第687話、ドイツ海軍再建計画


「ハウデーゲン作戦とは何です?」


 神明の問いに、レーダー元帥は答えた。


「ノルウェー方面での作戦のための気象情報を収集する観測隊、それをここスヴァールバル諸島に送る作戦だ」


 北極に近い場所に、複数の観測隊を派遣する。それらが得た気象情報は、連合国のソ連に対する輸送船団襲撃などに活用される……はずだった。


「異世界帝国が、南から欧州に攻め上がり、海は彼らの大西洋艦隊によって押さえられた。連合艦もソ連支援どころではなくなり、我々も有力な部隊を失った。正直、今さらノルウェーよりさらに北に観測隊を送る意味も見いだせなくなったのだが……。先にも言った秘密の隠れ家だよ」


 ドイツ本国が、他の国のように異世界帝国に制圧される前に、政府要人が脱出できる隠れ家が必要になった。


「そこで目をつけられたのが、観測隊派遣作戦だったハウデーゲン作戦だ。秘密の隠れ家をスヴァールバル諸島に作ることになり、私は先遣隊と共にここへやってきたのだ」


 レーダーは腕を組み、回想するように目を伏せた。


「隠れ家であると共に、ドイツ海軍再建のための秘密拠点とする。……異世界帝国がこの世界を征服したとしても、我々ドイツが生き残れるように。だが――」


 本国の要人が脱出することはできず、ドイツは滅びた。


「異世界人が制圧した地の人間がどうなるかはわからない。噂では異世界に連れ去られ、二度と帰ってこないという」

「それは事実です、閣下」


 神明は、先日異世界から帰還した者たちがいたことを告げ、そこで得られた証言をもとにした情報をいくつか伝えた。

 レーダーはじっと考える。


「――すると、そのルベル世界に連れ去られた人間を奪還することができれば、我がドイツの生存者を救える可能性があるわけだね?」

「そうなります」


 ドイツ以外の人々も、だ。しかし彼らにとって見れば、同郷の民を優先して心配するのは自然なことであり、中には家族や友人もいるだろう。

 神明は、帰還者たちが義勇軍を編成し、再び異世界に殴り込みをかけようとしているということ。日本もまたそれを支援する旨も伝える。


「なるほど。……では、我々も、再び海に帰る時なのかもしれないな」


 レーダーは表情を引き締めた。


「ここにいる同胞は、このまま耐え忍ぶか、国を滅ぼした異世界人に反撃するかで意見が割れていた。まあ、最終的にどうするのか決めるのは私なのだが……決心がついた。我々も、日本と、異世界帝国と戦う者たちと協同し、敵と戦おう」


 ついては日本政府と会談し、今後の行動やそれぞれできることの確認をすることになった。


「そういえば、閣下。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんだね、神明君?」

「ここには、自動人形が多く見られますが、基地にいる人間はあまり多くないようですが」

「……お察しの通り。人手は常に不足していてね。足りないところは、人形たちでカバーしている」


 レーダーは席を立った。


「敵の目を盗み、ここに辿り着けた者はさほど多くない。後続部隊は、国を脱出できなかったようだしな」


 来なさい、とレーダーは手招きした。場所を変えるつもりらしい。


「人がいないと聞いて、君も不安になっただろう? 辺境にUボートと航空基地を持っている程度の弱小戦力が、今さら協力を申し出たところで何の役に立つのかと」


 薄らと笑みを浮かべるレーダー。


「心配は無用だ。我々は、強力な戦力を持っている。常に人が不足して、人形で補っているが……まあ、そういうことだ」


 元海軍総司令官だった男は、長い地下通路を進む。


「我がドイツ海軍は、ヴェルサイユ条約の破棄の後、大艦隊の整備計画を開始した。仮想敵は大英帝国とフランスだ。私は、艦隊整備を進め、Z計画を作り上げた」


 エーリヒ・レーダーが推し進めたその計画は、戦艦10、巡洋戦艦3、装甲艦15、空母4ほか、多数の巡洋艦、駆逐艦、水雷艇、Uボートその他補助艦艇からなる、まさに大艦隊であった。


「もちろん、この壮大な計画は、陸軍や空軍との予算、物資争いで、完全なものは無理だろうとは思われていた。しかし、君たちは信じないかもしれないが、我々は魔術……魔法を手に入れた。――見たまえ」


 隠蔽された秘密の大規模軍港。擬装だけでどれだけの費用や物資を使ったかわからない大規模な港には、複数の大型艦が並んでいた。

 想定以上の規模に、神明も圧倒される。


「戦艦6、巡洋戦艦3、装甲艦4、空母3、巡洋艦18他――」


 レーダーは自信の笑みを浮かべる。


 40.6センチ砲を搭載するH級戦艦――フリードリヒ・デア・グローセ級4隻。こちらはビスマルク級戦艦の拡大発展型で、基準排水量5万3500トン。全長277.8メートルと大和型より長い。主砲は40.6センチ連装砲四基八門。機関16万5000馬力で30ノットの速力を誇る。


 残る2隻の戦艦は、改H級であるH-41級の『ウルリヒ・フォン・フッテン』、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』。基準排水量6万4000トン、全長282メートル、艦幅39メートルと大和型に匹敵する巨体。機関はH級と出力が同じなので、速力は28.8ノットだが、主砲は42センチ連装砲を四基八門と、火力が強化されている。


 巡洋戦艦は、計画時O級呼ばれた三隻で、艦名は『デアフリンガー』『モルトケ』『ゲーベン』となっている。艦容や主砲配置はシャルンホルスト級戦艦に似ているが、同級に比べて装甲を薄くする一方、速力に強化を振った艦である。通商破壊に特化しており、全長248メートル、機関出力18万7000馬力で、最大速力33.5ノットの高速力を誇る。主砲は、ビスマルク級と同じ47口径38センチ連装砲三基六門となっている。


 そして空母は、グラーフ・ツェッペリン級に改良を施した型で、『ペーター・シュトラッサー』『テオドール・オステルカンプ』の2隻と、軽空母『エルベ』の計3隻だ。


 排水量3万3550トン。全長262メートルの巨艦は、かつての日本空母の設計を参考に作られたものだ。出力20万馬力、35ノットの快速艦で、艦載機はやや少なめの43機前後。一番艦であるグラーフ・ツェッペリンは、ドイツ本国にあり敵に鹵獲されたが、まだ建造されていなかった準姉妹艦の2隻は、この秘密基地にて密かに就役した。


 なお軽空母『エルベ』は、客船ポツダムを改装したものであり、日本海軍の『神鷹』の元となった客船シャルンホルストの姉妹艦である。速力は21ノットと低速で、艦載機は24機前後を搭載している。


 ドイツ海軍の新たな艨艟たち。その姿に神明は感嘆した。


「これは凄い……。想定以上だ」


 言ってはなんだが、大戦前のドイツ軍よりも強力に仕上がっているのではないか。


「お気に召したようだな」


 レーダーは、茶目っ気を覗かせる。


「先にも言った通り、人手は常に足りなくてね。しかし人形で補っているから、戦闘力については遜色はないと思っている」

「この時期にこれだけのものを用意しているとは……。閣下、ドイツ海軍も魔核を利用しているとお見受けしますが」

「君は、魔術の方も話せる人間のようだな。話が早くて助かる。ベストな人選だったな」


 そう言うと、レーダーは頷いた。


「君の指摘どおり、通常の手では短時間にここまでのものを揃えることはできなかった。それを可能にした功績は、我がドイツが誇る魔術師、ヨハン・ファウストの術によるものだ」

「ファウスト……」

「ゲーテとは言わないでくれよ。実在したファウスト博士だ。まあ、生まれは1480年と現代ではないが」


 レーダーは苦笑した。


「彼は錬金術師で、実験中の爆発事故で死んだと思われたが、その際、異世界に飛ばされたらしい。そして現代に帰ってきて、いまこうして異世界で得た術を、祖国ドイツのために活用してくれているわけだ」

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