第364話、嚮導巡洋艦『矢矧』


 吉村真武またけ大佐は、軽巡洋艦『矢矧』の艦長である。


 海軍兵学校45期。第一機動艦隊参謀長の神明や、第二機動艦隊参謀長の古村、大和艦長の森下らと同期であり、生粋の駆逐艦乗り。開戦からは駆逐隊司令として第27駆逐隊を指揮し、昨年は精鋭、第二水雷戦隊所属の第10駆逐隊を率いた。

 そして昨年、新鋭軽巡洋艦『矢矧』の艤装員長となり、年末に初代艦長となった。


 さて、この『矢矧』。第二機動艦隊に配属され、現在、単艦で航行中だった。

 今のところ、機動艦隊は以下のように動いている。



○第二機動艦隊


・第一部隊:角田覚治中将

 第八戦隊(戦艦):「近江」「駿河」「常陸」「磐城」


第八水雷戦隊:「川内」「神通」

 第七十六駆逐隊:「吹雪」「白雪」「初雪」

 第七十七駆逐隊:「磯波」「浦波」「敷波」「綾波」

 第七十八駆逐隊:「天霧」「朝霧」「夕霧」「狭霧」

 第七十九駆逐隊:「初春」「子日」「春雨」「涼風」


・第二部隊:宇垣纏中将

 第二戦隊(戦艦):「大和」「武蔵」「美濃」「和泉」


第七水雷戦隊:(軽巡洋艦)「水無瀬」「鹿島」

 第七十一駆逐隊:「氷雨」「早雨」「白雨」「霧雨」

 第七十二駆逐隊:「海霧」「山霧」「谷霧」「大霧」

 第七十三駆逐隊:「黒潮」「早潮」「漣」「朧」

 第七十四駆逐隊:「山雲」「巻雲」「霰」「夕暮」


・第三部隊

 第二十七戦隊(特殊巡洋艦):「球磨」「多摩」「阿武隈」

 第二十九戦隊(特殊巡洋艦):「北上」「大井」「木曽」

第十七潜水戦隊(補給・潜水母艦):『ばーじにあ丸』『あいおわ丸』『迅鯨』

 ・第七十潜水隊 :伊600、伊611、伊612

 ・第七十一潜水隊:伊607、伊608、伊613

 ・第七十二潜水隊:伊609、伊610、伊614


・第四部隊:山口多聞中将

 第七航空戦隊(空母):「大龍」「海龍」「剣龍」「瑞龍」

 第八航空戦隊(空母):「加賀」「応龍」「蛟竜」「神龍」



・単独行動中:軽巡洋艦:「矢矧」



 艦隊主力が、敵大西洋艦隊の右翼から攻め掛かっているところを、『矢矧』は、左翼にて、砲を撃つでもなく、潜んでいるのだ。


「本来なら、この『矢矧』も水雷戦隊の旗艦として、敵に突撃するフネになるはずだったんだけどなぁ」


 思わずぼやきが出る。


 異世界帝国との開戦前、阿賀野型三番艦として佐世保で起工された。名前がついたのは翌年8月だった。

 しかし、戦争により、『矢矧』の設計は、二転三転することとなり、本来の水雷戦

隊旗艦としての役割は、二の次とされた。

 完成したのは、転移巡洋艦としての『矢矧』である。


「艦長、小型偵察機の映像なのですが――」


 能力者の柴原少尉が報告した。

 この『矢矧』は、潜水型水上艦となった時、水上機周りの設備について見直しが図られた。一時は撤去する流れだったのだが、新式の無人誘導偵察機が採用されたことで、それを搭載することになった。やはり巡洋艦としては、偵察能力は求められていたのだ。


 小型偵察機は潜っている間は収納し、浮上後、専用格納庫から直接射出する仕組みだ。いわゆるラジコンを、能力者の魔法で操作していると思えばいい。


「第八戦隊、第二戦隊ともに、敵艦隊に食い込んでいますが、敵戦艦がそろそろ砲火を集中しつつあります。このままですと――」

「被弾が相次ぐ、か」


 肉薄ともなれば、互いに近・中距離での殴り合いだ。敵は正面だけでなく、側面から急にぶん殴ってくることもある。

 敵に痛打を与えるのが第一。損害少なく勝つ。瀕死になるまで撃ち合っては、勝ちも薄れる。

 この夜戦は、あくまで漸減であり、死ぬまで戦えではない。


 よし、と吉村艦長は、軍帽を被り直した。


「転移中継装置を作動。味方を引き入れるぞ」


 右から左へ。敵が右翼に戦艦や護衛艦を投入し、左翼方向に空母を逃がそうとする。だがそこに転移中継装置を作動させた『矢矧』が待機している。


 するとどうなるか。中継装置によって、右にいた第二機動艦隊主力が、左翼の――つまり、逃げる敵空母群の前に忽然こつぜんと姿を現すのである。


 ――駆逐艦の嚮導役としての水雷戦隊旗艦ではなくなったが……。


 吉村は呟く。


 ――夜戦部隊を誘導するのだから、ある意味、本来の役割と変わっていないかもしれないな。


「敵駆逐艦、確認!」


 見張り員が報告した。


「その後方、空母複数を認む!」

「来たな。おいでなすった」


 吉村が相好を崩す。『矢矧』には、15.2センチ連装光弾砲三基六門と、8センチ光弾高角砲四門、61センチ四連装誘導魚雷発射管、六連装誘導弾発射管を備える。


 駆逐艦程度ならば対処できるが、さすがに単独では限界がある。吉村ら転移巡洋艦の艦長は、転移中継装置を何よりも守らなければならない。装置が使えなくなることこそ、もっとも避けなくてはいけない事態なのだ。


 軽巡洋艦としては高速の38ノットの足で逃げるか、いざとなれば潜水する。どこまで敵の接近を許容するか――吉村が判断を下そうとした時、それはやってきた。


 第二戦隊、大和型戦艦!

 そして第八戦隊と、第七、第八水雷戦隊の軽巡、駆逐艦が『矢矧』の側面左右に、次々に出現した。


 敵の砲火が集中する前に離脱したのだ。いや、すでに被弾している艦もあるようだ。乱戦となればそうなる――吉村は独りごちた。


『矢矧』は敵艦隊の進行方向上にいて、左舷側に角田中将の第一部隊、右舷側に宇垣中将の第二部隊が転移移動してくる。


 それぞれ、退避する敵空母群の針路を塞ぎ、正面からぶつかるコースだ。敵には少数の駆逐艦の護衛がついているが、大型艦は皆無だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・改阿賀野型転移軽巡洋艦:『矢矧』

基準排水量:7058トン

全長:174.5メートル

全幅:15.2メートル

出力:マ式12万馬力

速力:38ノット

兵装:15.2センチ連装光弾砲×3 8センチ光弾高角砲×4

   61センチ四連装魚雷発射管×1 六連装誘導弾発射管×1

   対潜短魚雷投下機×2 40ミリ光弾砲×10

航空兵装:カタパルト×1 無人小型偵察機×4

姉妹艦:――

その他:阿賀野型軽巡洋艦三番艦を、転移巡洋艦として改設計。装備を光弾型にアップデートしつつ、潜水機能を持たせた上で就役した。転移中継装置を装備し、転移ポイントとして、艦隊の誘導を担当する。

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