第46話、一式障壁弾


 一式水戦は、異世界帝国のヴォンヴィクス戦闘機の斜め上から突っ込み、そしてすれ違った。


 全速力でこの一式水戦を飛ばしたことがなかった須賀は、自分の普段の感覚と異なるタイミングで敵機に踏み込んでしまった。


 だがすれ違いざまに、咄嗟に12.7ミリ機銃を叩き込んだのは、戦闘機乗りの意地、あるいは反射だったのかもしれない。


 あと、機銃発射ボタン。零戦ではスロットル側に機銃把柄がついていて、発砲するにはそこで撃たねばならないのだが、一式水戦の機銃は操縦桿のボタンで発砲する。操作のラグの差も、あの場面で攻撃できた理由のひとつだろう。


 たぶん当たらなかっただろうな、と思いつつ、須賀は操縦桿を捻るが、後席の妙子が声を弾ませた。


「凄い! あんな一瞬で――撃墜! 撃墜だよ! 義二郎さん!」


 予想外の実況に、須賀は機体を操りつつ、内心驚いた。


 ――当たった? ほとんど一瞬だったのに。


 むしろ想定外に敵機に近づき過ぎて、ぶつかるんじゃないかと思って、肝が冷えたくらいだった。


 やはり慣熟完熟訓練は大事だと再確認である。一式水戦の全速力は、零戦などと比べられないほど速い。未知のスピード感だった。


「まるで、居合の達人みたいだった!」

「落ち着け、妙子ちゃん。戦場で興奮するんじゃあない!」


 新人パイロットではないだろうに、そんなにはしゃいだら、隙を突かれて撃墜されてしまう。全周どこからでも敵機は狙っているのだから。


「ごめんなさい、義二郎さん」


 すぐに謝る妙子。自分でも興奮し過ぎたと感じたのだろう。だが今はそれより敵機だ。


 スピードを活かして一撃離脱してしまったので、須賀の一式水戦を追ってくる敵機はいなかった。敵は艦隊を目指しているので、旋回して追いかける。


 一式水戦のスピードなら、じきに敵機に追いつけるだろう。九九式艦戦と敵機が空中戦を演じている。光が瞬き、銃弾を食い込まされ、傷つけられた機体が煙を引いて落ちていく。墜落していくのは、ほとんどトンボのような敵機のようだが――


 と、視界に敵機に追い回されている九九式艦戦が移った。こちらの針路上に近いから、味方機を追いかける敵機の後方につく。


 一式水戦のほうが速度が出ているので、敵機に追いつく。


 近づく。遮風板いっぱいに敵機の姿が見えるくらい近づく。衝突してしまうのではないかと思えるほど大きくなるまで踏み込む。


 さっきの一撃離脱で、須賀は新たな感覚を手にしていた。それは自分が、絶好の射点だと思っていたものは、まだまだ距離があったということ。


 もっと近づける。もっと接近しても大丈夫だという距離感の更新。一式水戦のスピードに対する認識不足、経験不足からきた事故のような射撃の間。


 あれだけ接近すれば、7.7ミリ、12.7ミリはおろか、20ミリ機銃だって当たる。


 妙子は居合いの達人と言った。なるほど、そういうものかもしれない、と感覚的に理解した。


 一式水戦の4丁の12.7ミリ機銃が火を噴いて敵機を貫いた。翼を穿かれ、トンボのような異世界帝国戦闘機が、スピンしながら墜落する。破片が当たるんじゃないかという距離だった。


「撃墜、2機目!」


 妙子がカウントした。その声は幾分か興奮を抑えて、冷静さを取り戻していた。

 このまま速度を活かして離脱――いや、艦隊を目指す敵機を追いかける!



  ・  ・  ・



「敵編隊、およそ3群に分かれて接近中!」


 魔式索敵装置の捉えた情報を、電測員が報告する。大型巡洋艦『妙義』の艦橋で、神明大佐は指示を出す。


「各艦、防空戦闘用意」


 防空戦闘よーい!――復唱が木霊する。


 第九艦隊は、鹵獲艦艇6隻の外側に、円を描くように分散配置されている。その輪形陣形の先頭を行くのは、旗艦である『妙義』である。


 敵は東から飛来し、戦闘機隊の迎撃を避けた部隊が三つ、北東と南東、そして正面である東からそれぞれ向かってくる。


「主砲、一式障壁弾用意。目標は北東迂回グループ。正木、任せるぞ」

『了解。主砲、一式障壁弾、装填。第一、第二主砲ならびに第三主砲、旋回』


 射撃管制を司る正木初子大尉は、『妙義』の三基九門の30.5センチ主砲を操作する。


 神大佐が、神明を見た。


「一式障壁弾とは……?」

「見ていればわかる」

『障壁弾、外部制御完了。主砲、発射準備完了。行けます!』

「撃て」


 神明は短く号令を発した。


 次の瞬間、仰角を上げつつも角度が異なる50口径30.5センチ三連装砲が煙を吐き出した。艦橋の窓が衝撃波でビリリと震え、大型巡洋艦の艦体がわずかに軋んだ。


 放たれた砲弾はあっという間に、敵編隊、およそ12、3機の正面に飛んでいき――。


『展開!』


 敵編隊の手前で突然、光の膜を開いた。それは一発につき直径50メートルほどの壁となって、敵機の前に立ち塞がる。


 前を行く異世界帝国軍機は、突然現れた壁を回避しきれず激突、爆散した。後続機も膜の範囲を避けようと機首の向きを変えるが、間に合わず次々に激突。


 光の膜の数は九つ、しかし三つずつ重なる部分もあったが、おおよそ100メートル幅があり、砲身仰角をズラしたために、高さも水平ではなく階段のようになっていて、よほど後ろにいた機体でなければ、避ける余裕がなかった。


「なんと……!」


 神は、空中に現れた光の膜に目を見張った。神明は口を開いた。


「あれが障壁弾だ。敵の正面に魔法の壁を展開して、ぶつける砲弾だ」

「壁を……ぶつける」

「君は知らないだろうが、九頭島には魔法訓練学校というものがあってな。魔法の壁で身を守るという技があるんだが……それの応用というやつだ」


 神明は、空に描かれた光の膜が消えていくのを見やる。


「高角砲の砲弾は、敵機に直接当てるものではなく、至近で爆発させてその破片をぶつけて撃墜を狙う。敵機の近くで爆発させるのも難しいが、仮に至近で爆発させても、敵機の装甲が厚かったり、当たり所が悪ければ、中々撃墜できない」


 だが――と神明は皮肉げな顔になった。


「飛んでくるボールを散弾銃で撃ち落とすのは難しいが、盾を構えてぶつけるのは素人にもできて、確実だ」

「!」


 それはそうだ。高速で動くものに銃弾を浴びせても、止められるかは不確実だが、壁に激突すれば、そこで確実に止まる。むしろぶつかった方も潰れる。


「まあ、航空機は素早いから、タイミングが早すぎると躱す余裕を与えてしまうが、もしその鼻先で障壁弾を開ければ、敵は高速ゆえに回避する間もなく、激突する」


 車を運転していて、急な飛び出しを回避できるか? スピードを出していればいるほど、そして飛び出しが急であればあるほど、避けるのは困難だ。


 障壁は、対空砲弾の破片と違い、隙間もなければ、当たったら敵機はほぼ確実にスクラップだ。当然、撃墜率も雲泥の差だろう。


 ただし、敵の鼻先で爆発させられるか、という問題はあるが。


『妙義』が狙った敵編隊は、九発炸裂による広範囲障壁に9機が衝突。最後尾の3機が反転したり、回避に成功した。


 だが障壁を避けた攻撃機を、待機していた九九式艦上爆撃機が待ち構えていた。艦爆は、主翼に懸架していた零式一番短距離誘導弾弾を使用。能力者の誘導により、敵機――ミガ攻撃機を撃墜した。



    ※進行方向 →


               ・天雲

         ・海霧         ・氷雨

             □ □ □

●鰤谷丸   〇水無瀬             △妙義

             □ □ □   

         ・山霧         ○鈴鹿

               ・青雲

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