第44話、空を舞う日の丸


 重巡洋艦『ヴィンセンス』は、魚雷艇と接舷し、マッカーサー将軍と彼の部下たちが移乗する作業に掛かる。


 この間、ブラウン中将もリーフクール大佐も艦橋にいて、その様子を見下ろしていた。だがその関心は、マッカーサーよりも今後の脱出に向けられている。


 異世界帝国航空隊による猛攻で、空母『サラトガ』は損傷し、速度に制限がかかっている。搭載する第3航空群も消耗し、次の空襲ではエアカバーはない。


 1秒でも早く、この海域から逃げるべきではある。


 しかし――


「太平洋艦隊にとって、『サラトガ』は唯一残っている大型空母だ。何とか連れて帰りたい」


 だが現実に、第11任務部隊に与えられた任務はマッカーサーの脱出だ。


 その目的を果たすためなら、足手纏いの空母を切り捨てねばならない場合もある。そして最善手だったとしても、司令官であるブラウン提督は、責任を取らされて更迭もありうるという……。どう転んでも地獄。


「艦長、対空レーダーに反応。南方より航空機群が接近中!」


 上がってきた報告に、リーフクール艦長は口元を引き結ぶ。


「やはり、奴らはこちらを見逃すつもりはないらしいですな」

「将軍閣下は本艦に移動した。後は逃げるだけなんだがな」


 ブラウンは苦笑する。通信長がやってきた。


「提督、『サラトガ』のダグラス艦長より、『本艦は囮になるので、艦隊は離脱されたし』と通信が」

「何?」


 ブラウンも、リーフクールも驚いた。まさか本来守るべき存在である空母が、囮になるなど聞いたこともない。


 ――私に空母を見捨てた男のレッテルを張るつもりか。


 だが、任務を果たす上で、敵が優先度の高い空母を狙うのであれば、囮になることは悪い手ではない。もちろん賛否はあるが、任務成功率を上げる一つの手段ではある。


 ――ダグラス艦長は、スポーツマンだったな。


 フットボールではランニングバック、野球では投手と、目立つ存在だったと聞く。特にフットボールでは大学の頃から有名で、海軍のチームでもキャプテンを務めていたこともある。


 何が言いたいかと言えば、彼はチーム――組織の中で、最善を尽くすということを知っているということだ。


 必要であれば、自己犠牲も辞さない。……もしかしたら、単に目立ちたがり屋だったかもしれない。注目されることに慣れてはいるだろうことは間違いないだろう。


「レーターに反応。北方より航空機群接近!」

「今度は北からだと?」


 リーフクールは呻く。


「しかし、フィリピンより北は、日本のテリトリーだろう? 連中がここまで航空機を飛ばせるわけがない……。まさか、異世界帝国の艦隊が回り込んだのか?」


 敵の有力な艦隊が、フィリピン方面に展開しているという。合衆国の艦隊が接近していると知れば、何も対策を取らないなどあり得ない。


「挟み撃ちか!」

「艦長、北方の航空機群より入電!」

「!?」

「『我、日本帝国海軍。貴艦隊ヲ援護ス』以上です!」

「日本海軍の航空隊……!」


 インペリアル・ジャパニーズ・ネイビーが何故ここに? ブラウン提督をはじめ、リーフクールらも理解が追いつかなかった。



  ・  ・  ・



 北西へ退避するアメリカ艦隊の上空に到達したのは、異世界帝国と日本海軍、双方ともほぼ同時だった。


 この戦場に駆けつけた日本軍とは、第九艦隊から分遣隊として派遣された空母『翔竜』の戦闘機隊だった。


「何だよ、もうアメさんの戦闘機は飛んでねえのかよ?」


 九頭島航空隊、戦闘第一中隊の宮内桜中尉は、眉をひそめた。僚機である江藤の声が無線機に入る。


『米空母は被弾しているようです。修理しないと、艦載機も飛ばせないでしょうね』

「ケッ、あたしらだけかよ。まあいいや! 異世界人を吹っ飛ばすぞ! 桜一番より、各機! 突撃ぃっ!」


 九九式艦上戦闘機は、春風エンジンを唸らせて、異世界帝国のヴォンヴィクス戦闘機に挑みかかった。


 一気呵成。米艦隊攻撃のために高度を下げつつあった、異世界帝国航空隊に、さながら雪崩の如く上方から切り込む。


 両翼の12.7ミリ機銃が、雨のように敵機の胴体に突き刺さり、煙を引かせて墜落させていく。


 高速を活かして一撃離脱を仕掛ける九九式艦戦。比較的低高度で起きる空中戦。


 この間に第11任務部隊は離脱にかかるが、対空要員は高角砲や機銃から、日本軍機と異世界帝国機の戦いを見守る。


 日の丸ミートボール付きのスマートな戦闘機が、F4Fワイルドキャットよりも高速で飛ぶのを見ながら、何とも不思議な気持ちになるのだった。



  ・  ・  ・



 異世界帝国東洋艦隊の本隊から分離された北方部隊は、フィリピンに接近する米艦隊を撃滅すべく北進していた。


 基地航空隊が、米艦隊を痛打した。北方部隊は、トドメとばかりに空母2隻から攻撃隊を発艦させようとしていた。


 が、ここで東洋艦隊司令部より、命令変更が下された。


「北方部隊は針路を西に変更。台湾方面へ退避中の日本艦隊を撃滅せよ……か」


 戦艦『ボルボロス』を旗艦とする東洋艦隊北方部隊指揮官、テタルティ少将は僅かに表情を曇らせた。


 目の前に瀕死の敵がいて、それを投げ出すというのは、何とも気持ちの悪いことだった。空母の攻撃隊も、すでに準備万端、今まさに出撃という段階だったから余計にである。


 先任参謀が口を開いた。


「我々の位置ならば、敵の退避ルート上で待ち構えることができます」

「メトポロン長官は、何としてでも、日本軍を逃がしたくないらしい」


 セレター軍港で復旧、再生させていた戦艦部隊を強奪されてしまったのだ。これは東洋艦隊の名折れであり、本国でも問題視される失態と言えよう。


 ここで奪回ないし、撃沈せねば、立つ瀬がない。


「哨戒機は、敵を捕捉しているのだな?」

「撃墜された模様ですが、追加の機体を飛ばしているそうです。ですが、マレー方面の短距離攻撃機では、すでに攻撃圏外」

「主力部隊が後退した今、押さえられる部隊は、我々を除けばボルネオの重爆部隊くらいか」


 しかし、重爆撃機の高高度爆撃など、海上を移動する艦隊に当てるのは至難の業である。そうなると――


 参謀の言葉を受け、テタルティ少将は頷いた。


「ならば、我々がやるしかないと言うわけだ」


 もともと、それを逃がさないつもりだった主力部隊は、敵潜水艦部隊による待ち伏せで大打撃を被った。


 にわかには信じられない話ではあるが、敵が東洋艦隊主力を後退させるだけの戦力集中を行ったなら、このあたりにいる敵潜水艦は、魚雷を消耗し尽くしているだろう。


 とはいえ、油断は禁物だ。


「対潜警戒を厳にしつつ、我が部隊は西進する! 目標、南シナ海を北上中の日本艦隊!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・ウィルソン・ブラウン中将:ウィルソン・ブラウン・ジュニア。アメリカ海軍の提督。

 ハルゼーやスプルーアンス、フレッチャーらと比べても、おそらく日本での知名度が低い人。

 史実では、真珠湾攻撃ののち、生き残りである空母『レキシントン』を有する第11任務部隊の指揮官として、対日反抗の最先鋒として活動……するも、攻撃前に作戦中止となること多発。毎度引き返すことになり、日本側とほとんど交戦することがなかった。

 その後、健康上の理由で前線を離れたことも、知名度の低さに拍車をかけたと思われる。たぶんこの世界でも、無事本国に帰ったら、オーブリー・フィッチ少将と交代することになる。

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