第312話、最後の一発まで


 オアフ島中部のアヴラタワーに、第一航空艦隊の陸上攻撃機部隊は襲いかかった。


 塔には強力な防御障壁が施されている。異世界人の地球での生命活動に欠かせない装備故、彼らも必死に守るのである。


 野中少佐率いる一式陸上攻撃機改、第一中隊は、特マ式収納庫を利用した800キロ誘導弾45発をアヴラタワーに撃ち込んだが、障壁を破ることはできなかった。


 だが、それで諦めるわけにはいかない。打撃を与えれば障壁を維持するエネルギーを消耗させることができる。その限界を超えれば、障壁は消滅するのだ。


 そのためには、短時間に火力を集中するしかない。


 野中の第一中隊に続き、特マ式収納庫装備の第二中隊が突入した。本来800キロ弾は一発装備が基本の一式陸攻だが、魔法式収納庫のおかげで、5発まで同時携行が可能となっている。


 ――1機あたり5発なら、戦艦や空母だって沈められる……!


 野中は、第二中隊の攻撃の結果を固唾を呑んで見守る。これで駄目なら、残る通常型陸攻が装備する1機1発、20発しか残らない。


「頼むぞ……。抜けてくれ」


 搭乗員らが祈るように見つめる。それぞれの機の射爆員が、大きな黒き塔に大型誘導弾を導き、障壁に阻まれる。


「抜けろ! 抜けろっ!」


 誰からとなく上がる声。第二中隊の放った攻撃が、塔に届かず吹き飛んでいく。立て続けにぶつかった爆発が途絶え、煙が流れる。


「駄目、か……」


 ため息が漏れる中、野中は思わず窓に張り付いた。


「んんーっ!?」


 誘導弾が一発、塔の向こう側へ抜けていったのだ。側面の7.7ミリ機銃の覗き口から見ていた者が首を振る。


「ヘタクソが。あんなでかい的を外しやがって……」

「外したは外したが――」


 野中は大声を出し、ついで通信機に呼びかけた。


「第三中隊! 攻撃を開始しろ! 防御障壁は切れている! 狙いは今だ! ぶちかませェ!」


 連続した爆発とその煙のせいで、おそらく射爆員の魔力誘導が甘くなったのだろう。最後の一発は塔を掠めて外れたが、障壁が存在していたなら、それもぶつかって消えていたはずだ。反対側に抜けたということは、障壁のエネルギーが切れたのだ。大型誘導弾89発の連打によって。


 特マ式収納庫を持たない一式陸上攻撃機一一型の第三中隊が、爆弾倉を開き、800キロ誘導弾を発射した。先ほどまでと違い、1機1発は寂しいものがあったが、攻撃が効くと知った各機の射爆員たちは、必殺必中の念と共に誘導、そしてついにアヴラタワーに爆発の火花を散らせた。

 あれだけ頑強に立ち続けた巨塔がバランスを崩していく。


「油塔をやったぞっ!」


 陸攻内で、搭乗員たちの歓声が上がった。他の機でもきっと任務の達成に皆、喜んでいるだろう。

 野中は電信員に叫んだ。


「一航艦に打電だ! 我、目標の破壊に成功せり!」

「了解!」


 任務が終わった以上、長居は無用である。ジョンストン島へ自力飛行では航続距離がギリギリ足りないので、作戦直前に新型となった転移離脱装置を使う。これで、帰りの時間と燃料をスキップである。


「直掩隊に感謝だ。俺たちは一足先に帰るぞ」



  ・  ・  ・



「703、707航空隊より、オアフ島アヴラタワーの撃破、倒壊の報告です。第一次攻撃隊は、任務を達成しました!」


 ジョンストン島第一航空艦隊司令部。通信長からの報告に、司令部の空気が和んだ。一航艦司令長官の福留 繁中将は相好を崩す。


「やってくれたか」

「航空隊でも、防御障壁を突破、破壊することができました」


 参謀長の三和 義勇大佐が頷いた。


「塔が破壊できるなら、敵の艦隊の障壁持ちも、航空攻撃で撃破できるということになります」

「うむ……」


 喜びから一転、福留は複雑な表情となった。彼は、航空の有効性を認めつつあるものの、根は大砲屋であり、敵戦艦には戦艦をぶつけるのが手っ取り早いと考えている。


「とはいえ、塔の障壁を突破するまでにどれだけの誘導弾を使ったのか、気にはなるな」

「そうですね」


 今後の作戦の参考になる数字となるだろう。なおこの時点で、福留も三和もまさか一式陸攻76機がほぼ全弾を使い切ってようやく塔二つをギリギリ仕留めたとは思っていなかった。もう少し余裕があっただろうと予想していたから、第一次攻撃隊が帰還してきた時には、驚かされるのである。


 それは後の話として、三和は福留に言った。


「塔を破壊した以上、第二次攻撃隊には、オアフ島や真珠湾で活動している敵を叩かせるとして、第三次攻撃隊はどうしましょうか? 敵艦隊……あるいは、巨大海氷空母とか」

「山本長官は、今回のハワイ作戦で、異世界人の太平洋艦隊との雌雄を決したいとお考えだ」


 かつて、宇垣が参謀長をやる前に、連合艦隊参謀長として山本の下にいた福留である。


「連合艦隊が、敵艦隊とトコトン戦えるようにするのが我々の役目だ」


 そうであるならば、艦隊決戦の邪魔をさせないこと、危険要素をこちらで排除するべきである。


「海氷空母を攻撃しよう。艦隊でも全部は手が回らんだろう」


 山口の遊撃部隊や小沢長官の第一機動艦隊が遊撃戦力として動いているようだが、第一機動艦隊は、決戦の支援に回らねばならないし、彼らが戦力を集中できるようにするのが、基地航空隊の役目であろう。


「長官! 大変です!」


 一度戻った通信長が、司令部に慌てて駆け込んできた。


「何事だ?」

「第二機動艦隊がやられました!」

「なにっ!?」


 福留も参謀たちも目を剥いた。


「どういうことだ!? 長官はご無事か!?」

「は、はい、長官の『敷島』は無事です。しかし敵の航空攻撃の奇襲を受けて、空母に被害が出ました! 『飛鷹』がやられたと――」

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