第55話、母港、九頭島軍港
九頭島に帰ってきた。
第九艦隊の主な艦艇は、母港である九頭島軍港に帰還した。しかし増設されたドック施設には、トラック沖海戦で大破した艦艇が収容されて、修理の時を待っている。
何を待っているのかといえば、魔核の到着である。
海軍に対して、修理すると魔技研は大見得を切ったが、その修理に用いる資材や人員は、九頭島のもののみという条件がついている。
つまり、本土は資材を回してくれないし、工員も増員してくれない。……正直、本土にも余裕がないのだが、そんな状況だから、魔技研はトラック沖海戦の損傷艦を、セレター軍港で改修した魔核を利用して、再生させようとしていたのである。
「お約束どおり、回収できた魔核の半分――10個は、我が陸軍で使わせて頂きます」
陸軍特殊第100大隊の中谷中佐は、そう神明大佐に告げた。
セレター軍港に上陸し、英国艦艇を回収する際、特100大隊は同地の敵守備隊と交戦し、時間を稼ぐ一方、敵が再生艦に用いるために準備していた魔核を手に入れた。
協力の見返りとして、魔核は半々という約束だった陸軍の魔研直属部隊である。彼らは彼らの報酬を手に入れたのだ。
「まあ、正しく半々というわけではないですが」
「どういうことかな、中佐?」
すっとぼける神明に、中谷は悪戯っ子のような顔になった。
「海軍さんは、あの鹵獲艦艇六隻で六つ手に入れているじゃないですか。……それに、南シナ海海戦、と呼ばれているんでしたっけ? あれで沈没した敵艦からも、いくつか回収したんでしょ?」
「さてな」
真顔のまま、やはりとぼける神明。中谷は笑みを絶やさない。
「誤解しないでいただきたい。別に私も、魔法研究所の先生方も、非難はしませんよ。陸軍的には、艦艇サイズの魔核について、今すぐ決まった数が欲しいというわけでもありませんから」
戦車や航空機に載せるわけでもない。……もちろん、今後の研究次第では、そういう運用方法が開発されるかもしれないが。
「魔研の連中によろしくな、中佐」
「はい、大佐殿。また何か陸戦で出番があれば呼んでください。……魔法兵器の実戦試験もできますからね」
「それが目的だろう。だが今回のことで、君らも仏印辺りに派遣されるかもしれんぞ?」
仏印――フランス領インドシナ。日本軍は同地に進駐し、今現地で、異世界帝国の陸軍と戦っている。
「まあ、そうかもしれません。お元気で」
「君もな」
お互い握手を交わした後、軍人らしく敬礼して分かれた。
神明は九頭島司令部へ、中谷は、自分の部隊と共に本土へ戻るために、特務艦『
魔核を10個手に入れた。一度、佐世保に向かった英国艦艇も、いずれこの九頭島へ改装で送られてくる。イギリスがあれを取り戻すとは思えないが、それはそれ。
とりあえず入手できた魔核で、『大和』『伊勢』2隻の戦艦と、『妙高』『摩耶』『熊野』など重巡洋艦を修理・再生させる。
その修理後の姿について、魔技研を統括する土岐少将が、軍令部に改装案を提出していて、あとは艦政本部や関係各省に認められれば、作業を始められる。
「……まあ、拒否権はないだろうがな」
もしこの改装案が不服なら、魔技研はやらないと放り出すだけである。本土の資材も使わずに復活させられるというのが、こちらでやる最大のメリットなのだから、海軍としてもやってもらわなくては困る。その点、多少の融通は利かせてもらいたい。
とはいえ、神明は特に心配はしていない。土岐少将はあれで図太いし、永野軍令部総長は、魔技研の味方である。
それに、現状、連合艦隊の使用する艦艇、航空機その他に、魔法技術の搭載や更新、旧式艦の耐用年数リセット処理など、魔技研に大いに頼っている状態である。
今ここで、魔技研にへそを曲げられて困るのは、海軍のほうなのだ。
「お疲れさまです、大佐」
正木初子大尉が待っていた。司令部へと向かう道すがら、初子は言った。
「また本土から、大佐を取材したいという申込があったそうです。もちろん、海軍報道部経由で」
「……ああ」
心無しか、神明の表情は曇る。
セレター強襲、南シナ海海戦の立役者、第九艦隊の指揮官として神明大佐の名は、日本中に轟いた。
神明の本音を言えば、『轟いて』しまった、だが。彼はこの手のことで有名になどなりたくなかったのだ。
「そんなことで、貴重な時間を取られたくないのだがな……」
「魔技研の印象向上でしょう」
初子は、拗ねる父親を宥めるように言った。
「多少の無理を通せるようになるのですから、悪い話ではないと思います」
「……もう少し、愛想をよくしたほうがいいと思うか?」
「はい?」
キョトンしてしまう初子。一瞬どういう意味かと考えてしまったのだ。
神明は表情に乏しい。若い頃からそうだったし、いつもしかめっ面をしているとか思われているフシがあった。
大佐も、それを気にしていたのかしら――初子は思ったが、笑顔のまま答えた。
「いえ。大佐は今のままでよろしいかと存じます。佐官なのですから、厳めしいくらいがちょうどよいかと」
「厳めしい、か」
やはり本人も微妙に気にしていたようだった。これには、初子も、神明のことを可愛いと思った。
・ ・ ・
九頭島に帰還した須賀中尉は、セレター強襲作戦の報告書と、一式水上戦闘攻撃機を運用した報告書書きに追われた。
特に後者は、一式水戦自体が実戦で初運用されたということで、些細なことでも記入漏れがないよう念入りに行われた。偵察員席に座った妙子と机を挟んで、記憶を掘り起こしクロスチェックをしながら。
とかやっていたら、九頭島の戦闘機乗りに絡まれた。
「おうおう、やってるな!」
「宮内中尉!」
あの男勝りな女パイロットの、宮内桜中尉だった。今回の作戦では空母『翔竜』の制空隊として参加して、米空母『サラトガ』を救ったという。
「宮内でいいぞ、ジロウ」
次郎呼びなのか――須賀は苦笑すれば、宮内は隣の席に遠慮なく座り込んだ。
「ああ、こいつは、あたしの同期の井口」
宮内が連れを紹介した。戦闘第二中隊の井口タキ中尉は、『
「聞いたぞ、ジロウ。お前、一式水戦で大暴れしたってな? あたしはアメさんの援護にいたから、見れなかったんだけどよ。実際のとこ、どうなんよ?」
などと、機体のことでウザ絡みされた。
当然の如く、提出前の報告書を見られて読まれてしまうのだが……予想はついていた。
絡まれた分、提出の遅れたが、神明大佐は淡々と『ご苦労』とだけ言った。
眼光が鋭く、相変わらず不機嫌そうな顔だった。
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