第187話、山本長官の決断


 第一機動艦隊の見解は、ただちに連合艦隊司令部に伝えられ、パラオ、マリアナの各基地に、敵機動部隊への警戒が一段階引き上げられた。


 またペリリュー飛行場に配備された二式陸上偵察機――魔技研によって遮蔽装置が搭載された改造型を、敵機動部隊探索のため、西部ニューギニア近くにまで進出させた。


 この二式陸上偵察機、元は十三試双発陸上戦闘機として開発された機体である。

 長距離飛行する戦闘機部隊をサポートする誘導戦闘機として作られ、双発機ながら戦闘機と同様に戦えるものを目指して作られた。エンジン二つを積んだ分、最高時速500キロ台そこそこの速度を発揮できたが、戦闘機としての運動性はどう頑張っても劣るため不採用となった。


 しかしその長い航続力と、そこそこの速度が評価され、偵察機として再設計、運用されるに至った。


 なお、東南アジア防衛において、飛来する敵重爆に対抗するため、二式陸偵に斜銃を装備させた改造機が用いられていたりする。内地優先だった高高度迎撃機『白電』の量産配備が進むまでの数合わせとして、本機は『月光』と呼ばれ敵重爆に立ち向かった。


 閑話休題。


 二式陸偵は、西部ニューギニアの重爆基地の復旧具合を確認する意味でも使われていたのだが、今回、テバの北部沿岸近くを航行する異世界帝国の空母群を発見、ただちに通報した。


 敵空母が4隻。うち1隻がリトス級大型空母であるのを確認。連合艦隊司令部は、第一機動艦隊司令部の読みが正しかったことを認めた。


 だが同時に困ったことになった。敵大型空母が含まれているとなると、小規模とはいえ、それなりに有力な部隊でなければ対処が難しい。


 基地航空隊は、配備の遅れもあり、迎撃が精一杯。比較的近い艦隊は、東南アジア、タウイタウイにいる第八艦隊だが、所属する第四航空戦隊は『飛鷹』『隼鷹』『龍鳳』『瑞鳳』と改装空母ばかりだった。その艦載機数は、敵のおよそ半分程度しかない。

 下手に第八艦隊に迎撃させれば、手痛い損害どころか大打撃を被る可能性が高かった。


「では、敵機動部隊がパラオ、ペリリューを襲撃した後、我々はこれを見逃すのですか?」


 連合艦隊司令部は、発見された敵空母群の対応で重苦しい空気となった。敵と見れば、攻撃を主張することが多い三和作戦参謀も押し黙っている。


 敵はパラオを攻撃後、西部ニューギニア沿岸に沿ってオーストラリア側へと離脱すると見られる。

 ただ、もしかしたら東南アジアに乗り込んで大暴れしていく可能性も捨てきれない。同地を防衛する第八艦隊は、向かってくるならば迎撃しなくてはならない。


 そしてここで問題になるのは、東南アジア方面に展開している航空隊が、陸軍であり、その重爆部隊は洋上航法に不安があって、まともに戦力として機能するか怪しかった。何より、海軍からの要請に陸軍が応えるのか、という点も問題である。


「では、僕らで行こう」


 山本五十六大将は、参謀たちに言った。


「魔技研が使っていた艦艇転移を使って、この『播磨』で敵機動部隊の懐に飛び込み、大暴れするのだ」

「何ですと!?」


 宇垣ら参謀たちはどよめいた。山本は薄く笑う。


「この戦艦で、空母を追い回すのだ。痛快だぞ、宇垣君」


 当然、敵空母の艦載機を使わせないために、夜間襲撃が望ましい。さらにいえば、速度で振り切られるのも厄介なので、敵の間近に転移し、近接砲撃戦を仕掛けることとなるだろう。


「お言葉ですが、長官!」


 諏訪情報参謀が口を開いた。


「確かに、魔技研の秋田中尉の力があれば、マーカーさえ設置できればこの『播磨』を転移させることは可能です。しかし長距離転移ですから、連続使用はできません。つまり、単独での転移になります! いくら『播磨』が強力な戦艦とはいえ、敵には空母のみならず、巡洋艦や駆逐艦の護衛がついています」

「単艦だからこそだよ」


 山本は静かに言った。


「半端な艦で乗り込んでは返り討ちになる。であるならば、一番強力な戦艦で向かうのがもっとも勝算があるだろう」

「それは……」


 諏訪は表情を歪めた。山本長官の言い分はもっともだが、問題はそこではない。


「戦力として『播磨』はわかりますが、何も長官ご自身が向かわれることはありません。連合艦隊司令部が艦を降りるというのであれば、反対はしませんが」


 夜間での単艦での転移攻撃は、第七艦隊の戦艦『大和』が実行して、一定の成果を上げている。しかしあれば基地攻撃だったわけで、複数の艦艇を同時に相手にして無事で済むのかは甚だ疑問だった。


「もしくは、第一機動艦隊の神明大佐に言って、『大和』にやってもらうのが得策かと思います。あの人ならば経験豊富です。襲撃地点も含めて、大佐ならば上手く段取りができます」

「しかし、神明君は今は第一機動艦隊の参謀だ。『大和』にはいないだろう。それに『大和』を動かすなら、小沢君と武本さんの理解も必要となる」


 戦艦『大和』は第一機動艦隊を構成する重要戦力である。山本は首を横に振った。


「それに、敵機動部隊への襲撃後、第八艦隊と連携して残敵掃討を指揮するなら、より上位である連合艦隊司令部が現地にいたほうがいいだろう」

「しかし賛成致しかねます」


 宇垣が姿勢を正した。


「やはり、旗艦だけで現地に行くのは危険過ぎます。何かあれば、取り返しのつかないことになります!」

「我が海軍で、もっとも強固な戦艦で行って駄目なら、誰が行っても駄目だよ」

「しかし、他の指揮官と長官では、価値が全く異なります!」

「だとしてもだ。旗艦が行くからには、僕も行かないわけにはいかない。それが武士の家に生まれた男というものだ」


 山本は眼光鋭く、参謀たちを見回した。長官の意志は固い。



  ・  ・  ・



 山本長官が、戦艦1隻で、敵機動部隊へ夜間襲撃を計画している――諏訪は、第一機動艦隊の旗艦『伊勢』に飛び、それを小沢長官と神明作戦参謀に知らせた。


「何ということだ! すぐやめさせろ!」


 小沢は声を荒らげた。


「危険極まりない。山本長官の身に何かあれば、全軍の士気にかかわる!」

「宇垣参謀長たちも説得を試みましたが、もはや司令部幕僚では聞き入れられないかと」


 諏訪曰く、山本の作戦を『博打が過ぎる』と発言した者がいたのだという。それを聞いた山本は『博打? 大いに結構。僕は博打には強いよ』と、ちょっとした意固地になってしまった。


「……ちなみに、旗艦の単艦突撃を言い出したのは、神大佐ではないよな?」


 神明が淡々と言った。無謀に思える殴り込み案をよく口にする参謀の名前を口にするが、今の連合艦隊司令部に神大佐はいない。ただ、その作戦が下地となっているのは想像がついた。以前の料亭会談の時に、山本も聞いていたからだ。


「武本さんに、相談するべきだな」


 神明は、第一機動艦隊、乙部隊の指揮官である武本中将の名を出した。それはどういう意味かと聞こうとした諏訪だが、外が騒がしくなった。


「長官!」


 山田参謀長が入室した。


「哨戒線に、敵機動部隊が引っかかりました! ウェーク島に、敵空母部隊が接近中です!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・二式陸上偵察機

乗員:3名

全長:12.13メートル

全幅:17.00メートル

重量:7010キロ

発動機:中島『栄』二一型、空冷1100馬力×2

速度:507キロ

航続距離:3780キロ

武装:7.7ミリ機銃×2 20ミリ機関砲×1

その他:陸上攻撃機護衛用の長距離戦闘機として計画された十三試双発陸上戦闘機をベースに、偵察機として再設計された機体。航続距離に関して見るべきところはあるものの、偵察機としては並み。生存性に不安があるため、魔技研の遮蔽装置を搭載し、敵からの発見を避けることができるよう改修された。

 またそれとは別に、一部の機体が、敵重爆撃機迎撃用に改造され、『月光』と命名され使用された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る