第56話、航空参謀がやってきた


 1942年5月も半ば。須賀義二郎中尉は、九頭島航空基地に隣接する武本重工の格納庫にいた。


 セレター軍港強襲作戦から帰還し、はや半月。少々の休養の後、須賀はひたすら魔技研の開発した航空機の試験に付き合っていた。


 というより、それが仕事であるが、試製一式水戦はもちろん、九九式艦上戦闘機や、その他魔技研と武本重工製航空機に乗せられまくった。


 例のプロペラのない魔式エンジン搭載の高速迎撃機にも乗せられ、最高時速850キロの世界を体感させられたりした。


 この日も須賀は、一式水戦に乗り、着陸試験をやった。――水上戦闘機なのに、着陸とは実に矛盾をはらんだ話だが、要するに着水用の魔法式フロートを、魔法式のランディングギアに変換して、地上の滑走路にも降りられるようにしようというものだ。


 航空基地や空母にも、水上にも降りられる機体の実験ということなのだろうと思う。


 須賀は格納庫で、整備員と魔技研の協力技術者である坂上吾郎博士と、魔法フロートもしくは魔法着陸脚についての運用を話し合っていると、予想外の人物から声をかけられた。


「須賀少尉」

「! これは、源田中佐」


 第一航空艦隊、改め第三艦隊の航空参謀である源田実中佐だった。小柄だが、精悍な顔立ちで、その眼光は鋭い。


 思わず敬礼する須賀に、源田は答礼すると、すぐに口元を緩めた。


「そういえば中尉になったんだったな。すまん」

「いえ……。私のことを覚えてらっしゃったのですか?」


 須賀は第二航空戦隊の所属パイロットであり、一航艦では主に第一航空戦隊にいた源田とは、ほとんど接点がなかった。もちろん戦闘機乗りとして、顔は見たことはあるだろうが、それと名前が一致されているかは自信がなかった。


「もちろん、知っている。……特に、トラック沖海戦の後の生き残りについては、全員覚えるのはわけがなかった」


 それもそうだ、と思う。トラック沖では、一航艦の熟練搭乗員は、ほぼ全滅した。戦闘機乗りもやられたが、艦爆、艦攻乗りは生き残りが指で数えられるほどしか残っていないから、いかに致命的被害だったかわかる。


 海軍の至宝とも言える精鋭をことごとく失い、源田も辛かったのは容易に想像がつく。


「お前にも第三艦隊に残って、新兵たちを鍛えるのを手伝ってもらいたかったんだがな……」


 残念そうに源田は言った。再建中の空母航空隊では、一航戦の経験者は極少数であり、その練度は、当時のそれとは遠く及ばない。母艦搭乗員の猛訓練に明け暮れている第三艦隊の、航空参謀である源田はそれが骨身に沁みているのだろう。


「だが、ここにお前がいてくれたのは、僥倖とも言える」


 話せないか、と源田は頷いた。須賀は応じる。


「ありがとう。魔技研と武本重工の航空機を、第三艦隊でも導入しては、という動きがあってな」

「なるほど」

「お前は、その新型で実戦も経験している。これ以上ない参考意見が聞けそうだ」


 源田は不敵な笑みを浮かべた。

 幸い、機体は、この格納庫に並べられている。しかも魔法技術については、専門家の坂上博士も近くにいた。


「魔法装備とか、自分もあまり専門的なことはわからないですが、博士もいらっしゃるので、中佐の知りたいこともお答えできるかと思います」

「ありがたい。実は以前、魔技研が開いた、魔法防弾板のデモンストレーションに行ったんだがな――」


 源田は見学会に参加したが、その時に見かけた航空機の件を問い合わせても、土岐少将は専門外なので、機体のことはよくわからなかったという。


 後日、九頭島の航空関係施設を見に来るようにいわれて、今日ここに現れたのだ。


「小沢長官や、山口さんにも、よく聞いてこいと言われていたからな」


 実際に、艦載機を扱う第三艦隊としても、魔技研航空機の情報は欲しいところなのは間違いない。


「ちなみにですが、中佐。第三艦隊の艦載機は今、どうなっているんですか?」


 猛訓練の最中というから、すでに機体はあるのだろうが、それでも魔技研航空機を入れるかもしれない、というのは果たして。


「零戦、九九艦爆、九七艦攻……顔触れは変わらない。ただ例の魔法防弾板が装備された、防弾強化型だ」


 機体重量をほとんど増やすことなく、防御力を上げた魔法防弾板装備型が、その主力となるという。


「こいつは凄いよ。装備前とほとんど挙動が変わらないんだから。……これが、トラック沖海戦の前にあったらなぁ」


 ボヤキにも似た言葉が、ため息と共に源田の口から漏れた。過ぎてしまったことだが、仮にあの時に、魔法防弾板仕様であったなら、もっと多くのパイロットが生還していただろう。


「だが、敵の戦闘機は零戦よりも優速だと聞く。……本当か?」

「ええ、零戦よりは速いです」


 須賀はトラック沖海戦では、零戦で異世界帝国の戦闘機と渡り合っている。源田は、一瞬苦い顔をした。


「零戦もいい機体なんだがなぁ」

「いい機体だと思います」


 防弾装備を削って軽くした分、運動性は悪くない。格闘性能は高いが、異世界帝国の戦闘機はそれよりも速かった。零戦では後ろについても振り切られるし、逆に後ろにつかれると振り切れない。


「そこなんだ。魔技研の使っている九九艦戦を導入してみては、という意見が出たのは」


 魔技研航空機の九九式艦上戦闘機は、最高時速600キロ前後と日本戦闘機としては高速機であり、異世界帝国の戦闘機にも追いつける。


「ちなみにだが、第三艦隊にお試しで送られてきたから、俺も乗ってみた」

「中佐が?」

「俺も戦闘機乗りだよ」


 しれっと源田は言う。そう、この男は、日本海軍においても生粋の戦闘機乗りであり、その腕前は抜群だ。


 当時から戦闘機に対して『防御的兵器』だと、海軍で冷遇されていた時代にあっても、戦闘機乗りとして我が道を行った男なのである。


「どうでした?」

「速かったよ」


 源田は正直だった。


「だが、何というか、それ以上でもそれ以下でもないという印象だ。高速時の舵の効きはよかった印象だが、どうも格闘性能が凡庸な気がした。零戦のように、ギリギリまで切り詰めたら、もっと凄い戦闘機になるんじゃないかと思った」


 格闘性能か……。きっと、宮内中尉たち九九式艦戦乗りたちが聞いたら、これだから古参パイロットは、と悪態を突きまくるだろうな――須賀は思った。


「しかし機体は軽かったし、搭載している春風エンジンも高馬力だと聞いた。海軍が2000馬力級の航空機エンジンを作っているが、それの繋ぎとしても有用だ。……いっそ、零戦に春風を載せれば、スピードアップが見込めるのではないか」

「あー、中佐。よろしいか?」


 近くで一式水戦を見ていた坂上博士が唐突に、話に入ってきた。


「零式艦戦に春風を載せても意味はないぞ」

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