第179話、大型巡洋艦『早池峰』


 その戦艦は、34.3センチ連装砲六基十二門を搭載していた。


 しかし、この大戦における戦艦としては門数はともかく、一発あたりの威力にやや難がある。


 異世界帝国軍ヴラフォス級戦艦――日本海軍では当初『乙型』と呼ばれていた。ちなみに『甲型』は40.6センチ砲搭載のオリクト級戦艦である。


 さて、この戦艦は、中部太平洋海戦にて撃沈した異世界帝国太平洋艦隊所属の1隻だった。

 回収した日本海軍は、ヴラフォス級を『大型巡洋艦』として改修、再生させていたが、この1隻もまた、実験的要素を加えた上で大型巡洋艦として生まれ変わった。


 日本海軍の大型巡洋艦と同様の艦橋ほか上部構造物。その武装は、艦首側に大型巡洋艦の主砲となる50口径30.5センチ三連装砲二基六門。両舷に四基搭載されていた主砲は撤去され、代わりに特マ式20.3センチ連装砲が装備されている。


 本来、艦尾に設置されていた副砲群は取り除かれ、後部甲板は艦載機・艦載艇格納庫となった。

 航空大型巡洋艦乃至、強襲揚陸巡洋艦とも言うべき不可思議な艦である。そして特異なのは、格納庫のみではなかった。


 その制御は、複数魔核を使用した能力者制御で行われることだ。


 大和航空隊の須賀は、今回の任務のため、この実験巡洋艦『早池峰』の乗艦を命じられた。

 能力者制御と聞いた時点でお察しだが、須賀はその制御要員として呼ばれたのである。


「航空機の試験運用が主だったはずなのに、また艦艇とはねぇ」

「別にいいんじゃない? 初めてじゃないんだしさ」


 そう快活に言うのは、空の上では相棒というべき付き合いの長い正木妙子少尉である。複数の魔核によるコントロールという段階で、予想がついたが、彼女もまた須賀とはまた別の魔核を使った制御要員である。


「わたしたちが呼ばれたのって、やっぱり息が合う相棒だから?」

「じゃないのかな」


 須賀は、適当な調子で返した。大型巡洋艦『早池峰』の艦橋――重防御が施された制御艦橋にいる。タンデム式に設置された魔核とシート。須賀は前に座り、妙子は後ろのシートに座った。


「いや、訂正。たぶん妙子が、艦艇の魔核制御もできるからじゃないかな?」

「かもね」


 適当な調子で返される。須賀は魔核の制御端末に触れると、それが緑色に光る。


「初子さんは、ひとりで動かしていたんだろ? このフネは二人なんだな」

「説明を聞いてなかったの、義二郎さん? この艦、人員がわたしたち、二人だけなんだよ。たった二人で、全部、やらないといけないわけ」


 正木初子大尉の制御する戦艦『大和』だって、数十人の補助人員が乗っているが、『早池峰』は、文字通り能力者二名で全てを操らなくてはいけない。緊急時には一人が操艦しつつ、もう一人が緊急事態の対処にあたったりする。役割分担で、負荷を減らすための複数魔核である。

 もっとも試験艦の段階なので、さらに数名の能力者が支援できるよう、補助シートは設けられている。


「それに、操るのは『この子』だけじゃないんだよね」


 妙子が呟くように言った時、通信機が鳴った。


「こちら『早池峰』」

『志下だ。ドック注水完了。準備が出来たら出航してくれ。作戦の開始まで時間がないから、どんどんテストをしていこう』


 志下造船大佐からの声に、須賀は応答した。


「了解しました。すぐ動かします。……妙子」

「マ式機関、スタート。魔力伝達――よし。エンジン回った!」

「前進微速」

「前進微速、宜候」


 大型巡洋艦『早池峰』がゆっくりとドックから動き出す。全長230メートルの巨艦は、さすが元戦艦である。

 新型実験巡洋艦は、九頭島の海へと滑り出す。


 制御シート周りにある外部視界を映し出すスクリーンを見やり、須賀は違和感をおぼえる。


「やっぱ、この板っ切れが外の景色を映しているってのが慣れないんだよな」

「仕方ないよ。シート座ってたら、窓の外見えないもん」


 一応、艦橋であり窓もあるから、そこから外を一望できるのであるが、確かに魔核制御をしながら、移動はできない。

 戦闘機乗りとしては、窮屈に感じる視界だった。


 ともあれ、須賀、妙子コンビによって『早池峰』は所定のテストを実施、クリアしていく。


 速度テスト――最大速度は33ノットを計測した。元の戦艦より5、6ノット高速である。これは機関の換装もあるが、横に広めの元艦より船体幅を削ったことで、艦全体が細長くなったことも影響している。


 やはり艦側面に主砲を載せれば幅が大きくなるから、副砲に縮小してその分、ダイエットに成功したとも言える。

 旋回も試すが、水流旋回制御装置により、この手の細長い艦にしてはよく動く感触を得た。もっとも、須賀はパイロットなので、艦艇に乗っていた期間はあまり多くない。最近だと空母とか戦艦などの大型艦ばかりだった。


 一通りの運動テストの次は、潜水艦機能のテスト。――そう、この『早池峰』は潜水機能のある潜水巡洋艦でもあるのだ。

 元戦艦の潜水自体は、日本海軍では珍しくはない。魔技研で実験されたブリタニック号――『鰤谷丸』はもちろん、今では戦艦『大和』も潜水機能持ちである。

 すでに実用化されている技術だけあって、『早池峰』でも問題は見られなかった。


『「早池峰」の潜水、浮上テストは完了。……何か問題はあるかね? 疲れてないか?』

「今のところ問題はなしです」


 志下大佐の質問に、須賀は答えつつ振り返る。後席の妙子の顔が、魔核の緑の光で浮かび上がっているが、彼女もまたいつもの頷きで返した。問題なし、である。


『了解。では、次のテストをやる。妙子君、前方にフネを二杯用意した』

「了解です、大佐。前方2000、改古鷹型巡洋艦『古鷹』『加古』を確認」


 大巡『早池峰』からも、その艦影はよく見えた。

 第一次トラック沖海戦で異世界帝国によって撃沈され、鹵獲されていた2隻の重巡洋艦。敵に使用されていたものを第二次トラック沖海戦で日本海軍が撃沈。回収、奪回されて、再度、新たな装備を携えて大改修されたのである。


『では、妙子君。はじめてくれ』

「了解。……義二郎さん、艦の制御よろしく!」

「了解」

「従属回路、接続――確認! 古鷹、加古、おいで!」


 妙子の奇妙な呼びかけ。数秒後、停船していた2隻が動き出した。須賀が操艦する『早池峰』に併走するように。

 須賀は思わず口笛を吹いた。


「凄ぇ。こっちから通信入れたり、発光信号を送ったわけじゃないのに」

「進ませるだけだったら、誘導弾を導いているのと変わらないわよ」


 妙子は軽妙に答えた。魔核と能力者の力を用いた無人艦艇運用案――その答えの一つがこれだ。


 戦艦『大和』でも同様の無人艦制御システムを導入していたが、その改良型だ。妙子の魔力制御によって、無人艦に改装された『古鷹』『加古』は遠隔で操艦されている。


 もちろん、誘導弾を導くのと変わらない、なんてことはなく、『早池峰』からの制御で、妙子は、『古鷹』『加古』の主砲や対空砲を同調、制御していた。さすがは高ランク能力者である。


 ともあれ、『早池峰』と、無人制御艦『古鷹』『加古』の運用試験は終了した。やはり初めてのこともあり、どちらが何を操作するかの連携確認や、須賀の魔法バリエーションの少なさから要習得項目など、問題点は出た。


 だが艦自体の問題は致命傷にならないと判定され、運用しつつより高めていこうという結論に落ち着いた。


 そして、ウェーク島攻略作戦に、『早池峰』は投入されるのである。



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・早池峰型大型巡洋艦:『早池峰』艦

基準排水量:2万7700トン

全長:230メートル

全幅:31.2メートル

出力:16万馬力

速力:33ノット

兵装:50口径30.5センチ三連装砲×2 特マ式20センチ連装砲×4

   8センチ光弾対空砲×16 四連装対艦誘導弾発射管×4

   対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×2 艦載機×8乃至艦載艇×9

姉妹艦:――

その他:異世界帝国の主力戦艦B型――ヴラフォス級戦艦を大改造した大型巡洋艦。魔技研の技術に加え、能力者による制御で運用する実験艦として作られた。二名で操艦が可能であるが、さすがに運用にあたって二名は少な過ぎると人員が増やされる予定である。主砲は大型巡洋艦の30.5センチ砲に換装。両舷2基ずつの主砲を撤去して、新型の副砲に変更。それに伴い、艦幅を縮小し、高速化を図った。艦後部を艦載機ならびに艦載艇の格納庫にし、航空巡洋艦もしくは強襲揚陸艦として運用も考慮されている。また潜水機能を有し装備しており、敵地への奇襲上陸作戦などに用いることも可能。

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