第47話、防空戦闘


 第九艦隊に迫る敵編隊に『妙義』の放った一式障壁弾で、向かってくる敵機の三分の一ほどが脱落した。


 続いて、艦首、第一、第二主砲が艦隊正面に飛来する敵群へと向き、再びその砲を発射した。


 魔力式測定による敵航空機隊の位置、高度の把握。しかし一式障壁弾の空中での展開タイミングは、完全に人の感覚頼りだった。


 つまり、砲術担当の能力者である正木初子大尉が、適当なタイミングを見計らい、砲弾の起爆装置を点火したのである。


 下手な機械式より故障率は低い一方で、完全に能力者の経験と感覚が物を言う。しかし魔法の目で捉え、適切なタイミングで開いた障壁により、先頭から数機は、回避の間も与えられず、光の壁に衝突し、爆発した。


 7機の敵攻撃機を撃墜。4機ほどが障壁を避けて、さらに向かってきた。これと南東側から向かってきた十数機が、艦隊に迫る。


 大型巡洋艦『妙義』には、12.7センチ連装高角砲の他、副砲である15センチ単装両用砲が四門搭載されている。通常高角砲より射程に優れる15センチ砲が、それぞれの受け持ち範囲にて、敵機襲来に備える。


 その副砲の照準要員も、初子ほどではないにしろ能力者である。ドイツ製の15センチ砲をベースに作られた両用砲は、その射程と速射能力を以て、迎撃を開始。


 続いて『妙義』の右舷側斜め後方に位置する軽巡洋艦『鈴鹿』も、14センチ連装速射砲を発砲。雷撃のために海面近くに降りてきた敵攻撃機に一式障壁弾を叩き込んだ。


 眼前で障壁を次々に開かれ、ムササビのような形のミガ攻撃機が回避できずにぶつかっていく。


 この障壁弾は一度展開すると、およそ10秒前後、その場に留まる。最後は自然消滅するのだが、この一定時間、存在し続ける壁は、航空機にとっては厄介な障害物だ。場合によっては迂回を強いられる。


 そして障壁弾を使用する側は、この障壁が空中に留まるのを利用して、障壁がない場所に撃ち込んで、弾幕ならぬ光のカーテンを張る使い方もできた。


 この運用を重視したのが、青雲型防空駆逐艦である。


 全長129メートル。廃艦となった旧型防護巡洋艦を再生して作られたこの駆逐艦は、機関出力7万5000馬力、38ノットの高速性能を誇る。


 主砲は、試製50口径12.7センチ単装高角砲を四門、採用。防護巡洋艦改造という恵まれた艦体ながら、わずか四門しかない主砲だが、その旋回性能、追尾性能は魔技研による改造で強化され、またその速射性能も高い。


 第九艦隊に随伴する『青雲』『天雲』は、長12.7センチ高角砲で、障壁弾のカーテンを形成していく。


 異世界帝国の攻撃機は、突入するために迂回や、やり直しを強いられる。そして、そのもたつきの間に、艦隊直上の九九式艦爆が側面や後方に回り込んで、零式短距離誘導弾を撃ち込んだ。


「ふふ、艦爆乗りなのに、撃墜数を稼がせてもらって……悪いな」


 艦爆隊を率いる、内田大尉は、敵攻撃機の墜落を確認し苦笑した。


 後座の誘導員によって、比較的安全に攻撃できる。魔力式誘導弾により、艦上爆撃機でも、艦隊防空に参加できるのは、こういう迎撃戦力が少ない側としては助かるのではないか。


 ――ま、その分、あたしらも忙しいけどね。


 それに今のところは、間に合っているものの、艦爆側も誘導弾の数は限られているから、完全に戦闘機の役割を食えるわけではない。あくまで補助、借りられる猫の手のようなものだ。


 かくて、第九艦隊は、空襲第一波を切り抜けた。



  ・  ・  ・



 一式水戦を操る須賀は、速度を落としつつ、『妙義』の後ろからアプローチした。


 本来、水上機は海面に着水し、母艦のクレーンで回収される。ただし波のある海のことなので、その荒れ具合によって色々と面倒が発生する。


 場合によっては、降りられないから、近くの基地へ行け、となることもあるのだ。


 普通は、艦艇がぐるりと円を描いて航行することで、その円内側に波の静かな海面を作り、そこに水上機を着水させ、停船した母艦が回収となる。


 が、魔技研が、そんな普通の着水、収容方法で満足するはずがなかった。まして戦場での回収に、わざわざ艦を停めることなど考えなかったのである。……敵潜水艦のいる海域で、停船など危険極まりない。


 ではどうするか?


 能力者の力に頼るのである。


 一式水戦には、魔法で展開するフロートがあって、着水ができる。……できるのだが、須賀は、まだこのフロートで海面に降りていない。


 すでに一度やっているので、二度目となるとスムーズになる。


『妙義』を後ろからゆっくり追い上げるようについていくのだが、これがまた近いのだ。艦の中央から後ろよりにある艦載機デッキの横に、併走するように、ほとんど滑空するように低速で飛ぶ。


 すると、見えない力で、一式水戦は掴まれた。


『はーい、須賀中尉。一式水戦、キャッチしました! スロットル絞ってくださーい!』


 無線機から、水偵誘導員の竹屋二等兵曹が元気な声で言った。


 彼女は能力者である。魔法で、目の前を過る一式水戦を掴み、そこから引き寄せる。たかだか二〇メートルくらいの移動とはいえ、重量物でもあるし、能力者にとっては中々気が抜けないものらしい。


「飛行機を魔法で掴むとか、何でもありなんだな」


 須賀が素直な感想を口にすれば、後座の妙子は笑った。


「何でもできるわけじゃないよ。人それぞれってやつだね。得意不得意はあるし、私は竹屋ちゃんみたいに、水上機を持ち上げて誘導とかできないし」

「魔技研って、意外に人力だよな」

「そうね。でも、そうやって人力でやっていることを、機械でできるようにするのが、私たち魔技研の仕事でもあるんだよ」


 最初は何から何まで、能力者頼りだった。だが、今では少しずつ魔法装備で、能力者でなくてもできるようになってきたと妙子は言った。


「神明大佐曰く、『兵器は誰が使っても、一定の効果がなければならない』なんだって。だから魔法とか、能力者とか頼りで止まってるのは、正常じゃないの」


 魔法頼りは、正常ではない、か――須賀は、反芻する。


 魔法による誘導兵器も、魚雷に関しては、能力者でなくても、専用の道具で誘導できるようになったとも聞いている。


 着実に、少しずつ置き換わっている。今、竹屋がやっている水上機誘導も、装置が完成すれば、どの艦でも誰でもできるようになるという。


 戦闘海域で、船を停めるというリスキーな行為をすることなく、艦載機を収容できる。それはいい話だ。水上偵察機乗りたちにとっても、運用する艦艇側にとっても。


 収容できないから廃棄とか、別の基地に移動させたら、その艦艇ではそれ以上、水上機の運用ができなくなるというデメリットも解消されるわけだから。


『はい、お疲れ様でした!』


 竹屋の魔法により、一式水戦は艦載機デッキ上の専用台に設置した。お見事――須賀は心の中で呟いた。

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