいた時、須賀はもっとも安全なゲート正面を飛行ルートに選んだ。


 転移ゲートは物体を転移させるが、一方で転移先の景色、状況がわからない。そのため転移してくる者のために、正面には障害物になるようなものを置いてはいけない。それを怠り、あるいは立ち往生していると、次に転移してくる艦船と衝突事故を起こしてしまうからだ。

 だから、ゲートの正面は常に開けている。遮蔽で姿を隠しつつ接近するなら、障害物がもっともない正面を行くのが正解なのだ。


 そしてそれは、誘導弾の狙いがつけやすさにも繋がる。ゲートを発生させている大型船を見て取ると、須賀は彩雲改隊を予備戦力として待機させ、烈風改6機のみで攻撃を仕掛けた。


 烈風改は、特マ式収納庫を装備し、転移誘導弾を2発搭載していた。向かって右の船を第一小隊3機、左の船を第二小隊の3機で攻撃。防御障壁が張られていた場合に備えて、転移する誘導弾が用いられたが、それらは魔力照準に従い目標へ飛んだ。


 結果は、大成功。全長200メートルと重巡洋艦級の大きさを持つゲート艦は、残念ながらそこまで装甲はなかった。各6発の誘導弾が直撃し、転移ゲート発生装置を、木っ端微塵に破壊されたのである。

 戦艦並みに固かったら、待機していた彩雲改を投入するつもりだった須賀だったが、トドメは必要がなかった。


「彩雲改は、アヴラタワーを狙え!」


 行き掛けの駄賃とばかりに、彩雲改6機はハルディアから、カルカッタ方面に伸びる野戦型移動式アヴラタワーに誘導弾を叩き込んだ。

 この間、スクリキ小型戦闘機はまったく役に立たなかった。無人戦闘機は、遮蔽に隠れて捕捉できない敵機に無力だった。


 地上乃至海上の母船から、敵機の追撃、撃墜を命じられても、肝心の敵機が見えないのではしょうがない。

 須賀大尉は、低高度で烈風改を飛ばしつつ、攻撃は犬上に任せ、敵機の動きをじっと観察していた。


 空を覆うほどの虫の大群の中を突っ切る気分だった。市街地という、超低空飛行をするにはハード過ぎる場所のせいか、小型戦闘機の群れは降りてこなかったのである。


「――重要目標の攻撃、完了しました」

「よし、引きあげる!」


 やることをやった烈風改、彩雲改は遮蔽に隠れたまま戦線を離脱した。



  ・  ・  ・



 鳳翔攻撃隊が目標を果たしたのを確認し、高高度にて遮蔽で隠れていた鹵獲重爆撃機――改めイ型重爆撃機『火山』、その白鯨号は、鳳翔隊が目標のゲートを破壊したのを確認すると、その針路を東へ取った。


「ゲートに加え、アヴラタワーを失い、敵地上部隊の動きが停滞しつつあり」


 観測していた白鯨号は、その旨を艦隊に打電した。異世界人は、この世界の環境では生きていけない。異世界人のための環境を維持するアヴラタワーを失うことは、死活問題だった。


『白鯨号へ。攻撃隊転移を行い、敵集積場、飛行場、地上部隊を攻撃せよ』

「こちら白鯨、了解。――機長!」

「おう」


 白鯨号の機長、田島 晴夫少佐は頷いた。鳳翔隊の予備として待機していたが、思いのほか、あっさり攻撃を成功させたので、神明少将から与えられた次の攻撃目標に切り替える。


「転移中継装置、作動!」


 空飛ぶ転移中継装置である白鯨号である。呼び出されたのは第九航空艦隊の攻撃隊である。


 業風、暴風戦闘機に加え、九七式艦攻、九九式艦爆などの旧式に混じり、銀河双発爆撃機、鹵獲機である重爆『火山』の編隊も出現。

 アヴラタワーを失い、混乱する敵地上部隊、アヴラタワーと同等の効果を発揮する野戦用移動塔、物資集積場に、日本海軍基地航空隊が猛禽のごとく襲いかかった。

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