第128話、43年攻勢方針
北マリアナ諸島アスンシオン島砲撃は、連合艦隊の勝利として日本中に報道された。
異世界帝国の本土空襲を図る重爆撃機の撃退と、その攻撃地点の破壊――実際はゲートを封鎖しただけではあるが、それでも南方作戦の成功と相まって、年末の空気を祝賀ムードに一色にした。
東京都内、とある料亭に永野軍令部総長の姿があった。いわゆる非公式な会合というやつで、その会には、連合艦隊司令長官、山本五十六大将と、軍令部次長兼第九艦隊司令長官である伊藤整一中将、そして九頭島の神明大佐がいた。
「まずは、アスンシオン島作戦を成功させた勇士たちに」
永野が音頭をとり、労いと共に一献。そして楽しい会食――とはならなかった。何故ならばこの集まりは、この戦争の今後について話し合う場だったからだ。
「南方からの資源があれば、我が国は数年は戦える――と言いたいところですが」
山本は杯を呷った。ちなみに中身は酒ではない。彼は下戸なのだ。
「正直、ガタガタです。表向き、魔技研の技術と貢献のおかげで、武器は揃いつつありますが、圧倒的に人が足らない」
「連合艦隊としては、今後どうするべきと思うかね?」
永野が問いかけると、山本は頷いた。
「まずは、マリアナ諸島の制圧が最優先課題となりましょう」
アスンシオン島のゲートは封じたが、マリアナ諸島の飛行場がフル稼働したならば、ゲートに頼らずとも、異世界帝国の重爆部隊が、日本本土を爆撃する。
「本土空襲の危険を取り除いたなら、トラック、マーシャル諸島を奪回し、戦前の状態に回復させます。中部太平洋の制海権を取り戻す――しかし、当然、異世界帝国の太平洋艦隊が我々を阻むでしょう」
「うむ、連合艦隊が本格的に侵攻を始める頃には、敵太平洋艦隊もまた、その戦力を復活させているだろう」
永野の目が鋭くなる。
「山本君、中部太平洋に乗り出せるのは、いつ頃と考えるかね?」
「来年4月か5月までには攻勢に出たいと考えます」
現在1942年の末。つまり、半年以内に連合艦隊は攻勢に出るつもりで準備を進めている。その頃には、訓練中の新兵も実戦レベルになっていることを期待するのだろう。
「もちろん、敵の動き次第ですが」
山本は付け加えた。
異世界帝国がどこかで大掛かりな行動を起こしたり、マリアナ諸島の大飛行場が完成し、想定より早く本格的本土空襲を仕掛けてくるならば、予定を前倒しにして、出撃もあり得る。
「現在のところ、第六艦隊が、敵のマリアナ諸島への補給線を攻撃し、その完成の遅延を図っています」
魔技研提供の誘導兵器、マ式ソナーなどの索敵装置を搭載した伊号潜水艦群が、敵輸送船への襲撃を繰り返している。
「しかし、敵も護衛艦艇を動員しており、奮闘はしていますが、完全封鎖には至っていません」
つまり、ジワジワとマリアナ諸島の拠点化は進んでいるということだ。
「こちらとしては、こちらの攻勢を前に、敵大飛行場群完成しないように、アスンシオン島を攻撃した時のようにやりたいところですが――」
「敵も警戒を強めている、と」
「その通りです」
アスンシオン島で一度やられているから、異世界帝国側も、マリアナ諸島の大飛行場建設の邪魔を日本海軍が仕掛けてくる可能性は考えている。
「伊藤君」
永野が言えば、伊藤は箸を止めた。
「はい。第三部の情報では、マリアナ諸島の警戒部隊とは別に、トラックに複数の戦艦、空母が控えており、事前に察知されれば、間違いなくこの艦隊が迎撃してくるでしょう」
「本格侵攻前に、戦力を消耗したくない」
山本は口を尖らせた。
「どの道、本格攻勢となれば叩かねばならないですが」
だがアスンシオン島でやったような挺身部隊規模では、待ち伏せされた場合、少なくない被害を受けるだろう。それで本格攻勢時に、その戦力が使えなくなるのは痛い。
「で、うちの作戦課にいた神大佐がね。無茶苦茶だが面白い案を提出したのだ」
「ほう」
永野の口から神大佐といえば、以前の第九艦隊によるマリアナ諸島襲撃作戦に噛んだ人物である。連合艦隊から主戦力から外れている小型空母を借りたいと、司令部に乗り込んできた男である。
――確かに、うちの三和と同期だったな。
連合艦隊司令部の作戦参謀である三和を思い出し、山本は頷く。
「それはどんな作戦なんです?」
永野が、神明へと視線を向けたので、山本もそちらを向く。神明は口を開いた。
「夜間、戦艦『大和』で、サイパン島とグアム島に殴り込みをかけて飛行場を砲撃する」
「!」
山本は目を見開いた。神明は続ける。
「長官もご存じでしょうが、フィリピン海海戦で『大和』の転移実験をやったのですが、あれを使って、一気にマリアナ諸島へ突入。敵の戦艦、空母が出てくる前に砲撃を仕掛けようという魂胆です」
「ああ、あれか……」
山本も、戦艦『土佐』で、負傷兵を満載した『大和』が、内地へ瞬間移動――消える瞬間を見物していた。
「艦隊で出来るのか?」
「いえ。まだ研究中です。なので、この作戦は『大和』単艦となります」
「単艦……! いやいやいや――」
山本は首を振り、苦笑いするしかなかった。
「これまた……無茶なことを考えますな」
「うむ。敵地に単艦突撃など正気を疑うがね。……大西洋で独海軍の戦艦『ビスマルク』が英本国艦隊に追い回されて撃沈されたのと同様、下手すれば袋叩きだが……ただ、これが不可能ではないというのがね」
永野も口もとを皮肉げに歪めた。
転移で移動できるならば、敵の警戒部隊の目に見つかることなく、道中の空襲なども気にすることはない。砲撃後も、追撃の手が届かず、帰還できるならば、一考する価値は大いにあった。
もっとも、秋田という能力者に頼るところが大きく、また転移のためにも下準備が必要ではあるが。
・ ・ ・
今後の作戦や方針などを語る席も進む中、一息ついた永野は、真剣な顔になった。
「山本君。我々は敵を知る必要がある。中部太平洋を取り戻したところで、この戦争は終わらない。異世界帝国が侵攻をやめない限り、あるいは自分たちの世界に帰らない限りだ」
「……そうですな」
異世界帝国――ムンドゥス帝国は、地球人類に宣戦布告をし、一方的に侵略してきた。向こうの都合で始まった戦争である。こちらが戦争をしたくないと言っても、向こうがやる気であれば、戦争は終わらない。
「我々は、戦争の終局点を見つけ出さなければない。それが異世界帝国に勝つ、あるいはこの戦争を終わらせる鍵となる」
永野は背筋を伸ばした。
「山本君。大本営ではね、異世界人に関する情報を収集するための、特別部隊を作ろうと考えているんだよ」
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