第186話、落ち着かない連合艦隊司令部
第一機動艦隊が、ウェーク島で引き続き警戒を強める一方、再度のトラック空襲は、内地の海軍省、そして連合艦隊司令部にも衝撃を与えた。
敵機動部隊を誘い出す意味もあったウェーク島攻略。しかし敵は餌に食いつかず、トラック島を襲撃した。
柱島の連合艦隊司令部では、動揺が広がっていた。
「何故、ウェークに来なかった?」
黒島亀人先任参謀は唸った。
「位置からみても、連中からは攻撃しやすい位置にあるというのに……」
「あからさまに罠だと見破られたのでは?」
三和義勇作戦参謀が指摘した。
「敵も、我々がウェーク島を守るべく有力な艦隊を送り込んでいると想像したのかもしれない」
「第一機動艦隊が備えているのは秘匿されているし、ウェークを襲う時も、こちらの攻撃に敢えて空母機動部隊を使わなかった」
黒島は渋い顔をする。夜間での、陸戦部隊を使った電撃的上陸作戦だった。現地守備隊が襲撃を通報しただろうが、機動部隊ではないと報告したに違いない。
「異世界連中が我が方の通信を傍受していたとしても、第一機動艦隊はインド洋遠征の準備をしているくらいはわかっても、ウェークにいたことは知らないはずだ」
参謀たちの間に、微妙な沈黙が下りる。宇垣纏参謀長が口を開いた。
「敵はウェーク島に食いつかなかった。過ぎてしまったことは仕方がない。問題なのはこれからどうするか、だ」
「トラック島の残存航空隊は、敵機動部隊の追撃に失敗しました」
佐々木航空参謀は頷く。
「敵が東から来て、そちらへ去っていったことくらいしかわかっていません。肝心の敵戦力についても不明のままです」
「クェゼリンに引き返した?」
「かもしれません。ただ、警戒の潜水艦部隊も、敵機動部隊を確認していませんが」
「第一機動艦隊に、クェゼリンを攻撃させるというのはどうだろうか?」
三和が言った。
「目には目を。こちらも敵飛行場を機動部隊で襲撃すれば、近くにいる敵機動部隊も出てこざるを得ないはずだ。そこを叩くというのは」
「ですが、作戦参謀。マーシャル諸島には複数の飛行場が存在します。飛行場と機動部隊の相手を同時にするのは危険ではありませんか?」
佐々木は指摘した。三和は言い返す。
「ウェーク島での待ち伏せに敵は乗ってこなかった。ならばこちらから仕掛けて、敵に救援に来させるのだ。さすがにウェーク島を奪回されたばかりで、敵も今回は無視できまい」
立て続けに日本軍に、占領地を奪われては新任の太平洋艦隊司令長官も立場がなくなるだろう。更迭されないように、戦わざるを得ないのではないか。
「……小沢さんは、どう動くつもりだろうか」
宇垣は呟いた。ウェーク島に陣取る第一機動艦隊だが、トラックが襲撃され、敵機動部隊の動向にも注目しているはずだが。
「連合艦隊司令部から、第一機動艦隊に指示を出しますか?」
三和がきっぱりと言った。
「守ってばかりでは後手になります。こちらから攻撃を」
「その必要はない」
黒島は憮然とした表情になった。
「内地にいる我々より、現地に近い第一機動艦隊のほうが、敵の動向に注目しているだろう。何より、こちらから通信して敵に、第一機動艦隊が前線にいることを悟られるのもよろしくない」
「……」
「小沢長官は、やる時はやる方だ。前線の判断に委ねるべきだと思う」
黒島の言葉に、参謀たちは顔を見合わせる。一連のやりとりを、山本五十六長官はじっと見守っていた。
・ ・ ・
「――というわけで、私が第一機動艦隊の行動の確認に参りました」
諏訪情報参謀は、連合艦隊司令部から、前線の戦艦『伊勢』へとやってきた。魔技研の秋田中尉の転移札を使い、瞬間移動をしたのだ。
第一機動艦隊司令部の作戦参謀である神明と長官の小沢が、諏訪を迎え、今後の行動について説明する。
「ウェークから動かない、ですか?」
「敵の機動部隊が一つと決まったわけではないからな」
小沢は椅子にくつろいだ姿勢で座り、言った。
「確かにトラック島は襲われたが、被害を見ると、それほど規模は大きくない。せいぜい1個航空戦隊規模だ。これだと陽動の可能性もあり、下手にウェークを離れると、そこを別動隊に叩かれる恐れがある」
「敵が複数の機動部隊を繰り出している可能性、ですか」
諏訪は考える。
「お言葉ですが、敵太平洋艦隊も、こちらが思うほど戦力に余裕はないのでは? アメリカ海軍を牽制しなくてはいけないでしょうし、同時に複数の機動部隊を連合艦隊に向けている余裕はないのではありませんか?」
「アメリカは動かない」
神明は断言した。
「先のハワイ攻撃に失敗した際、特に空母部隊の損害が大きかったと聞く。アメリカが動かせる空母が少ない以上、ハワイの防衛は基地航空隊と若干の小型空母でも事足りる。しばらくの間は、フリーハンドで動ける機動部隊は、こちらに向けられる」
「ですか……。神明さんがそう言うのであれば」
「それにな、諏訪。連合艦隊司令部の言うとおり、クェゼリンに敵機動部隊が引き返すというのもなくはない。だがこちらが動くのは、その姿を実際に確認してからでも遅くはないし、そもそも第一機動艦隊が必ずしも動く必要はない」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
神明は頷いた。
「敵機動部隊がクェゼリンで確認できれば、その時点で神出鬼没ではなくなる。所在がわかり、捕捉し続ければ、連中がマーシャル諸島を離れる時はわかるし、改めて待ち伏せもできる。何より、機動部隊は空母でなければ倒せない、ということもない」
マ号高速潜水艦戦隊を用いた雷撃など、他にもやりようはあるのだ。
「それよりもだ、諏訪情報参謀」
小沢は告げる。
「トラックを襲撃した機動部隊は、クェゼリンか、あるいはウェークに来る可能性があるが、もう一つ、パラオも襲撃される可能性がある」
「パラオ……いやまさか」
諏訪は息苦しさを感じて軍服の襟元を引く。
「我が軍の勢力圏深くに飛び込むことになりますが、そんな危険を冒すものですか?」
「予想していないから奇襲ともいう。実際、前回はトラックの後、サイパンもやられた」
小沢は淡々と告げた。
「それにこちらの勢力圏と言うが、ニューギニア方面は依然として敵の支配領域だ。沿岸に沿って回り込み、アラフラ海経由で逃げることもできる」
諏訪は息を呑む。確かに、ニューギニア島をぐるりと回り、オーストラリア方面から離脱されれば、日本軍の追撃は困難だ。
「今からでは、我々第一機動艦隊では捕捉できんが、連合艦隊司令部経由で、そちらに要警戒を出してくれ。特に敵重爆が飛んでくる方向に、潜んでいるかもしれない」
「承知しました」
小沢の言葉を受けて、諏訪は背筋を伸ばした。
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