第45話、先制誘導弾


 第九艦隊は西沙諸島と南沙諸島の間を突っ切る形で、南シナ海を横断し、台湾方面へ向かって進んでいた。


 旗艦『妙義』では、マ号潜の特殊偵察機からの報告が届けられた。


「――戦艦、空母各2、巡洋艦6、駆逐艦10の敵艦隊か」


 神明大佐は表情を崩さない。第九艦隊の脱出ルート上に、存在する敵艦隊である。


 対する第九艦隊本隊は、大型巡洋艦1、軽巡洋艦2、駆逐艦5、特務艦1、随伴潜水艦2。

 これに鹵獲した戦艦4、空母1、重巡洋艦1が加わるが、こちらは戦力にできない。


 神大佐は緊張を漲らせる。


「このままでは、衝突不可避ですな……」


 正面から挑めば、数の差で負ける。普通はそう判断するところである。


「まあ、陽動部隊に切り札を用意している。これで横腹をつけば、勝てなくはない」


 マ号潜部隊――の他に、潜水型巡洋艦と海霧型駆逐艦が1隻ずつが陽動部隊に組み込まれている。


 この潜水型巡洋艦は、水無瀬型巡洋艦と同様、潜水艦としての航行能力を持つが、ある能力に特化している艦でもあった。


「救援を求めますか?」


 神は伺うが、神明は小さく首を振った。


「今ここで呼びかけて誰が来る?」


 陸軍はもちろん、連合艦隊だって今回の作戦はノータッチである。突然、助けてくれと呼びかけられても、困るだろう。


「陽動部隊には知らせるがな。あくまで第九艦隊内で始末する懸案だ。……なに、やりようはある」


 表情に乏しい神明だが、珍しく凄みのある笑みを浮かべた。


「喜べ、神大佐。魔技研の兵器を余す所なく見ることができるぞ」



  ・  ・  ・



 まずやってきたのは、異世界帝国の空母攻撃隊だった。


 その数80機。


 特務艦『鰤谷ぶりたに丸』から、稼働機22機が発進。『妙義』から一式水戦が1機、射出された。


 九九式艦戦12機、九九式艦爆10機、一式水戦1機の、計23機が、艦隊に迫る敵航空隊を迎え撃つ。


『柳一番より、柳隊各機へ。九八式一番誘導弾、発射用意!』


 九九式艦爆隊を率いる内田大尉が指示を出す。


『目標を捕捉できたか? 用意……撃ててぇ!』


 九九式艦爆が胴体下に懸架していた空対空長距離誘導弾を発射した。


 10機の艦爆から各1発、一式水戦からは2発の九八式誘導弾が放たれ、煙を引いて飛んでいく。これらの誘導は、それぞれの機体に搭乗する偵察員が、魔力眼や魔力索敵を併用し行っている。


 これらの第一射は、異世界帝国攻撃隊に伸びて、それぞれ激突した。


 突然正面から突っ込んできた誘導弾が、戦闘機の翼をもぎ、あるいは胴体を貫いて爆発した。


 高速かつ、正面から見れば小さすぎる物体を判別するのは難しく、気づいて咄嗟に回避した機体も、避けきれずに被弾、爆散した。


 内田大尉の声も弾む。


『よしよし、初弾は皆当てたようだね。感心感心。では、艦爆隊は、艦隊上空に戻る。楓隊、後はよろしく!』

『こちら楓一番、了解。……楓一番より、妙義一番へ』


 妙義一番――須賀の乗る一式水戦である。『妙義』艦載機の一号機だ。


『こちらも九八式誘導弾を用意して待機中。誘導願う』

「こちら妙義一番、了解」


 答えたのは後座の妙子だった。


「6発まで誘導する。一番機から六番機まで、切り離し用意」

『了解。九八式、切り離し用意よし』

撃ててぇ!」


 妙子の鋭い声が無線に乗って響いた。


 楓隊の九九式艦上戦闘機隊も、それぞれ増槽タンクの位置に懸架する長距離誘導弾を投下した。スイッチが入り、点火。空対空誘導弾は真っ直ぐ飛んだが、誘導はされていない。


 何故なら、戦闘機は一人乗りで、誘導員が乗っていないからだ。操縦しながら誘導は、不可能ではないが非常に難しいのだ。

 それで機体が事故ったり、誘導が疎かになって当たらないというのなら、戦闘機に誘導兵器は載せない、と、現時点の技術ではそうなっている。


 しかし、今回、高レベルの誘導員が、外部から誘導装置に干渉してコントロールするという手法が取られた。


 一度紐付けすれば、誰が誘導しようが一緒。だったら戦闘機には、誘導弾だけ運ばせて、別機が誘導すればいい。弾着観測、弾着誘導などを研究していた魔技研らしい運用法である。


 かくて、楓隊が正面に撃ち出した誘導ロケット弾は、その途中に妙子の誘導念波に拾われ、敵機へと飛んでいった。


 須賀の目には、ほとんど点にしか見えない距離である。それがパッと爆発の光が瞬くのだから、大したものである。


 ――今の6つの光。あれ、全部妙子が同時に制御しているんだよな……。


 そもそも操縦しながら、誘導弾を制御できないから戦闘機にはなしだ、って言われているのだ。一つコントロールするだけでも大変なのに、同時に複数とか、レベルが違い過ぎる。


「次、七番機から――撃て!」


 残る九九式艦戦6機が、誘導弾を投下した。敵攻撃隊も、誘導弾攻撃にショックを受けているのが、最初に比べてバラけているが、妙子が6発の長距離誘導弾を操り、まるで吸い込まれるように蒼空の点――敵機にぶち当てた。


「お見事」


 須賀は思わず感嘆した。もし今の誘導弾攻撃が、全弾命中――戦闘機・艦爆22発、一式水戦2発――なら24機の敵機が墜落もしくは脱落したことになる。


 敵攻撃隊の総数が80機だから――


 ――まだ56機もいるのか!


 23機で、先制できたが、この数は防ぎきれない。


 その時、無線機から、楓一番――井口中尉の声が入る。


『楓一番より各機、敵戦闘機を撃墜せよ。かかれ!』


 九九式艦上戦闘機隊が、時速600キロ以上の猛スピードで、敵編隊へ切り込んだ。蒼い空に瞬く曳光弾の光が交差し、煙を上げてポツポツと落ちていく敵機。


「妙子、俺たちも突入するぞ!」


 一式水戦は戦闘機だ。魔法収納によってフロート格納状態である本機は、通常の、いやちょっと高性能な戦闘機だ。


「後ろの見張りは任せて!」


 妙子が力強く言った。戦闘機乗りは、全部ひとりでやらなくてはいけなかったが、複座となると人が増える分、警戒の目も増える。……その人間が信用・・できるなら、パイロットは敵機撃墜により集中できる。


 フルスロットルで加速。夏風1800馬力エンジンが唸る。そして気づいた。


 ――そういや、こいつっ! 670キロ出るんだっけ……!


 凄まじいスピードで、あっという間に敵機が視界に迫った。須賀はとっさに発射ボタンを押し込んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※一式水上戦闘攻撃機の機銃発射は、零戦などの発射把柄と違い、操縦桿についたボタンを押し込む(爆弾と機銃の切り替えスイッチあり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る