第180話、ウェーク島攻略作戦


 作戦計画に従い、大型巡洋艦『早池峰』は九頭島軍港を出航した。


 随伴には、重巡洋艦『古鷹』『加古』。第七水雷戦隊の第七十一駆逐隊『氷雨』『白雨』『霧雨』『早雨』が護衛につく。


 これが攻略第一部隊。

 須賀と正木妙子は、『早池峰』の操艦制御を担当するが、今回はそれなりの期間の行動となるため、補助要員として東山、木下という二人の能力者少尉がついていた。ローテーションを組んで、非戦闘時は交代で休息を取るという配慮である。ほか主計科調理担当班。


 なお、それだけでなく七十一駆の『氷雨』も、一日のうち一定時間、『早池峰』を魔力曳航にて誘導操艦することになっていて、須賀たちの負担を軽減する処置が取られていた。


 ちなみに、『早池峰』の重要任務として、後部艦載艇格納庫と居住区には、特殊部隊『うつつ』を載せていた。

 この艦が揚陸巡洋艦とも言われるのは、後部格納庫と兵員収容能力故である。


 須賀たち攻略第一部隊は、ウェーク島に接近。他の攻略部隊の攻撃に合わせて、特殊上陸艇を発進させて、現部隊を揚陸させる。その後、しばらく待機し、特殊部隊の要請があれば支援砲撃を行いつつ、その任務の援護と部隊回収を担当する。


 任務海域まで、護衛部隊と共にノンビリ太平洋をクルージングである。交代の間、須賀は『早池峰』クルーの最上位階級者ということで、現部隊とも交流を図った。もっとも、人員や作戦の打ち合わせと、プライベートを少々という程度であるが。


 現部隊の指揮官、遠木 迅中佐は、須賀に特殊部隊の今回の任務について語った。


「要するに、捕虜を確保することだ」


 遠木中佐は、ウェーク島の地図を広げる。


「これまで日本軍は、異世界人の捕虜が取れなかった。その秘密がE素材なる物質に影響されているという説が出たから、その実証実験をやろうということだ。言ってしまえば、ウェーク島自体は、占領できなかったとしても問題ない」

「はっきり言いますね……」


 ウェーク島攻略作戦なのに、制圧できなくてもいい、とは――須賀は苦笑する。攻略のために、海軍陸戦隊を乗せた特務艦『鰤谷丸』も別攻略部隊に投入されていると聞く。

 また、異世界帝国の空母機動部隊の出現の可能性に備えて、警戒部隊が増強されたとも聞いている。少なくとも、海軍は本気で占領しにいくつもりだと思っていた。

 遠木も笑った。


「それだけ、島の制圧より捕虜獲得が第一ということなんだ」


 中佐は広げた地図を指し示した。


「これがウェーク島だ。見てのとおり、太平洋の真ん中にポツンとある小さな島だ」


 ウェーク本島、ピール島、ウィルクス島の三島からなり、本島は、口を開けたワニの頭のような形をしている。その上下の口の先、地図上では上にピール島、下にウィルクス島があるような配置だ。


「最初にきたのは、スペイン人だったらしい」


 遠木は言った。


「聖フランシスコの祝日云々で、サンフランシスコと命名されたが、その200年以上後にやってきたイギリス人のウィリアム・ウェーク、そしてその親戚のサミュエル・ウェークが、自分たちの名前をつけた」

「博識ですね」

「乗り込む戦地のことは、事前に調べるものさ。ちなみにウェーク船長が自分の名前を島につけた後、やってきた貿易船の船長がハルシオン島と命名したが、すでにウェーク島は海図でも名前が出ていたから、ハルシオンの名前はほとんど使われなかったそうだ」

「ハルシオン……それも船長の名前ですか?」

「いや貿易船の名前だったはずだ。船長は……チャールズ・ウィリアム・バークレーだったかな」


 遠木は地図のウェーク島を指でなぞる。


「で、今から100年近く前にアメリカ海軍のチャールズ・ウィルクス中尉の探検隊が上陸して、島を探索した」

「ウィルクス島の名前は――」

「そう、このウィルクス中尉だ。そしてピール島は、探検隊にいた博物学者のティティアン・ピール氏からつけられた」


 本当によく知っている、と須賀は、遠木に感心した。


「そして1899年、アメリカはウェーク島の領有を宣言した。以来アメリカ領となったが、かの陸軍と海軍が拠点を作ったのは1940年になってからだ」

「つい最近ですね。あれですか? ワシントン海軍軍縮条約での、太平洋の島の要塞化禁止の」

「いや、ウェーク島は禁止対象外だ。だがまあ、見ての通り、小さ過ぎる島だからな。要塞にするような意味も価値もあまり見い出されなかった。もっとも最近になってそれがようやく見直されて基地化したが……異世界人に占領された」


 そして今回、日本軍がウェーク島を取りにいくのである。


「厄介なのはウェーク島本島に飛行場があることだ。まずはこいつを黙らせないと、乗り込むのも大変だ。ちなみに、沿岸に砲台があるが、それがあるのが、ピール島、ウィルクス島、そしてウェーク島本島は南のピーコック岬に集中している」


 遠木の指が、それぞれの位置を指し示す。


「そしてこれがより重要だが、E素材で出来ている柱が、ワニの口の中――この真ん中に一つ、そして三つの島にもそれぞれ一つずつ建っている」

「……」

「例の生命維持装置説を信じるならば、この柱を破壊することで敵の行動に制限を加えることができる。島には他にもマイルストーンよろしくE素材の小さな柱が無数にあるが、これらは電力の供給が経たれると効果もなくなると思われる」

「つまり、島を無力化するなら、この柱と電力の供給を断てば――」

「生命維持装置説上、ウェーク島の異世界人は全滅することになる」


 遠木は、ウィルクス島、ピール島、そしてウェーク島のワニの口にあるE素材柱を順番に指さした。


「ここの三カ所は、真っ先に破壊していい。俺たちが捕虜を獲得するのは、ウェーク島本島。そこのE素材柱は、異世界人を捕まえてからだ」


 現部隊は、ウェーク島本島の敵施設で捕虜を獲得後、揚陸艇に乗って『早池峰』に帰還する。電力供給中のE素材柱を装備している『早池峰』に捕虜を乗艦させても、生存していればE素材=生命維持装置という説がほぼ確定となるだろう。


 その後、ウェーク島本島のE素材柱を破壊したのち、『鰤谷丸』などから海軍陸戦隊が上陸して島を確保する、という手順となる。


「説明は受けているだろうが、飛行場の他にアメリカ軍は潜水艦部隊用の基地を作ろうとしていて、異世界人はそれを引き継いで、駆逐艦や潜水艦用の拠点を完成させている。中部太平洋海戦での損傷艦がいるとか、警備の艦艇がいるようだから、気をつけてくれ。俺たちが帰る場所を沈めないでくれよ」

「はい、中佐」


 そちらが出て来た時の対処も、もちろん事前に説明を受けている須賀である。別部隊が叩く予定にはなっているが、敵の哨戒状況によっては鉢合わせもあり得るから注意するように、と言われている。


「今回の作戦が上手くいけば、戦いの潮目が変わるかもしれない。万事抜かりなく、また突発的な事態が発生しても、冷静に行動するように。……頑張れよ、中尉」


 この艦『早池峰』の初実戦、そして制御する須賀たちが経験が浅いのを知っている遠木は、そう言って須賀の肩を叩いた。

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