第365話、変則鉄床戦術


 単艦行動の転移巡洋艦『矢矧』の中継装置を利用することで、敵陣深く切り込んだ第二機動艦隊の第一、第二部隊は、一転して離脱。敵大西洋艦隊の逆サイドへ移動した。


 左に引き寄せられたところを、右に。敵が後ろを向いている間に蹴飛ばそうという、転移戦術だ。


 転移巡洋艦という折り返し地点が存在するおかげで、こうした小転移による位置移動が可能になる。

 第二部隊旗艦『大和』。艦を制御する正木 初子大尉が報告した。


『正面、敵駆逐艦5、その後方に目標の大型空母4隻を確認』

「よし、鬼の居ぬ間に空母を仕留めるぞ!」


 宇垣 纏中将の声に、大和艦長の森下大佐は指示を出す。


「目標、先頭の大型空母。正木大尉。主砲、照準!」


 戦艦『大和』の艦首45口径46センチ三連装砲二基の砲門が、夜に紛れて離脱しようとする5万トンの大型空母へと向く。


 距離およそ6000メートル。第七水雷戦隊の『水無瀨』『鹿島』が、先導の敵駆逐艦に14センチ連装自動砲を叩き込む中、『大和』、そして『武蔵』の巨砲も火を噴いた。


 風を切る46センチ砲弾は、弾道誘導され、全長330メートルの巨大空母へと収束する。ガン、と鈍い音と共に、空母の艦体に飛び込んだ砲弾が炸裂。内側から鋼鉄の板を吹っ飛ばした。


 闇から突然現れた火山の噴火、ならぬ先頭艦の大爆発は周囲を照らし出した。後続の空母は、退避方向に日本軍の新手が待ち伏せていたと気づき慌てる。


 大型空母を一斉射で撃沈できる火力――戦艦級の大型艦がいると考え、取り舵を取り、針路を変えた。

 その動きを、『大和』は見逃さない。報告を受けた宇垣は命令を発した。


「第二戦隊、面舵! 敵空母の頭を押さえろ!」


 単縦陣で距離を詰めつつあった『大和』『武蔵』『美濃』『和泉』は変針して、敵空母の逃走経路の前へ機動する。


 敵の頭を取る丁字戦法。その理想的な形へと持って行く。第二戦隊、戦艦部隊の全主砲が敵に向けられ、火蓋が切られた。

 だが――


『敵空母、防御障壁を展開した模様』


 正木、そして見張り員からも同様の報告が入る。46センチ砲弾が、敵空母の手前で爆発して、直撃が阻まれる。


「とうとう、敵空母まで防御障壁を使い始めたか」

「元々、防御障壁はあちらさんも使っている技術ですからね」


 宇垣の呟きに、森下艦長は飄々と答えた。


「夜でもうっすらと障壁が見えます。これは空母全部を潰すのが難しくなりましたね。もう1、2隻は食いたいですが」


 転移で移動したとはいえ、時間をかければ敵戦艦が駆けつけてくる。そうなると、空母にばかり構っていられなくなる。



  ・  ・  ・



 時間は少し遡る。

 ムンドゥス帝国大西洋艦隊旗艦『ディアドコス』。テロス大将は、自陣の中に飛び込んできた日本部隊を、戦艦部隊で集中砲火を浴びせているつもりでいた。


 しかし気づけば、乱立する水柱の中にいたはずの日本部隊は姿を消していた。撃沈したわけではない。

 部隊丸ごと、いつの間にか霞の如く消えていた。そして、自分たちが向いていた方と逆方向から、爆発音が轟いた。


「閣下、第一空母戦隊、第二空母部隊の前に、戦艦を含む敵大型艦部隊が出現! 空母が攻撃を受けていますっ!」


 入ってきた報告は、まさに衝撃だった。


「どういうこと?」


 テロスはショックを隠せなかった。


「まさか、転移したの?」


 夜の帳が降りたタイミングで、さっと現れ、そしてさっと消えていく。完全なる一撃離脱だとでもいうのか。


 事前に、日本海軍が転移技術を持っているらしいという情報はあった。

 しかし、精々長距離を移動する程度であり、こうまで深く戦術に取り入れているとは思っていなかった。


 差し向けた戦艦部隊が、完全に空振りになってしまった。こちらに適度にダメージを与えて、逆に自分たちが危なくなったらさっさと逃げる――嫌らしいが効果的な戦いぶりだ。


 だが、まだ戦いは終わっていない。


「空母戦隊を引き返させなさい! 戦艦戦隊は、ただちに空母戦隊の救援に!」


 テロスは、部隊位置を入れ替えるべく命令を出す。


 右翼から中央に振り向けた戦艦戦隊を、急いで戻す。そして空母戦隊は反転して、中央本隊に合流させる。

 これだけで各部隊の移動がカオスと化して、海図上の配置がグチャグチャとなる。まさに右往左往である。


「航空参謀! ナイトストライカーズを戻しなさい!」


 夜間航空戦闘団は、熱線砲で攻撃してきた日本艦隊を攻撃に向かった。すでに爆弾や魚雷を使い果たしているかもしれないが、空母戦隊が後退して戦艦戦隊が駆けつけるまでの牽制くらいはできる――


「長官、ナイトストライカーズですが――」


 航空参謀が、通信士からの報告に顔を青ざめさせた。


「日本機と思われる夜間戦闘機が出現、現在、交戦中です!」

「なんですって!?」


 テロスは驚愕した。そして思い出す。日本軍は、太平洋戦線で航空機を夜間襲撃に用いていたことに。


 大西洋戦線では、夜間でまともに戦える航空機が地球側になかったから失念していた。インド洋にいるのは日本軍。太平洋戦線を戦い抜いた、地球側の列強国である。



  ・  ・  ・


 ムンドゥス帝国の空母航空隊ナイトストライカーズは、夜間戦闘を得意とする精鋭部隊だった。


 夜間航空機を開発途上であった欧州列強の航空隊を寄せ付けず、夜の闇に紛れて一方的に攻撃する死の航空隊である。


 そんなナイトストライカーズは、大西洋艦隊を奇襲した熱線砲を使用した艦隊を攻撃するよう命じられた。


 日本軍が夜戦を仕掛けてくる可能性が高い――司令部の読みに従い、待機していたナイトストライカーズは、夕闇が迫る中、獲物を引き裂くべく飛び立った。


 エントマ高速戦闘機(夜間仕様)を護衛に、ランビリス夜間攻撃機が、目標を目指したが、不思議なことに、日本艦隊は発見できなかった。


 警戒機が発見、指定した海域には何もない。レーダーも、暗視機能付きゴーグルによる目視でも、敵の姿はなかった。

 ……この時、襲撃した日本軍第一〇艦隊は、潜水機能を用いて海中に没していたため、帝国パイロットたちには見えなかったのである。


 座標を間違えているではないか――周辺を捜索している間に、大西洋艦隊は襲撃を受けた。


 敵襲。これを聞いたナイトストライカーズの攻撃隊長は、すぐさま艦隊上空に戻れと命じた。


 攻撃隊長は、探している敵はこちらを避けて艦隊を攻撃したと判断したのだ。別の部隊とは思わず、警戒機の報告が間違っていたのだと決めつけたのである。


 そうして艦隊に戻ろうとしたナイトストライカーズだったが、そこで想定外の事態に遭遇した。


 日本軍の夜間戦闘機による上方後ろからの奇襲を受けたのである。

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