第185話、敵機動部隊の動き


 6月20日、ウェーク島は日本海軍によって占領された。


 小沢中将指揮する第一機動艦隊が、敵空母機動部隊による襲撃を警戒して睨みを効かせるが、ウェーク島に敵機動部隊は現れなかった。


「またもトラックが攻撃されただと!?」


 旗艦『伊勢』の司令塔で、小沢は眉間にしわを寄せた。


「被害は?」

「在泊艦艇の損害は、輸送船が1隻、海防艦が1隻やられましたが、それ以外は軽微。ですが……」


 山田参謀長は渋い顔で報告した。


「飛行場が再び叩かれました。春島と夏島の航空隊は機材を失い、トラックの防衛力は低下しております」

「電探で敵襲を察知できなかったのか?」

「どうも、ニューギニア方面からの重爆撃機が襲来した直後に襲われたようです。補給のどさくさにやられたようで――」

「……ウェークを無視したというのか!」


 小沢の中に焦りが込み上げる。第一機動艦隊は、補充艦艇を受けて、近くインド洋に向かうことになっている。

 つまり、連合艦隊乃至海軍上層部が方針を転換しない限り、小沢の機動部隊が留まれる時間は長くない。その間に、遊撃戦を繰り広げる敵空母機動部隊を叩かねば、留守の間に、致命的な被害が発生する恐れがあった。


「それで、トラックを襲った敵機動部隊は発見したのか?」


 敵航空隊が引き上げた方向から、敵の大体の位置を予想できるだろう。


「いえ、偵察機を出して追尾したようですが、消息を絶ちました。おそらく撃墜されたものと思われます」

「敵さんも用心深い」


 小沢の表情は怒りの一歩手前である。


「連中はどこから来た? そしてどこへ飛び去った?」

「ほぼ真東から。そして東へと飛び去ったそうです」


 山田は何とも言えない表情である。小沢は息をついた。


「つまり、敵はクェゼリン方面から来て、そちらに引き返していったと」

「敵はトラックだけ叩いて、引き返したのかもしれません」


 トラックを空襲した後、パラオあるいはマリアナ諸島へ向かって暴れまわるという手もあったのだろうが、日本海軍も警戒していると踏んで、深入りを避けたという可能性だ。すでに一度、敵はそれをやっているのだから、警戒しているという考えも間違いではない。事実、小沢機動部隊はウェーク島にいるのだ。


「敵がマーシャル諸島に引き返したなら、今から我々がウェーク島から南下すれば、敵機動部隊を捕捉できるな」

「まさか、攻撃を――?」

「当然だ。我々の任務は、敵機動部隊の撃滅だ」


 小沢が断固とした口調で言えば、山田は首を横へ振った。


「危険です。マーシャル諸島は異世界帝国の占領海域。今、そちらへ向かえば、敵機動部隊は捕捉できるかもしれませんが、敵の基地航空隊とも戦うことになりませんか?」


 異世界帝国が占領するまで、トラック諸島の東にあるマーシャル諸島は日本の委任統治領だった。クェゼリン島、ルオット島、ウオッゼ島、タロア島、ミレ島には陸上攻撃機が運用できる飛行場があり、他にも艦隊用の拠点としても優良な場所である。

 今ここを攻撃しようと近づけば、敵機動部隊に加えて、各飛行場からも敵機が襲来するだろう。


「第一機動艦隊も、損傷艦の抜けがあり、本来の戦力とは言い難い状況です。無理に攻めれば、こちらも無視できない損害が出るかと」

「神明!」


 小沢は作戦室にやってくると、海図を睨んでいる参謀たち――そして神明を見た。


「敵機動部隊を叩きたい! マーシャル諸島の敵航空隊と機動部隊を同時に叩く作戦を考えるぞ」

「失礼ながら長官。現在、マーシャル諸島に敵機動部隊はおりません」


 神明は言うと、小沢は眉をピクリと動いた。


「それはわかっている! だが直に、機動部隊がクェゼリン環礁で補給をするはずだ」

「いえ、今回トラックを襲撃した敵機動部隊は、クェゼリンには戻らないでしょう」

「何だと?」


 神明は指揮棒で地図を指した。


「マーシャル諸島には、敵機動部隊を監視する潜水艦部の警戒網が展開されています。現在のところ、敵が出る様子も、艦隊が入ったという報告はありません」

「では、敵はどこへ向かうと?」


 腕を組み、試すように小沢は言った。神明は指揮棒を動かした。


「第一案、ニューギニア方面へ転進し、その後、我が方の警戒網の外を航行して、重爆撃機の空襲に紛れてパラオを襲撃」

「パラオ……!」


 山田が息を呑む。神明は次にウェーク島を指さした。


「第二案は、東に行くと見せかけて北上し、マリアナの警戒網に入らないように転進して、ここウェークへ移動、攻撃する」

「ウェークを襲う、と」


 航空参謀の青木中佐が神明を見た。


「では、もし我々がクェゼリンに向かえば、その隙にウェーク島が襲われる可能性があるということですか?」

「そうなるな」


 神明は頷いた。


「敵はこちらの不意を打つと同時に、こちらに発見されるのをとことん避けようとするだろう。攻撃の後、こちらが追尾する可能性を考えて、離脱方向をカモフラージュさせることくらいやる」

「……」


 小沢は難しい顔をする。神明は軍令部直轄の第九艦隊時代から、敵地への奇襲を幾度も実行し、ことごとくを成功させている。敵も同様の奇襲離脱戦法を使ってきているが、実行経験者である神明は、よりその心理に通じていると言える。


「神明。では我が第一機動艦隊は、どこにいるのが正解だ?」

「このウェーク島から動かないことです」


 神明は即答した。


「もし敵が第一案に従いパラオを襲撃したならば、どの道、我々の足では追いつけません」


 敵は高速空母群だから、追いかけっこをするだけ燃料の無駄である。


「それならばウェーク島で待ち構えて損はないでしょう。もし第二案に従った場合、我々は待ち伏せが可能になります。それに――」

「それに?」

「敵の機動部隊が一つでなかった場合のことを考えると、敵が第一案をとって、余所を攻撃している間に、別動隊がウェークを襲撃してくることもあるかと」

「複数の機動部隊!」


 青木が目を見開いた。


「いや確かに。敵機動部隊が一つと決まっているわけではないですが……」


 空母は極力集めたほうが艦載機を多く投入できて、その攻撃力も上がる。航空戦は数、というのは、日本海軍がキャビデ軍港襲撃やフィリピン沖海戦で実証してきた。だからこそ、敵も同じように編成してくると無意識に思い込んでいた。

 小沢は顎に手を当てながら言った。


「空母を集中するということは規模が大きくなるということだ。それだけ発見されるリスクも高まる。考えてみれば、これまでの一撃離脱も、無視できない被害ではあるが致命傷とはほど遠い。そこから見ても、敵は小規模機動部隊だ。そしてその規模ならば、奴らは複数の部隊で運用する!」


 中部太平洋海戦で、敵太平洋艦隊は、主力を四群に分けて運用していた。小沢は決断した。


「第一機動艦隊は、このままウェーク島周辺海域で警戒にあたる!」

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