第363話、混沌の夜戦


 戦艦『近江』に放った光線は、戦艦『ヴィットリオ・ヴェネト』の左舷装甲を溶かし、吹き飛ばした。


 轟沈と見紛う火の手だが、そこは何とか堪える――ことができなかった。副砲と主砲の弾薬庫に押し寄せた熱により誘爆が起こり、二度目の爆発が艦体を分断させたのだ。


『近江』が放ったのは、三連装イ型光線砲――異世界帝国のパライナ重爆撃機を鹵獲して入手した光線砲を、艦艇用に作り直し、生産された新兵装だ。


 第二機動艦隊に第八戦隊が配備された時、できたばかりの三連装イ型光線砲を搭載して、今回の作戦に参加した。

 使い捨て兵器ではあるが、艦首と艦尾に一基ずつ装備しているため、広範囲に射角があり、一門ずつ発射すれば、最大3回使用できる。


 威力は第二機動艦隊司令長官の角田も、参謀長の古村も、空母『大龍』――旧レキシントンの轟沈を目の当たりにしているので知っている。


『近江』は先頭の戦艦を撃沈。

 続く『駿河』は艦首の3門を同時に発砲。狙われた敵戦艦二番艦『リットリオ』に三発が直撃。こちら装甲に穴を空けて炎が噴き出し、内側から凄まじい勢いで押し上げられ、四散し艦体は半分になり、沈んでいく。


『常陸』は『インペロ』、『磐城』は『ローマ』にそれぞれ光線砲を浴びせ、闇夜に浮かぶ松明の如く、燃え上がらせた。


 角田中将率いる第八戦隊の改装戦艦は、格上のイタリアの新鋭戦艦を、光線兵器で撃破し、本命である敵空母群への突入を続ける。


『敵空母、取り舵! 八戦隊より逃走しつつあり!」

「艦長、逃がすな! 艦首砲搭で、砲撃を開始せよ!」


 角田が声を張り上げ、『近江』艦長の田原大佐は頷いた。


「了解です。――砲術長!」


 38センチ砲から41センチ砲に換装された『近江』の主砲が火を噴く。辺りは闇と、被弾、損傷の火災で混沌の場と化していた。


 リトス級大型空母が離れようとする一方、その護衛である巡洋艦や駆逐艦が、第八戦隊の進撃を阻止しようと機動し――横合いから八水戦の改吹雪型潜水型駆逐艦の12.7センチ光弾砲に潰される。


「敵空母に着弾!」


 暗視と弾道誘導を駆使した41センチ砲弾が、最後尾のリトス級大型空母の艦尾をもぎ取り、飛行甲板を抉り、尻に火をつけた。


 能力者である砲術屋の正確な射撃が命中し、艦橋では歓声が上がる。しかし、それもつかの間だった。

『近江』の前方に水柱が複数上がり、せっかくの炎上する空母の姿を覆い隠してしまったからだ。


「敵戦艦の砲撃か!」


 古村参謀長が口走った時、さらに別の水柱が複数上がった。


「側面から……!」

「いや、おそらく中央本隊だ」


 角田が唇の端を吊り上げた。


「敵旗艦と中央の戦艦群だろう」



  ・  ・  ・



「無茶苦茶やってくれる!」


 リーリース・テロス大将は、最強を自負する大西洋艦隊を襲った惨状に目を覆いたくなった。

 だが、歴戦の女傑は目を逸らすこともなく、正面を見据える。


 ムンドゥス帝国大西洋艦隊は、背後からの熱線砲による奇襲を受けた後、ナイトストライカーズ――夜間攻撃機隊を向かわせた。


 いざ反撃、という段になり、日本軍は次の襲撃を仕掛けてきた。転移――この時、彼女は、海中から日本艦隊が浮上してきたとは思っていなかった――により、戦艦を含む水上艦隊が、大西洋艦隊の航行陣形内に飛び込んできたのだ。


 送られてきたのは、戦艦4隻と一個水雷戦隊が2セット。それが右側面の前と後ろに分かれて侵入し、護衛艦を蹂躙し始めた。


 特に後ろ側は、日本海軍でも最強クラスのヤマト級戦艦2隻を含んでおり、その近距離砲撃で、第14戦艦戦隊のオリクト級戦艦が真っ先に血祭りにあげられた。

 ハンマーで卵を割るが如く、ムンドゥス帝国の主力戦艦が為す術なく、一撃で粉砕された。


 ヤマト部隊は、そのまま旗艦後方のリトス級大型空母5隻の第二空母戦隊へと向かう進路を向けてきたので、側面援護の戦艦戦隊が転進。退避する空母を守るべく、重巡洋艦戦隊が、ヤマト部隊の前を塞ごうとした。

 だが、日本海軍、第七水雷戦隊の駆逐艦が放った魚雷が立て続けに命中し、その壁はあっさり崩壊した。


 さらに前側に入り込んだ敵戦艦4隻もまた、位置が近かったリットリオ級戦艦4隻の第24戦艦戦隊を、光線兵器であっさり撃破し、第一空母戦隊に迫っていた。


 こちらはナガト型汎用戦艦――ムンドゥス帝国は、日本軍の標準型戦艦を長門型改と思っており、これが量産されていると見ている――だが、先の新兵器により、護衛を蹴散らし空母戦隊との距離を詰めようとしていた。


「でも、ここまでよ」


 テロスは海図台を見下ろす。

 確かに日本海軍の二つの部隊は、大西洋艦隊を分断するように乗り込んできた。だが右翼隊に切り込んだところで、まだこちらには中央本隊と左翼隊が健在である。


 左翼隊は、イタリア鹵獲戦艦『カイオ・ドゥイリオ』『アンドレア・ドーリア』『コンテ・ディ・カブール』『ジュリオ・チェザーレ』からなる第25戦艦戦隊の他、オリクト級戦艦4隻の第13戦艦戦隊がいて、退避するリトス級大型空母群と入れ替わるように、日本艦隊に立ち塞がる。


 さらに中央本隊の航空戦艦『ディアドコス』ほか、オリクト級戦艦7隻があり、後衛のイギリス鹵獲戦艦戦隊を抜きにしても、敵戦艦の倍を有しているのだ。


 しかも夜戦である。距離が縮まれば、双方の被害は飛躍的に高まる。敵の攻撃で致命傷もあり得るが、それはお互い様である。


 さらに場には、こちらの巡洋艦や駆逐艦が入り乱れ、敵も思ったように突き抜けて、空母戦隊を追撃するのは困難だろう。もしかしたら、艦同士の衝突もあるかもしれない。


「『マルマリギアス』に直撃!」


 見張り員の報告。第一空母戦隊のリトス級大型空母が、ナガト型汎用戦艦の41センチ砲を食らったのだ。

 さらに、後方でまたも巨大な噴火の如き轟音が響いた。


「『アメティストス』、爆沈! ヤマトの砲撃の模様」


 第二空母戦隊のリトス級が1隻、46センチ砲の餌食になった。

 大型空母であるリトス級は、テロスのお気に入りの艦である。彼女の武勲を支えてきた柱を崩され、憤怒に染まる。


「戦艦戦隊! 日本戦艦を生かして帰すな! 駆逐戦隊、魚雷でも何でも撃って沈めてやるのよッ!」


 混沌は加速する。光弾が駆け巡り、照明弾が次々に上げられる。


 オリクト級戦艦の40.6センチ三連装砲四基、コンテ・ディ・カブール級、カイオ・ドゥイリオ級は43.8口径32センチ主砲連装二基、三連装二基の一〇門で、日本戦艦へ砲撃を集中する。


 4隻に対して8隻で当たれば、沸き起こる水柱の数が段違いとなった。近接砲戦となれば、格下の砲でも大ダメージが期待できる!


「――敵戦艦の砲撃が沈黙しつつあり!」


 どうやら味方の砲撃が集中した結果、日本戦艦部隊は、攻撃能力を失っていっているようだ。


 テロスはほくそ笑む。我が陣形内に食い込んだ結果、四方八方から撃たれて、機関や電子機器などに被害が出たのだろう。無謀な突撃は、ただの蛮勇と知れ。


 多数の水柱が、突出した日本艦を包囲する。あの中で被弾し、部品と血と肉を撒き散らして死んでいくのだ。


「閣下」


 轟く砲声の中、メルクリン参謀長が、耳打ちするように近づいた。


「様子がおかしいです。本当にあそこに日本戦艦はいるのでしょうか……?」

「何を言っているの、メルクリン」


 先ほどまでそこに敵がいたのは間違いない。闇に紛れ、水柱が乱立するせいでわかりにくいが――


 その時、別方向から轟々と爆発音が響いた。


「……後ろ?」

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