第57話、持ち味の違い


 零戦に、春風エンジン――1400馬力級発動機を載せても意味はない。


 そう源田中佐に言ったのは、魔技研に出入りする軍属の技術者、坂上吾郎博士だった。五〇代半ば、眼鏡をかけたいかにも学者という雰囲気をまとう、ほっそりした紳士である。


 彼自身は能力者ではないが、魔法の知識に詳しく、魔法装備の研究においても、魔技研のエースと呼べる存在だった。


「どういう意味でしょうか?」


 源田が聞けば、坂上博士は事務的に告げた。


「零式艦戦は、海軍の仕様に合わせて、『栄』クラスの発動機で、性能をフルに発揮できるように作られた戦闘機だ。高出力発動機を載せたとて、多少スピードアップはするだろうが、機体特性上、九九式艦戦を上回ることはできん」

「なんですって!?」


 源田は、目を剥いた。


 生粋の戦闘機乗りであればこそ、零戦の仕様にも少なからず影響を与えた人物でもある。


 だからこそ、自分がスピード以外イマイチと表した九九式艦戦を、零戦が超えられないという言葉は聞き捨てならなかった。


「零式艦戦と高速化は相性が悪い。パイロット側の要望で、とにかく格闘性能を重視したがために、機体の特性がそっちへ引っ張られてしまっているんだ。低速域では抜群の性能を発揮して操縦しやすい反面、高速では舵の動きは悪いだろう?」

「確かに」


 須賀は頷いた。自身も零戦に乗っているから、高速飛行時の舵は重いのは経験している。


「つまり、いくら高速になろうとも、零式艦戦の特性をフルに発揮できるのは、低速域での格闘戦だ。そんな機体に高速化を図っても、機体を軽量に作りすぎた代償で犠牲にした強度の補強やらなんやらでバランスを崩すだけだ」

「……」


 黙り込む源田に、坂上博士は調子を変えずに告げた。


「結果、速度向上と引き換えに、パイロットが愛した運動性が犠牲になるわけだ。そんな中途半端な改造は、パイロットたちから酷評されるだろうし、それなら最初から別の機体を使うべきだろう」


 ズバズバ言う人である。須賀はちら、と源田を見やる。彼は何かに耐えるような顔をしていた。


「俺……自分は零戦の、当時の十二試艦戦計画説明審議会で、堀越技師に零戦を作るにあたって何を優先するべきか、と聞かれ、格闘性能を優先してほしいと言いました」


 もちろん、他の性能も指定基準を満たしてほしいが、格闘性能だけは、他を犠牲にしてでも守ってほしいと要望した。


「柴田は、速度と航続距離を優先すべきと主張した。格闘性能は、搭乗員の腕で補えばいいと」


 柴田とは、柴田武雄中佐のことだ。源田とは同期である。源田が言った審議会とやらで、二人が意見を戦わせたという話を、須賀は聞いたことがあった。


「つまり、柴田の言うことが正しかったということですか……」

「さて、結果論で言えば、そうかもしれんが、当時の、つまり異世界帝国がどういうものかわからず、その戦いも想定しようがない状況の頃の話だからねぇ。責められないよ」


 坂上博士は小さく首を傾げた。


「兵器というのは、所詮は使い方次第だ。何が必要になるか、どういう性能が理想なのか、実際になってみなければわからないものだ。仮想敵がどういう戦闘機を使っているか、どういう戦い方をするかを知っていれば、それに対抗できる性能を新型機に求めるだろう?」

「それはそうです」


 源田は首肯した。海軍がどれだけ格闘性能に優れた機体を所望しようと、敵が乗ってこないのでは話にならない。それならば敵とまともに戦う状況で運用できるよう、最適な性能を目指したはずである。


「零戦は失敗作ということですか?」

「源田中佐」


 坂上博士は真顔になった。


「零式艦戦はいい機体だ。まあ多少無理したところもあって、脆弱で、生産性にも少々難がある。だが先にも言った通り、使い方次第なのだ。私はね、中佐。零式艦戦は空母の防空直掩、その制空に用いる戦闘機としては最高レベルの機体だと思っているよ」


 源田は目を見開いた。


 空母に向かってくる敵攻撃機や艦爆――それらは魚雷や爆弾を抱えているので、戦闘機より速度が遅い。そしてそれらを撃墜する低速域の性能は、零戦が最高の能力を発揮できる場だ。


 また攻撃隊を守る敵戦闘機も、零戦の得意の土俵での戦闘に引きずり込まれやすくなる。


「そもそも、零式艦戦は、艦隊上空での戦いも想定されて設計されている戦闘機だからね」


 坂上博士はニヤリとする。


「長大な航続距離も、本来は長時間直掩ができるように滞空時間で計算されていたと聞いている。兵器は、得意な状況で使わなきゃいかんよ。格闘重視で作った機体に、スピード競争をさせるなんてナンセンスだ」

「おおっ!」

「ただし、異世界帝国の戦闘機と戦うことを考えると、空母直掩以外だと、少々不安がある。旧一航艦の凄腕パイロットたちがいなくなった現状を考えるとな」

「……そうですね」


 源田は視線を下げた。熟練操縦士がゴッソリいなくなり、空母艦載機を扱う操縦士のレベルが落ちてしまっているのは、現場にいる彼でも一目瞭然である。


「だがまあ、魔法防弾板を張れば、撃墜される率は大幅に下げられるから、現状の零式艦戦でも、いい線やれると思うよ。源田中佐は、南シナ海海戦の前の防空戦闘の報告書は読まれたかな?」

「はい。誘導弾があれば、艦爆でも制空戦闘でも戦果を上げられること。そして九九式艦戦の頑丈さ……。魔法防弾板装備であそこまで撃墜されないのかと、正直驚きです。これまで軽さを優先して防弾を軽視していましたが、あそこまで差が出てしまうと……」


 源田は、須賀を見た。


「現場にいた君はどう思った? 九九式の戦闘機乗りたちは、一航艦の戦闘機乗りたちより優れていたのか?」

「自分もじっくり見れたわけではないのですが、一航艦のパイロットたちより上という印象はないですね」


 当時の一航艦の戦闘機乗りたちは劣っていないと思う。かといって今回の敵が弱かったという印象もなかった。味方の撃墜が少なかったのは、やはり防弾装備の差だろう。


 そして先制誘導弾、艦隊側の対空障壁弾もあって、はじめて第九艦隊を守り切れた。どれかひとつ欠けていれば、艦隊も敵の投弾を許していたに違いない。


「戦闘機にも誘導弾を載せた、というのもあって、第三艦隊に、九九式艦戦を入れるべきかという話が出ているんだ」


 源田は顎に手を当てた。


「以前、俺は山本長官に……当時は一航戦の司令官だったが――単座急降下爆撃機を採用するようにと言ったことがあるんだ。急降下爆撃機といっても、実のところ戦闘機で、敵空母を先制攻撃して、爆撃後は制空戦闘機として使おうって案だ」


 零戦を作る前の話ではあるが、と中佐は言う。なおその時は、一人乗りだと航法に不安があるから、と却下されたという。


「九九式艦戦は、速いし零戦より爆弾を積める。戦闘機としても悪くない。俺が昔考えた単座急降下爆撃機案に、これほど適合している機体があるとは、正直驚いている」


 源田は腕を組んで、整備中の機体を見やる。


 坂上博士と源田、そして須賀は、魔技研航空機についてさらに話し込んだ。……そして気づけば、夕方になっていた。

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