第541話、新堂艦隊、ベンガル湾へ


 興国の危機とあれば、軍人として戦うことに異論はない。

 しかし物事には順序というものがあり、予定が組まれている。その予定を狂わされ、突然、最前線に行けと言われて、ムッとする者は少なくなかった。


 心の準備をする間もないこともあれば、予定された休暇を取り消されたことに不満を口にする兵もいた。本来は戦闘部隊ではないのに、最前線に狩り出された艦の乗組員たちは、特にその思いが強かった。

 そこは人間なので仕方がない。


 臨時編成部隊――新堂艦隊は、ただちに集合。軽空母戦隊は、九頭島から飛来した航空隊を収容した後、ベンガル湾へ転移した。

 その編成は、大まかに三つ分けられた。



●囮部隊(新堂艦隊本隊):新堂 儀一中将

 軽空母:「龍驤」「大鷹」「雲鷹」「冲鷹」

 大型巡:「早池峰」

 駆逐艦:「山雪」「浜雪」「風雪」「磯雪」「谷雪」「川雪」「大雪」「峯雪」



○攻撃部隊:神明 龍造少将

 潜水空母:「鳳翔」「伊400」

 軽巡洋艦:「名取」

 駆逐艦 :「島風」



○転移巡洋艦部隊

 転移巡洋艦:「夕張」「青島」「豊予」「本渡」「大隅」



 他、高島寧次やすじ少将指揮の第九航空艦隊も、新堂艦隊に呼応して、攻撃に参加できるよう準備を進めていた。


 囮部隊であり、艦隊の本隊である新堂中将は、旗艦を大型巡洋艦『早池峰』に置いた。神明から、通信能力の高い艦で全体の指揮をとるように言われたからだ。

 連合艦隊司令部から臨時で来た樋端 久利雄先任参謀は、新堂のサポートに周り、神明は、潜水空母『鳳翔』を旗艦にした攻撃部隊の指揮官となっている。


 転移巡洋艦部隊は、それぞれ分散してベンガル湾に展開し、囮部隊が敵の攻撃にさらされた場合に、転移離脱をさせるために備える。


 カルカッタに向けて新堂艦隊は進む。その速度は18ノットと、ここ最近の日本軍艦艇では平均的な巡航速度。

 一応、空母機動部隊のような編成ではあるが、その主力は小型空母ばかりで、その艦載機は4隻合わせても103機と、正規空母1隻と半分程度しかなかった。


「――航空機の数自体なら、第九航空艦隊がついていますから、実際は300機は投入できるわけですが」


 旗艦『早池峰』で、樋端参謀は言った。新堂は皮肉げに返す。


「しかし、その大半は、自動コアによる無人機なのだろう?」


 第九航空艦隊は、軍令部直轄部隊であり、魔技研の研究成果が反映されやすい部隊である。


 無人航空機の比率が他の部隊より高めで、指揮官1人に、残る中隊機は全て無人型という部隊運用の試験を繰り返している。

 パイロット不足ということもあるが、航空隊の大拡張に、供給が追いつかないというところだ。


「それはそれとして、誘導弾の補充はあまりないが、爆弾はしこたま積んできたと聞いた。余っていたのか?」

「私も神明さんに聞いた話なんですが、ニューギニア島の無力化した敵飛行場の物資を回収したものらしいです」


 陸軍が大陸にかかりっきりなので、制圧部隊が不足する海軍は、ニューギニア島の異世界帝国のアヴラタワーを全て破壊し、無力化。局地的に飛行場だけ占領し、そこを利用して南東方面作戦に活用された。


 それら基地から、異世界帝国の兵器や物資を鹵獲したわけだが、軍令部第二部は、異世界帝国から回収した爆弾などを、海軍の航空機でも使えるように改造した。

 今後の弾薬不足が懸念された頃の工作だったが、それがここで活用されることになったのだ。


「間に合わせですが、ないよりマシです」

「そうだな。それがなければ、こうも早く反撃はできなかっただろうな」


 新堂はそこで、そういえばそのニューギニア方面に進出した部隊に、第九航空艦隊があったのを思い出した。その頃に回収していたのだろうと、見当をつける。格納庫ごと転移させる転移倉庫が活発に使われていたと記憶していて、鹵獲兵器だけでなく弾薬や爆弾などもその時、内地へ転移させたのだろう。

 閑話休題。


 北上する新堂艦隊。転移巡洋艦部隊は、その後方で、それぞれ個別に転移地点へ移動を行っていて、神明部隊は艦隊より先行した位置を行き、攻撃隊発進地点へ向かっている。

 その間、第七艦隊の哨戒空母『真鶴』の偵察機からの、現地状況が届く。


『敵は輸送船による揚陸作業を実行中。小型空母20以上、戦闘機母艦と思われる輸送艦20から30。護衛艦多数――あと、何だあれは?』


 通信している彩雲改のほうで動揺の声が伝わる。


『ち、超大型の戦艦らしきもの! 未確認の巨大艦が、ゲートより出現! ……何だこのデカさはっ!? 推定全長600メートル以上ッ! 小型空母が駆逐艦以下に見える!』


 超大型戦艦――そう聞いて、『早池峰』の新堂は、顔がカッと怒りに染まった。第八艦隊を撃破し、遠藤中将ら司令部を葬った憎き敵かと思ったものの、以後の報告でそれとは別のものと思えてきた。

 紫の艦隊――紫星艦隊の超戦艦は全長300メートル以上だが、さすがにその倍近い大きさと聞けば、別物だとわかる。


「ここにきて、また新型ですか」


 樋端は淡々と呟いた。異世界帝国、底が知れない。脅威の軍事力。


「全長600メートル以上の戦艦だと……? 次から次へと――」


 新堂は苦い顔で軍帽を被り直した。


「こちらの攻撃目標がその戦艦ではないのが運がいいのか悪いのか。ともあれ、これ以上、敵に時間をやれば、ますます手がつけられなくなるのは確実のようだな」

「まだ、敵に発見されていませんが、今のうちに第一次攻撃隊を放ちましょう」


 樋端は進言した。新堂は頷く。


「このタイミングでいいんだな?」

「神明さんの意図はしっかり把握しています。ここにあの人がいるのと変わらないように、艦隊を動かしてみせます」


 日本海軍が誇る天才、樋端 久利雄、ここにあり。神明が臨時編成部隊を選考するにあたり、その指揮官乃至参謀に名指しした人物である。

 新堂艦隊の4隻の軽空母から、攻撃隊が用意される。


 『龍驤』『大鷹』、そして昨年のマーシャル諸島攻略作戦時に撃沈され、しかし復活と改修を受けた『雲鷹』『冲鷹』の飛行甲板から零戦五三型や業風戦闘機が、マ式カタパルトで連続射出される。


 新堂艦隊、第一次攻撃隊、発艦完了。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・山雪型駆逐艦:『山雪』

基準排水量:2450トン

全長:129.3メートル(130.2メートル)

全幅:11.84メートル(11.32メートル)

出力:6万馬力

速力:35ノット

兵装:55口径12.7センチ連装両用砲×3 61センチ四連装魚雷発射管×2

   53センチ魚雷発射管×4 対艦誘導弾三連装発射管×2 

   25ミリ三連装機銃×6 対潜短魚雷投下機×1 誘導機雷×16

航空兵装:なし

姉妹艦:「浜雪」「風雪」「磯雪」「谷雪」「川雪」「大雪」「峯雪」

その他:フランス海軍の大型駆逐艦、ヴォークラン級とゲパール級は、異世界帝国軍に鹵獲されたが、日本海軍が回収し改装した。改夕雲型の武装強化型とも言える武装を持つ。潜水機能を有する。

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