第61話、あの作戦をやれないか
連合艦隊は、現有戦力を南方作戦に全力投入はできない。
端的に言えば――
「軍令部は、敵が本土に艦隊を差し向けてきた場合に備え、迎撃できる戦力を残してほしいと言っている」
山本長官が言えば、宇垣参謀長は太平洋の地図へと視線を向けた。
「敵は中部太平洋にも進出しております。ハワイ、そしてトラック諸島は、異世界帝国の手の中。連合艦隊が南方へ進出した場合、マリアナ諸島から、小笠原、そして本土へ侵攻してくる可能性があります」
「……」
幻となった、米英との開戦。その時に計画していた南方作戦を実行した場合、真珠湾から出てくるだろう米太平洋艦隊の出撃に備えて、本土に戦艦を主力とした第一艦隊が残っていただろう。
その太平洋艦隊を真珠湾で叩く作戦を、連合艦隊は計画していたが、それでもやはり第一艦隊は本土待機だっただろうと思う。
「今回の南方作戦は、敵戦力が強大だ。本土に艦艇を残しておけるほど余裕はない」
山本は言うのだが、宇垣は淡々と返す。
「しかし、敵はマリアナ諸島を制圧し、基地化を進めております。近くのトラックには、戦艦、空母を含む敵艦隊が存在しており、有事とあれば出撃してくるでしょう。そしてハワイにいる敵主力艦隊も」
宇垣は地図で、ハワイからマリアナ諸島を指さし、そこから東南アジア一帯へのルートと、北上し日本へのルートを示した。
「南方へ増援として来るならば、連合艦隊でも対応できますが、仮に北へと向かわれてしまえば、軍令部の危惧する通り、本土が敵の攻撃に晒されます」
皇居に敵弾が落ちたらどうするのだ――と軍令部からの声が聞こえそうである。
「わかっているよ。だからこうして悩んでいるんだ」
山本は渋い顔になる。黒島先任参謀などは、自室にこもって対策を捻り出そうとしている。他の参謀たちも作戦室で、討論を重ねている。
「いっそ、真珠湾作戦……仕掛けてみるかね?」
「いいのではないでしょうか」
あっさり宇垣が頷いたので、山本は目を丸くした。
「いいのかね?」
「南方作戦を進めるためにも、敵の太平洋艦隊から横槍を入れられないためにも、案のひとつとして詰めてもよいかと」
「昨年同じことを言ったら、色んなところから反対食らったんだよな……」
山本は拍子抜けしたように言う。当時、海軍省や軍令部、身内からも、真珠湾攻撃はリスキーだと反対の声が出ていた。
「あの頃とは事情が異なります。事実、大型空母は、倍の数となっておりますから、これを全てをハワイに投入すると言わなければ、戦力的な反対はないでしょう」
宇垣は続けた。
「さらに、相手は異世界帝国です。彼らの国民がどうかは知りませんが、すでに戦争状態ですから、国民感情どうこうは問題にならないのではないでしょうか」
むしろ、ドンドン勝てば、その分相手側の士気も下がるのではないか。軍令部も海軍省も、反対意見は去年のそれほど上がらないだろう。敵との戦力差を考えれば、なりふり構ってもいられない。
「ですが、すでに戦争中ですから、平時とは比べものにならないほど敵も警戒しているでしょう。つまり、奇襲は難しいということです。やるからには徹底的に、強襲となっても攻撃し、敵艦隊を撃滅ないし行動不能にしなくてはなりません」
「そうだな。南方作戦を完遂するためにも、敵に増援を許すわけにはいかない」
山本は唸る。
「トラックとハワイ、か」
「南方作戦となれば、トラックにいる敵が増援として東南アジアに向かってくる可能性は高いでしょう」
「問題になるのは、ハワイにいる敵か」
「はい。これもトラック諸島経由で東南アジアに来るのか。あるいは北進して我が本土へ来るのか……」
異世界帝国の東洋艦隊も強大なだけあって、トラックの艦隊は増援、ハワイの艦隊は日本強襲も本当にあり得る。そうなると――
「どちらも叩いておきたいな」
南方作戦を成功させるためにも、本土への攻撃の可能性をなくすためにも。
「敵太平洋艦隊による、我が本土の攻撃がないのであれば、軍令部も本土に防衛用の艦隊を残せ、とは言わないでしょう」
そうすれば、連合艦隊の主力部隊は、南方作戦の最大の障害である異世界帝国東洋艦隊撃滅に戦力を集中できる。
「宇垣君、参謀たちに真珠湾ならびにトラック空襲作戦について、検討するように伝えてくれたまえ。第三艦隊の小沢君にも、意見を聞きたい」
何せ、実際に空母機動部隊を運用するのは、第三艦隊司令長官である小沢治三郎中将なのだ。現場の航空隊の練度や、運用を見ての意見もぜひ欲しいところである。
かくて、連合艦隊は、南方作戦を円滑に進めるための具体案について動き出したが、時間はさほどなかった。
すでに陸軍は、南方作戦のために投入する戦力の準備にかかり、異世界帝国とすでに戦っている仏印での逆襲作戦を進めていたのである。
・ ・ ・
1942年7月現在で、連合艦隊に配備されている空母は、十五隻となる。
開戦時からある空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『翔鶴』『瑞鶴』『龍驤』『瑞鳳』『祥鳳』が前線にあり、『飛龍』は修理中。『鳳翔』は練習空母となったので外される。
これに魔技研が再生させた『黒鷹』『紅鷹』『白鷹』『翠鷹』『蒼鷹』『瑞鷹』と、最近就役した改装空母『隼鷹』がある。
ちなみに、『白鷹』『蒼鷹』は、敷設艦に同じ漢字の艦艇があるが、こちらは読み方が違っている。
さて、これら空母のうち、第三艦隊には、十一隻の空母が配備されている。当初は『瑞鶴』と魔技研再生空母を合わせた七隻だったのだが、『赤城』や『加賀』といった、トラック沖海戦で受けた損傷から復帰した影響で一気に増えた。
その結果、空母に対して護衛艦が少ないという、編成上の問題が浮上していたりする。
次の出撃のために、母艦搭乗員たちは猛訓練に明け暮れているが、その練度について、第二航空戦隊司令官である山口多聞少将に言わせれば、かつての第一航空艦隊に及ばないと辛口だった。
そんな第三艦隊司令部も、次の作戦が南方であることは知らされており、第三艦隊でも独自に作戦案の検討が行われていた。
敵となるのは、進攻地域の航空基地と東洋艦隊。これの撃滅について、話し合いがもたれていた時、連合艦隊司令部から宇垣と航空参謀の佐々木彰中佐がやってきた。
第三艦隊旗艦『瑞鶴』で、小沢中将は、宇垣から連合艦隊の試案を聞き、もとより厳めしいと評判のその顔をさらに険しくさせた。
「トラックと、ハワイの敵艦隊を奇襲で叩く、か」
「はい。その二つを第三艦隊でやってもらい、本土の安全を確保した後、連合艦隊は全力で南方作戦を実行する――その方針で、目下作戦の細部を詰めつつあります」
宇垣は頷いたが、小沢は腕を組んで、わずかに頭を傾けた。
「なるほど。我々は逆の想定をしていた」
「逆……ですか?」
「うむ。まず、マニラにいる敵東洋艦隊を航空機により撃滅し、南方作戦を遂行。敵太平洋艦隊が西進したところを待ち受け、これを叩く!」
小沢は力強くそう告げた。
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