第127話、事情聴取
アスンシオン島ゲートの消滅。第二挺身部隊こと第九艦隊は、日本本土へと帰路についていた。
二式水上攻撃機を駆って、ゲート破壊に貢献した須賀だったが、いま戦艦『大和』の長官公室に呼び出されていた。
――どうしてこうなった?
緊張を強いられる。神明大佐には慣れたものの、その場には伊藤整一中将と神重徳大佐もいた。
「君らを呼んだのは、他でもない。ゲートの向こう側へ行った君たちから、何を見たのか、我々に話してほしい」
伊藤長官は、穏やかな調子で言った。
「まあ、座ってくれ。気を楽に。飲み物も用意しよう」
和やかな雰囲気だった。士官からしたら、艦隊司令長官など雲の上のような人となるので、同席するだけで緊張を隠せない。しかし伊藤はまったく飾るところもなかった。脅迫じみた尋問はそこにはない。
須賀と、同じく呼び出された犬上瑞子は、ゲートに突入し、そこで見てきたものを正直に語った。
荒野にある巨大要塞飛行場。それ自体が堅牢な基地であり、重爆撃機が玩具に見えるほどの大きさだった
「見たところ、こちらの世界と違うという印象は特にありませんでした」
犬上が冷静な調子を崩さずに告げた。空の色が変だとか、不思議な木が立っていたとか、そんなこともなかった。
神大佐は難しい顔をして聞いていたが、伊藤長官は時々相槌を打っていた。
「他に何か気づいたことは?」
「大きな赤っぽい平らな山が見えました」
犬上が言えば、須賀も思い出した。
要塞飛行場より遠くにあったと思われるが、それでも周囲が地平線までほぼ真っ直ぐ広がって見えたから、そこだけ異様に目立った。
「平らな山……?」
神が首を傾げたが、当然それだけで何かの手掛かりになるわけもなく唸る。
そこへ扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、魔技研の転移能力者である秋田中尉だった。神明が頷いた。
「『鰤谷丸』から戻ったのか。早かったな」
聴取は終わったのか、という大佐。鰤谷丸では、ゲート破壊に突入した攻撃隊の搭乗員たちへの聴取と報告書の取りまとめが行われていた。須賀たち同様、向こう側の情報を少しでも得ようと言うのだ。
秋田は口もとを緩めた。
「いえ、まだ聴取は続いています。ただ、場所が特定できそうなので、先にご報告をと」
飄々と長身の転移能力者は言った。彼は持ってきた用紙を、まず一番階級が上の伊藤の前に置いた。
「こちら、ゲートの向こう側を書き起こした画になります」
伊藤がその画を見れば、隣の神も覗き込むように身を乗り出した。
「これは……」
「随分と、写実的だね」
どこか褒めるような調子の伊藤である。神明は口を開いた。
「魔技研に、人の記憶を読んで、画にできる者がいるのです」
「記憶を?」
神が目を見開くが、神明は首を横に振った。
「あくまで一場面を抜き出す程度で、感情を読んだりはできない」
何枚か画があるが、だいたいは要塞飛行場を多方向から見たものになる。そしてそのうち何枚かに、例の平らな山が写っていた。
「それで、場所が特定できそうとは?」
神がもっともなことを問えば、秋田は答えた。
「まだ確実ではないですが、現状、ゲートの先は異世界ではなかったと思われます」
「異世界ではない……」
伊藤が呟けば、神は眉をひそめた。
「どこだというのだ?」
「オーストラリアのエアーズロック。現地ではウルルと言われているそうです」
「オーストラリア」
再び画に視線が集まる。秋田は続けた。
「オーストラリア大陸の中で、二番目に巨大な一枚岩です。おそらくそこで間違いないかと」
「一枚岩?」
「そうです。赤茶けた具合は特に覚えがあります。鉄を多く含んでいるので、こんな色をしているんですよ」
「詳しいな、貴様」
神が秋田を見た。
「自分、昔、世界の名所巡りを趣味にしておりまして、現地に行ったことがあるんですよ」
お調子者の一面がある秋田は、長官たちの前だというのに、馴れ馴れしさを感じさせる笑みを浮かべた。
伊藤は画を凝視する。
「今回のゲートは、オーストラリアに繋がっていた、ということか」
「オーストラリア大陸は、異世界帝国のテリトリーですから」
神明は言った。
「この飛行場も、連中が大陸に作った拠点の一つでしょう」
残念ながら異世界に通じてはいなかった。だが伊藤の眉間にしわが寄る。
「今後も、こういう手を使われる可能性があるか?」
「このゲートをポンポン量産できるなら、そうなるでしょう。あるいは、すでに他の戦線で使われているかもしれません」
たとえば、アフリカ大陸からヨーロッパ。南米から北米へ。
「しかし、空間と空間を繋ぐ術は、非常に高度な技術と魔力を必要とします。何らかの解決方法を見いださない限り、大量に作れるものではないと言えます」
つまり、神明の見立てでは、珍しい手であって、そういつも当たり前のように使えるものではないということだ。
もちろん、その困難な問題を解決する手段があるならば、恐るべき大量生産も可能になるのだが。
「何にしても、情報が不足しているな」
伊藤は腕を組んで席にもたれた。画を見比べていた神も頷く。
「まったくですな。これでは有効な対策どころではない」
「我々は、敵のことを知らなさ過ぎます」
神明の表情は険しくなった。
「ただ向かってくる敵を撃退するだけでなく、より積極的に敵に関する情報を集めるべきでしょう」
「うむ。軍令部に戻ったら、総長にも話そう」
伊藤は頷いた。上官たちが真剣な顔で黙り込むのをよそに、置いてけぼりを食らっている須賀は、どうしたものかと視線を彷徨わせる。
とても大事な話なのはわかるが、一介の下級士官には、話が大き過ぎた。
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