第59話、持久態勢の確立のために
1942年も半分が終わり、七月となった。しかし、世界を取り巻く状況は、日に日に悪くなっていた。
柱島泊地。連合艦隊旗艦、戦艦『土佐』。
基準排水量4万1100トン。45口径41センチ連装砲を五基十門装備し、大和型を除けば、天城型巡洋戦艦に匹敵する最強戦艦である。
魔技研によって再生、改修された『土佐』は、『大和』が九頭島の造船ドックに入渠し修理を受けているため、連合艦隊の旗艦を務めている。
――本来なら『武蔵』が完成していたかもしれない。
連合艦隊参謀長の宇垣纏は思う。
異世界帝国との衝突不可避となり、戦争を決意した段階で、『大和』と『武蔵』の就役は早められることになった。
だが、『大和』就役後、連合艦隊司令部は、司令部施設に不足を感じて、建造中の『武蔵』の司令部拡充工事を要求した。
この要求は通ったが、それにより手間が増えた分、『武蔵』の完成が遅れることになった。かくて、いまだ、日本の誇る46センチ砲戦艦の二番艦は就役していない。
いまさらだが、いらぬ要求だったと思わずにいられない。さらにこの拡張工事によって、駆逐艦1隻の匹敵する工事費がかかったと知れば、さらに憤死ものだったかもしれない。
閑話休題。
トラック沖海戦での敗北により、大打撃を被った連合艦隊は、再編成を終えて、大量に動員された補充人員を鍛えるべく、猛訓練に明け暮れていた。
魔技研が開発した魔法装備を備え、それを使いこなす術を覚え、艦艇や航空機、その他不足ないように、その腕を磨きに磨く。
次に異世界帝国と戦う時は、必ず勝たねばならない。もう、トラック沖海戦のような大敗北は繰り返してはならないのだ。
「――南方作戦」
連合艦隊司令長官、山本五十六大将は、居並ぶ参謀たちを見回した。
「奇しくも、日本が米英相手に戦争やむなしと、計画を進めていた状況になりつつある」
石油を断たれ、このままでは国が崩壊する。異世界帝国と戦争状態にあるから、このまま資源が枯渇すれば、いくら戦力があっても、敵の為すがまま蹂躙されてしまうだろう。……南半球の国々がそうなったように。
「大本営ならびに日本政府は、東南アジア一帯に進攻し、異世界帝国軍を撃滅することを決定した。同地を解放すると共に、その見返りとして現地の保護と、我が国に必要な資源を確保する」
宇垣や黒島先任参謀らも、山本の言葉にじっと耳を傾けている。
「今回は、昨年までと違い、異世界帝国以外の各国から進攻を容認されて動く。フィリピンに上陸しても、アメリカは艦隊を差し向けてこないし、シンガポールやマレー、ボルネオ島を攻めてもイギリスは何も言わない。蘭印を取り戻したなら、好きなだけ石油や資源を持っていっていいそうだ」
「随分と明け透けですな」
黒島が苦笑した。山本は口元を皮肉げに歪める。
「それだけ各国とも、切羽詰まっているということだ」
イギリスは生命線のひとつであるインド洋、東南アジア、オーストラリアを失い、頼みの東洋艦隊はすでに存在しない。
そのイギリスに亡命しているオランダ政府も、去年までと違い、日本政府に話のわかる対応をするようになった。裏で圧力をかけていたアメリカが、他国より自国の危機を優先したために、対日外交による圧力が他の国家に及ばなくなったのも影響している。
「しかし、こう言ってはなんですが、イギリスはよくまだ生き残っていますな」
「アメリカからの支援を唯一受けている国だからな」
山本は、世界地図へと視線を向けた。
現在、イギリスは本国と限られた地域に戦力を集中させている。アメリカはレンドリース法――武器貸与法でイギリスを支援しつつ、共に異世界帝国と戦っている同志の関係にある。
だがそのアメリカも、敵に本土空爆を許し、軍も大きな損害を受けていた。これにより米国政府は、国民から『他国を支援する暇があるなら、本国を何とかしろ』と衝き上げを食らっている。
その影響を大きく受けたのがソ連である。ソ連は、ドイツの侵攻でアメリカからレンドリースを受けていたが、現在はほぼ打ち切られていた。対独を気にして、ソ連支援を強く言っていたイギリスが、それどころではない状況なのも大きいだろう。
ドイツは欧州を席巻したが、異世界帝国の魔の手がドイツ勢力圏にまで伸びてきた。結果、東部戦線に余裕がなくなりドイツの攻勢が停滞。ドイツが攻めてこないなら、支援を切っても滅びることはないだろう――これが、英米がソ連支援から手を引いた理由のひとつだったりもする。
ソ連は、対独戦を自力で何とかしなくてはいけなくなったが、レンドリースが打ち切られたことで、再編に手間取っていた。彼らが兵器の配備を優先した結果、それを支える後方能力が著しく不足したのが影響している。
そして打ち切られたといえば、中国は完全に孤立した。対日戦におけるアメリカ、イギリス、ソ連などの支援――いわゆる
イギリス植民地である香港は、異世界帝国によって孤立。仏印は日本軍の進駐によってすでに断たれていたが、ソ連は日ソ中立条約により供給を停止――今のソ連に他国を支援している余裕などないが――、ビルマルートも、今やインド洋を制圧し、上陸してきた異世界帝国によって消滅したのだ。
「……ドイツが、異世界帝国への対応に回った結果、イギリスは首の皮一枚で生きながらえた」
皮肉と言えば皮肉である。敵の敵は味方、ではないが、敵対しているおかげで、命拾いをしたのだ。
「イギリスや、そこに亡命しているオランダにとっても、残された希望はアメリカだが、そのアメリカは、異世界帝国の猛攻を前に現状維持を強いられている」
あの強大な大国は、その圧倒的工業力を用いて反攻戦力を整えようとしている。超大国の本気は、日本を含む列強各国が束になっても敵わないだろう。
しかし、その戦力が整うまで、まだ時間がかかる。彼らにとっての問題は、その準備が整う前に、異世界帝国に侵略されてしまうことだ。
要するに、彼らは時間を欲していた。
「我が日本は、国家の存亡のために、資源を欲している」
山本の視線は険しい。
「だが、自国優先に走ったアメリカは、日本への支援を渋っている。長期的に見れば、我が国と協調路線を進める方がメリットもあるはずなのだが、世論が外国の支援に対して神経を尖らせているためだ」
北米担当の軍令部第五課によれば、米政府の支持率にも影響しているらしい。
案外、アメリカとの外交も、世論を味方につけるようにやれば上手くいったのではないか、と山本は思った。
もしあの国と戦争になったとしたら、最初に致命的な被害を与えて戦意を喪失させるつもりだったが、もう少し深く、米国民の心象に影響を与える作戦を考えるべきだったのではないか、と。
「ともあれ、アメリカの支援が期待できない以上、我が国は、自分たちの力で持久態勢を整えなければならない」
山本の言葉に、参謀たちは頷いた。
「先にも言ったが、今回の南方作戦において、アメリカ、イギリス、オランダ各国は我が国と衝突しない」
その裏にあるのは、おそらく反撃のための時間稼ぎの囮だろう。山本はそう理解している。東南アジア一帯を忙しくさせ、異世界帝国の目を引きつけ、あわよくば他の戦線にかかる圧力を減らそうという魂胆。
特にアメリカやイギリスは、日本が東南アジアの異世界帝国占領地に進攻することで、敵太平洋艦隊、インド洋艦隊が、そちらに移動するのではないか、と期待しているのかもしれない。
――白人は狡猾なのだ。
恩を売るように見せて、利用する気満々だろう。米政府が日本との関係改善にあまり積極的ではないのは、そう仕向けているようにさえ思える。
山本は皮肉りたいのを堪え、真顔で告げた。
「敵は、異世界帝国である。各自、南方作戦の成功のため、知恵を絞ってもらいたい」
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