第184話、ウェーク島近海
ウェーク島攻略は順調に進んでいた。
警戒部隊である第一機動艦隊は、ウェーク島より西方にいて、索敵機を飛ばしていた。
甲部隊旗艦、戦艦『伊勢』で、小沢治三郎中将は、作戦参謀の神明大佐に確認をとっていた。
「ウェーク島の捕虜の件、何か進展はあったか?」
「今のところ、捕虜たちは元気だそうです」
神明は事務的に告げた。
「『早池峰』以下、攻略第一部隊はウェーク島から離脱しつつありますが、まだ例の突然死は起きていないようです」
「仮説が実証されつつあるわけか」
小沢が口もとを緩めると、神明も皮肉げな微笑を浮かべた。
「このまま、本土に辿り着くまで無事だといいのですが……」
「まだまだ緊張は解けんな」
「とりあえず、作戦は成功ということでよろしいのでしょうか」
参謀長の山田定義少将が口を開いた。小沢は海図を見下ろす。
「ウェーク島から捕虜を連れ帰る――それが完遂されるまでは、成功と判断はできんな。護衛部隊には、『早池峰』が母港に辿り着くまで、厳重に守ってもらわねばなるまい」
それが今回のウェーク島攻略作戦の、最重要項目と言える。攻略とありながら、たとえ占領できなくても成功となるというのは、異様ではある。
「攻略第二部隊は、今、ウェーク島の敵守備隊の掃討を行っている」
小沢は腕を組む。
「そっちはどうなのだ? 上手くいっているのか?」
「E素材でできている塔は、破壊したと報告が入っています」
神明は頷いた。
「発電施設も簡単には再稼働にしませんから、どれくらい異世界人が持ち堪えるか次第ですね」
「それもまた実験ということか……」
反射的に小沢は腕時計を確認した。深夜二時を回っていた。
「後は、敵機動部隊が現れるか否か」
「攻略中に、マーシャル諸島から爆撃機が飛来しました」
神明は海図でウェーク島の周りをぐるりと指さした。
「しかし、飛来した数とマーシャル諸島配備の敵機の数を見るに、こちらの襲撃を察知したものではなく、おそらく部隊の配置転換でウェーク島に派遣された部隊のものと思われます」
「待ち伏せではない以上、近くに敵機動部隊はいない」
「襲撃の報を聞き、急行中かもしれませんが」
神明は視線を落とした。
「第七艦隊及び潜水艦部隊も索敵線を敷いています。後は、敵がそれに引っかかるかを待つのみです」
少なくとも、ウェーク島が攻撃を受けていると通報があれば、比較的近くに敵機動部隊があれば救援に向かってくるだろう。
仮に島が陥落したと知っても、日本軍が基地として復旧するまでに一太刀浴びせてこようとするのは間違いない。
つまり、どう転んでも敵は来る。問題は、それがいつか、ということだ。
・ ・ ・
異世界帝国太平洋艦隊、ハワイ司令部。艦隊司令長官ヴォルク・テシス大将は、ウェーク島が日本軍の襲撃を受けた、と報告を受けた。
参謀団を招集し、戦況を確かめる。テルモン参謀長は一同を見回した。
「第二報によれば、ウェーク島は絶望的だ。日本軍の夜間上陸を受けて、偶然かはわからないが、アヴラタワーが破壊された。おそらく救援を編成したところで、全滅は免れないだろう」
参謀たちは顔を見合わせる。重苦しい沈黙が漂う。
「テルモン」
「はい、長官」
テシス大将は口を開いた。
「君はこの動きをどう見る?」
「日本海軍が南進ではなく、西進を選んだ可能性があります」
ニューギニアなど南太平洋ではなく、ウェーク島、マーシャル諸島からハワイ方面に、攻勢方向を定めた可能性を、参謀長は指摘した。
「つまり、日本軍は、最終的にこのハワイを攻略しようということか」
「あくまで可能性ではありますが」
テルモンはそう前置きした。
「あるいは、連中の拠点であるトラックを守るための防波堤としての占領かもしれません。実は南進を予定していて、その間、我々太平洋艦隊から側面を突かれないよう、哨戒線を上げるつもりなのかも――」
その場合は、トラック諸島より南のニューギニア、ビスマルク・ソロモン方面、そしてオーストラリアの攻略を狙っているかもしれない。
「さて、それはどうだろうか」
テシスは腕を組んだ。
「私は元々、中部太平洋戦域からの南進については懐疑的だった」
「と、仰られますと?」
「奴らの陸軍が、大陸での決戦のために兵を集めている」
陸軍――そう聞いて参謀たちの表情が強ばった。海軍での話をしているのに、陸軍が出てくるとは思わなかったのだろう。
テシスは構わず続ける。
「我らが欧州侵攻軍が、ユーラシア大陸を席巻し、アジアは目前のところまできている。日本軍も迎え撃つつもりだ。そうなるとだ、南太平洋、さらにオーストラリア大陸の侵攻に戦力を割いている余裕はない」
「なるほど」
テルモン参謀長は相槌を打った。
「では、もしかしたら西進もない可能性がありますね」
ハワイを攻略している兵力も不足するのではないか、とテルモンは気づいた。艦隊はあれど、占領するための上陸部隊が足りないのかもしれない。
「連中が夜襲で電撃的にウェーク島を襲ったのも、陸上戦力を消耗したくないからかもしれない」
テシスの眼光鋭い視線に、参謀たちは息を呑んだ。
そういえば何故、日本軍は突然夜間にウェーク島を奇襲したのか。明け方なりに空母機動部隊による大規模航空支援、艦隊による艦砲射撃を動員すれば、ウェーク島ほどの守備隊相手ならばねじ伏せられるのに。
「ウェーク島を落としたら、次はマーシャル諸島だ。そこでも効率よく立ち回るために、ウェーク島には電撃的な奇襲攻略を目指したのかもしれない。いや、もしかしたら、マーシャル諸島攻略のための予行演習かもな」
だが――とテシスは一同を見た。
「連中に好き勝手させるわけにもいかない。精々、その後方を引っかき回してやるとしよう」
二つの機動部隊と、エアル中将の遊撃部隊が敵を求めて行動している。
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