第60話、南方作戦に向けて投入できる戦力は――
連合艦隊司令部は、東南アジア一帯からの異世界帝国駆逐のため、南方作戦の検討を行った。
大本営の方針とすれば、幻に終わった対米英との開戦に備えて策定された南方作戦の大部分が流用され、細かな部分で修正を加えるという形で落ち着きつつあった。
現状、異世界帝国は、重要拠点と定めた場所以外は、現地に存在する基地や施設を修繕して使用していた。
戦線の拡大により、占領した施設を大改造したり、新たに建造しても、そこが前線にならなければ時間と資材の無駄となる。そのため流用できるものは流用し、戦線が膠着しようものなら、はじめて強固な拠点を築くというやり方を彼らは行っていた。
だから東南アジア一帯のように、あっという間に占領地が拡大した土地の場合、その後方拠点は、ほぼ流用であり、最低限の補強と部隊配備しかされていない。
つまり、対米英開戦に備えた南方作戦に投入される規模であれば、充分成功の見込みがあると想定された。
それは、連合艦隊に与えられた任務である、陸軍上陸部隊の支援と、東南アジア一帯の海を支配する有力な敵艦隊の撃滅も同じである。
ただ、異なる点は、英国東洋艦隊ではなく、異世界帝国の東洋艦隊が相手だということだ。
「そして、これが難物だ」
山本長官は唸る。
1941年における英国東洋艦隊と、現在の異世界帝国の東洋艦隊では、その戦力の規模、兵力とも明らかに後者が強力であり、再編された連合艦隊といえど油断できる相手ではない。
現在確認されている、東南アジア一帯に展開する異世界帝国東洋艦隊は、超大型戦艦1隻を含む戦艦9、空母7、重巡洋艦8、軽巡洋艦10、駆逐艦40以上とされる。
「これはトラック沖海戦で戦った、異世界帝国太平洋艦隊に匹敵する規模だ」
山本の言葉に、宇垣参謀長は首肯した。
我ら連合艦隊が、異世界帝国の東洋艦隊を撃滅しなくては、上陸作戦など不可能となり、南方作戦は成功しない。
「しかし、我が方の戦力も決して回復しているとは言い難い状況です」
宇垣は、艦隊表を眺める。
連合艦隊の戦艦は、『土佐』『天城』など新戦艦六隻に加えて、トラック沖海戦で受けた損傷の修理が終わった『比叡』を入れて計七隻。
大破した『大和』『伊勢』、中破状態の『榛名』『霧島』は戦線復帰は叶っていない。『武蔵』は完成しておらず、回収したイギリス戦艦四隻も、イギリスから譲渡が決まり、正式に日本海軍に編入されたが、魔技研による大改装中でこれも加われない。
「戦艦の数は劣勢ですが、一方で空母の数はこちらが凌駕しております」
トラック沖海戦では、空母に沈没艦艇はなかった。被雷した『飛龍』はまだ修理中だが、それ以外、『赤城』以下の空母は、新たに魔法装甲甲板を装備した上で復旧し、戦列に加わっている。
魔技研からの改造空母、そして先日就役した『隼鷹』を加えて、一五隻が稼働状態にあった。うち三隻が『瑞鳳』『祥鳳』『龍驤』と搭載数は少ないものの、隻数は敵東洋艦隊のほぼ二倍である。
また『飛鷹』と、潜水母艦である『大鯨』が空母へ改装され、『龍鳳』として間もなく完成するが、これらが南方作戦に加わる可能性は低かった。
何しろ――
「空母があっても、母艦搭乗員が足りない」
山本はため息をついた。
空母の数が一気に増えたのは喜ばしいが、パイロットがいない。基地航空隊からも引き抜いて、空母の航空隊へ転属させて補ってはいるものの、南方作戦が始まれば、基地航空隊にも出番があるだろうから、限度はあった。
「飛行練習生の数を大幅に増やし、教育課程にも手を加えて、とにかく早く一人前になるよう海軍も本腰を入れたらしいが、少なくとも南方作戦には間に合わない」
「どれほど即席でも、まだ前線には出せないでしょうな」
飛行時間が短く、経験も全然ない者が、一応合格ラインだったからと送られても役に立つか甚だ疑問である。
「それに比べれば、九頭島の航空隊員はまだマシでしょう」
宇垣は何ともいえない顔になる。
「少々素行の悪い者や、学力面で海軍の基準に届いていない者もいるようですが……」
「海軍に志願したものの、合格ラインに届かずに落とされた人材も拾って集めていたらしいからな。……まったく」
山本も苦笑する。軍隊だと飯を食わせてもらえるからと志願する者が少なくないご時世。しかし海軍に入るには、陸軍と違い学力も必要だ。身体が健康であり、さらにパイロットともなれば、身長や視力も一定の基準が設けられている。当然、それに届かなければ容赦なくはねられた。
が、再生軍艦を動かすために人員が欲しい魔技研は、こうしたギリギリ合格に届かない志願者を復活採用したり、事故や少々の問題で予備役に回された者などを拾っていた。
聞くところによれば、異世界帝国が現れた頃には、パイロットの大量養成をすでに始めていたという。
異世界からの脅威を予見していた魔技研が、手を回していたわけだ。
だが山本は、その裏に永野軍令部総長も絡んでいると見ている。
永野は軍人の教育について、かなり言のある人物であり、型嵌め教育を嫌い、海軍軍人なら生涯ついて回るハンモックナンバーによる昇進も、能力重視に変えたいと考えていたと聞く。おそらく、海軍の主流から外れている九頭島で、色々試していたに違いない。
「……ともあれ、不安はあるが、空母機動部隊である第三艦隊は動かせる。補充員たちも猛訓練で鍛え上げられているからな」
「それで、海軍の燃料事情がより厳しくなっていますが……」
訓練でも油は消費するのだ。このままゴリゴリやっていけば、本番前に燃料がなくなってしまうのではないか、と半ば冗談が飛び交っているくらいである。が、いい意味で皆、燃料事情について、危機感を共有できてはいるようだった。
「巡洋艦戦力については――」
宇垣は言った。
「雲仙型大巡4隻、伊吹型重巡2隻。これに修理の終わった『筑摩』『羽黒』を加え、『鳥海』『足柄』の4隻……。重巡戦力については、我が方が優勢です」
特に大型巡洋艦は、重巡を圧倒する火力と装甲を持ち、隻数以上の活躍が期待できる。
「軽巡については、隻数は増えましたが、大半が魔技研再生の防空艦であり、それ以外は旧式ですから、大巡、重巡に期待したいところです。……できれば、第九艦隊の軽巡を借りられれば心強いのですが」
「自動砲を搭載している軽巡洋艦だな」
南シナ海海戦では、14センチ砲と小ぶりながら、敵駆逐艦を圧倒してみせたと聞いている。
「新型の阿賀野型に、自動砲を搭載するという話だったな」
就役はもう少し先になるが、魔技研が実戦で活用した新装備をも盛り込んで完成を急いでいるという。
「水雷戦隊については、一応、数は揃っております」
宇垣が『一応』と言ったのを、山本は苦笑で応える。
「まあ、現状、贅沢は言えないわな」
トラック沖海戦で、艦隊型駆逐艦を二十五隻も失った。第三水雷戦隊などは、丸々全滅してしまったくらいだ。次に酷くやられたのが第二水雷戦隊。
「第十戦隊の駆逐艦を、一水戦、二水戦、四水戦に割り振り、三水戦には魔技研再生のドイツ駆逐艦――いえ、松型駆逐艦で穴埋め。艦隊型駆逐艦を引き抜かれた第十戦隊には、大風型駆逐艦を編入」
大風型――スカパフローで自沈したドイツ駆逐艦の中でも、大型だったものを利用して現代版に改装されたものである。やや小ぶりであるものの、主砲が高角砲のため、特型駆逐艦よりも防空能力は高い。
空母部隊の護衛である第十戦隊には、むしろ大風型でよかったのではないか、と山本は思う。
「総括すると、戦艦戦力は劣勢。空母と巡洋艦はやや優勢。駆逐艦以下はまあ互角にやれるだろう、というところか」
「はい。……ただ」
宇垣の表情が曇る。山本もつられて眉をひそめた。
「そう、この戦力すべてを、南方作戦に投入できないという問題がある」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます