第62話、順序の問題
第三艦隊司令長官の小沢中将の考えはこうだ。
空母機動部隊である第三艦隊は、南方作戦開始に先んじて、マニラに停泊中の異世界帝国東洋艦隊を大空襲し、これを撃滅。
東南アジア一帯の最大の敵を無傷で排除し、南方作戦を支援。敵太平洋艦隊が来襲したならば、そこを第三艦隊と、連合艦隊で迎え撃つ。
連合艦隊司令部から派遣された宇垣参謀長は、小沢の案は、かつて米国を仮想敵としていた頃に計画していた南方作戦の流れに沿っていると感じた。……開幕、真珠湾攻撃が、敵東洋艦隊になっている点は別だが。
しかし、相手は異世界帝国である。
仮に開戦となれば、フィリピン奪回に動くだろうと予想されたアメリカと違い、異世界帝国は東南アジアへの増援と並行して、日本本土に艦隊を送り込むことができる。
「もし同時に敵が動いた場合、我が軍は、第三艦隊と連合艦隊主力は、別個に敵と交戦することになり、各個撃破の恐れもありますが」
宇垣が指摘すれば、小沢は眉をひそめた。
「一理ある。しかし、今、日本は石油がない。速やかに南方作戦を遂行し、資源を確保しなくてはならない。連合艦隊試案によれば、トラックとハワイをそれぞれ奇襲するとある」
小沢は、まだ原案段階の作戦案資料に目を通す。
「第三艦隊は空母が十一隻もあって、二手に分かれて攻撃するよう考えているようだが、仮にどちらか、あるいは両方で奇襲に失敗すれば、敵の逆襲を受けて南方作戦に必要な空母戦力を喪失してしまうかもしれない。そうなれば、南方作戦は発動前に破綻してしまうのではないか?」
奇襲が失敗すれば――そういえば、去年の真珠湾空襲案も、軍令部や海軍省などからそう反対された。主力空母六隻をまとめて失ったらどうするのか、と。
「特に今は、レーダーを用いた索敵、警戒網が列強では一般化しつつある。異世界帝国も同様の装備を持っていると考えれば、奇襲は簡単ではない」
「しかし、それはマニラに停泊する敵東洋艦隊を空襲する作戦においても、同じことが言えませんか?」
「その通りだ。だから奇襲ではなく、強襲だ。空母十一隻の大航空隊を一点に集中し、東洋艦隊を撃破する」
戦力の集中。奇襲できずとも数で圧倒すればいい。単純だが、正しい作戦である。
「対して、この連合艦隊案では、南方作戦の猶予からして、十一隻の空母を二手に分けねばならない。戦力を分散した分、各個撃破の恐れが出てくる」
つい先ほど、自分も各個撃破という言葉を使っただけに、宇垣は言葉に詰まった。小沢は続ける。
「それに、空母はあるが、それを守る護衛艦艇が、規模に対して不釣り合いだ。その上、二分せよと言われても、随伴する艦が足らぬ」
現在の第三艦隊は、空母こそ十一隻だが、他の艦が防空巡洋艦八隻の他、第十戦隊の軽巡洋艦一隻と、駆逐艦が八隻しかない。
「第二艦隊の重巡洋艦や駆逐艦を増援で回してもらいたいくらいだが、それをやると南方作戦の実施がさらに難しくならないか?」
「松型駆逐艦を幾分か配備する手もあります」
宇垣は少し考えた。
「小型ですが、あれも砲が高角砲だったはず」
スカパフローで自沈したドイツ駆逐艦を改装したのが、大風型と松型である。後者の松型は、大型水雷艇から駆逐艦へと改装したもので、艦隊型駆逐艦と比べれば小さく、火力に不安はあるものの、魔技研は対空戦闘に対応した護衛艦艇として作っていた。
「ないよりマシだが、できれば航続距離が長いフネが欲しい。……ないものねだりなのは、理解しているがね」
小沢の指摘はいちいちもっともだった。ハワイやトラックへ長躯遠征しようとする艦隊ならば、燃料補給のためのタンカーをつけねばならず、特に航続距離の短い小型駆逐艦は、頻繁に補給が必要になるだろう。
うーむ――宇垣も腕を組んで唸る。これは一筋縄ではいかない。
その時、作戦室の扉が開いた。
「長官、失礼します。二航戦の山口少将、参られました」
「おう」
小沢が返事すると、従兵が脇へどき、山口多聞少将が入室した。
「連合艦隊司令部から参謀がきたと聞いて、不躾ながら参上しました」
「まだ呼んどらんぞ」
小沢が微笑すれば、山口も笑みを浮かべた。
「まだ、ということは呼ぶつもりだったんでしょう?」
「宇垣君たちが帰った後でな」
連合艦隊案について、第三艦隊の各戦隊司令官と意見交換する時に、と小沢は考えていた。来てしまったものはしょうがない。
よう、と山口は同期でもある宇垣に挨拶した後、連合艦隊案の説明を受けた。
「――なるほどなるほど、幻の真珠湾作戦の再来というやつですな」
山口は言った。宇垣は、対米戦における真珠湾攻撃作戦に、熱心に参加を熱望したのを覚えている。
当時、第二航空戦隊が、航続距離の問題でフィリピン方面の、つまり当時の南方作戦に用いられる案が浮上した時、山口は、『燃料がもたないなら、帰りは漂流してでも真珠湾に行くぞ!』と強行に真珠湾攻撃作戦への参加を主張した。
猛訓練を課した二航戦のパイロットたちが、新参の五航戦のパイロットと入れ替えられて真珠湾に行き、自分は南方作戦へ、というのが我慢ならなかったのだ。鍛えた部下たちへの責任の感情もあったのだろうとは思う。
さて、当時とは状況は異なるが、今回の連合艦隊案を山口はどう受け止めたのか。
「後顧の憂いを断って、より戦力を集中させようという話はわかります。一方で、こちらがやり過ぎて、肝心の南方作戦に支障をきたしてしまうかもしれないとお考えの長官の話もわかります」
山口は意外と慎重だった。
「自分も角田さんも、やれと言われたらとことん攻撃しますから」
第三航空戦隊司令官は、角田覚治少将である。砲術屋ではあるが、非常に敢闘精神が強く、『見敵必戦』の申し子であると評判だ。
これで第三航空戦隊、第四航空戦隊の司令官を歴任している。トラック沖海戦では、『龍驤』『祥鳳』を指揮し、三航戦と共同で、山本長官の乗る『大和」や殿隊に迫る敵追撃艦隊に攻撃隊を差し向けた。……結局、その攻撃隊は全滅したが。
前回は小型空母で、運用できる機体は少なかったが、今の三航戦は、魔技研再生のドイツ巡洋戦艦改装の空母『翠鷹』『蒼鷹』『瑞鷹』の三隻から編成されている。
『翠鷹』と『蒼鷹』は、常用72機、『瑞鷹』は65機を搭載しており、以前の三航戦や、四航戦の倍以上と、第三艦隊でも強力な航空戦隊となっている。
「批判するわけではありませんが、南雲さんなら、まあ無難にやるんでしょうが、私も角田さんも、敵と聞いて加減ができませんから」
小沢の前任者である南雲忠一中将だったら、損害出さないようにやってくれ、と言われたら、一回攻撃したら、あとはスパッと辞めて、ハワイなりトラックなり離脱しただろう。
正直、水雷戦隊を率いている南雲ならば、山口や角田に劣らず積極果敢な人物なのだが、空母機動部隊の指揮官となると、だいぶ大人しかったという印象を周囲に与えた。それが山口からすると、物足りなさを感じさせていたのだが。
「まあ、一応、検討するだけはしましょうや。案外やれるかもしれないですし、もしかしたら現実的じゃないかもしれない。そこのところをはっきりさせましょう」
山口はそう言うのだった。
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