第58話、高高度戦闘の可能性


 源田中佐は、九頭島の航空機と装備の視察をした。


 須賀は、神明大佐から視察の間は源田につけ、と命令されたので、坂上博士と共にそれに同行した。


 源田は、魔技研の零式水上偵察機改に関心を示した。魔法式フロートという、必要な時にフロートを作り、それ以外の時は消せるという魔法装備。それに加えて春風エンジンを搭載した零式水偵は、時速491キロメートルの速力を出す。


「これは凄い!」


 フロートという飛行時の重りがなくなることで、偵察機としても、空母の艦上攻撃機よりも優速となる。いや、むしろ九七式艦上攻撃機よりも速い。


「この機体を、艦上攻撃機として運用したほうがいいのでは?」


 源田は、坂上博士に問うた。


「この魔法式フロート、車輪にできたりは……?」


 そうすれば空母の艦載機や陸上機としても使える。


「できるぞ。水上機としてだけではなく、空母も陸上基地も対応している。だがね、源田中佐」


 坂上博士は眼鏡を光らせた。


「速度で言えば、九七式艦攻に春風エンジンを載せれば解決する。まあ、戦力が足りない時に、艦攻として零式水偵改を使うのもありだがね。……たとえば、普段は巡洋艦や戦艦で運用して、いざという時、空母で雷装なり爆装なり装備して、発艦するとか」

「面白い運用ですね。組み立て不要の予備機か……なるほど」


 源田は感心したように考える。そういえば、と、坂上博士は問うた。


「本土では新型艦攻――十四試艦上攻撃機を開発中だっただろう? あれはどうなっているんだね?」


 新型艦攻が生産されれば、九七式艦攻に春風エンジンを積むなどしなくても済むのではないか。


 源田は眉をひそめた。


「それなのですが、聞いた話では護エンジンが難物のようで、手こずってそうです。近々、中島から海軍に引き渡されるという噂ですが、まだまだ戦力化は先になりそうですね」


 そうなると、春風搭載九七式艦攻や、零式水偵改造攻撃機が、第三艦隊に載るかもしれない。今度は坂上博士が「なるほど」と呟いた。


 その後、須賀も乗っている一式水戦を視察。高いコストがネックであるも、性能の高さ――何より670キロ台の速度に、源田も感心した。


 ただし――


「複座か……」


 源田は渋い顔になった。その気持ちはわかる。須賀も、はじめて神明に一式水戦を見せられた時、微妙な気分になったのだから。


 複座なのは、誘導兵器運用と、この機体が戦闘機だけでなく攻撃機や偵察機、はたまた観測機としても使えるためであると、須賀は説明した。


 そこで、以前に神明が語っていた複座戦闘機論を告げる。源田はむしろ単座爆撃機/戦闘機論を持っていたから、さらに考え深げな顔になった。


「誘導兵器を使わないのなら、自分も単座で充分だと思います」


 須賀も私見を述べた。


「もちろん、観測任務などをやらないことを前提ですが。現状の誘導弾は、操縦しながらコントロールするのが難しいのですが、無誘導のロケット弾や爆弾なら、その必要はないですからね」

「この一式水戦を艦上戦闘機化し、単座にすれば、俺の考える理想の単座急降下爆撃機となるかもしれない。いや、制空戦闘機としても使える!」


 何より1800馬力の夏風発動機が魅力である。そう考え、しかしハッとなる。海軍は航空技術廠と中島飛行機の共同で1800馬力級レシプロエンジンを開発している。


 海軍期待の大馬力エンジンとして、現在審査中であるが、数か月中に本格的な生産が開始されると思われる。


 ――まあ、そのエンジンが出回るまでの繋ぎにはなるか。


 そう源田は思い直した。


 そしていよいよ、魔式エンジン搭載の航空機と遭遇する。


「これは……!」


 従来のレシプロ機と全く異なるスタイル。前翼型飛行機――いわゆるエンテ型にも似たスタイルの鋭角的な機体だが、何より源田を驚かせたのは、その推進が、列強国で試作、研究されているジェット方式だったことだ。


「武本『瞬雷』一一型、魔式エンジン。最高時速850は出る対重爆撃機用高高度迎撃機だ。海軍航空技術廠に、持ち込んだら、まあ予想通り、大騒ぎになったが」


 坂上博士が皮肉げに言えば、源田は息を呑んだ。


「空技廠で、凄い機体が持ち込まれたという話は耳にしていました。……これが、そうなのですか」

「本当はもう少し試験を重ねたかったのだが、トラックが失陥し、マリアナ諸島も異世界帝国に押さえられた。連中の重爆撃機が、帝国本土を爆撃する可能性が出てきた以上、贅沢は言えないからね」

「本土空襲……ですか?」


 源田は目を見開いた。坂上博士は頷く。


「南半球を制圧した異世界帝国は、南アフリカから北米大陸、アフリカ大陸からヨーロッパへ重爆を飛ばしているそうだ。当然、オーストラリアを押さえて、中部太平洋に乗り出した敵が、日本を狙わないわけがない」


 ごくり、と源田は唾を飲み込んだ。


「連中が、マリアナ諸島に基地を作っている間に、こちらも防衛態勢を整えないといけない」

「いえ、それならばマリアナ諸島の敵基地を攻撃し、爆撃できぬようにしないと!」

「もっともな話だが源田中佐。敵は、中部太平洋だけではない。東南アジアを北上し、中国へ攻め入ろうとしている奴らだ。大陸にも基地を作られれば……わかるね?」


 どう転ぼうとも、高高度迎撃機は必要なのだ。


「源田中佐は、空母機動部隊にいるのだったね。ちなみにだが、この局地戦闘機は、一式水戦同様、水上機型乃至艦上戦闘機型も現在、製作している」

「え……?」

「はい?」


 源田はもちろん、須賀も初耳だった。坂上博士は口元に笑みを浮かべる。


「須賀中尉、一式水戦の次は、こいつにも乗ってもらうからな。まあ、スピード重視の機体だから、どうあがいても零戦や九六式のような格闘性能はないがね」

「そうですか」

「ちなみに単座と複座、双方あるからね」


 つまり、一式水戦の時と同じく、偵察員と組んで飛べということである。魔式ジェット版の一式水戦と考えてよさそうだ。


「あの機体が、空母に? 局地戦闘機ですよね?」


 源田が首を傾げた。いまいちピンときていない顔である。坂上博士は天井を見上げるように顔を上げた。


「中佐、高高度からの水平爆撃は、海を動く艦艇にはほとんど当たらない。そう思っているね?」

「実際、狙っても当たりませんが……?」

「だから、重爆撃機は怖くない。……だがそれは『爆弾が無誘導だったら』の話だ」


 その一言に、源田も須賀もハッとなった。魔技研は誘導兵器を開発し、それが連合艦隊にも配備されつつある。


「敵が誘導兵器を運用してきた場合、それを阻止する手立てが必要だとは思わんかね?」


 誘導兵器は、魔技研の専売特許ではない。魔法でなくても、それ以外の方法で誘導兵器は、世界の列強でも大なり小なり研究されている。時間の問題なのだ。異世界人も、作らないと思い込むのは迂闊である。


「一応、艦艇には魔法防弾、さらに魔力的障壁という防御手段はあるが、完全に阻止はできない。零戦や九九式艦戦、いずれ開発される戦闘機でさえ届かない高高度から攻められた時、対抗手段がありません、などと、長官に言いたくはないだろう?」

「そうですね、ええ……」


 源田は真顔になる。


「対策は必要です」


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十四試艦上攻撃機:『天山』艦上攻撃機のこと

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