第311話、突撃、一式陸攻


 一式陸上攻撃機は、日本海軍が基地航空隊で使用するために開発した陸上攻撃機である。


 二度に渡る海軍軍縮条約により、当時の仮想敵国アメリカに対して劣勢を強いられた日本海軍は、数の不利を陸上飛行場からの長距離攻撃によって補うこととした。日本海軍は、漸減作戦――侵攻する米艦隊を迎撃する作戦を主軸に考えていたため、基地の航空隊も迎撃に積極的に使えると考えたのだ。


 その結果、作られたのが陸上攻撃機シリーズ。そして一式陸上攻撃機は、開戦時における日本海軍の主力陸上攻撃機だった。


 火星エンジンを二基搭載した双発機で、葉巻型の胴体は、一式陸攻の前に採用された九六式陸攻と異なり、魚雷などを収納可能。これにより飛行時の空気抵抗を減らし、性能向上にも貢献した。


 基地から目標まで長距離飛行をすることに前提にしたため、航続距離も長く、爆装ならばおよそ2200キロほど、偵察なら5880キロは飛べた。


 全長19.97メートル。全幅24.88メートル。高度4200メートル時、最高時速453.7キロを発揮。7.7ミリ旋回機銃四丁に、尾部に20ミリ旋回機銃一丁を装備、各種爆弾乃至、800キロ魚雷1本を搭載可能となっている。


 異世界帝国との開戦では、第一次トラック沖海戦に前後して、中部太平洋に配備された陸上攻撃機は、為す術なく全滅。敵の強力な防空火力を前に、的の大きな陸上攻撃機は、鴨も同然ということで、当面、艦隊への攻撃には用いられなくなった。


 魔技研が、新たな技術と艦艇をもたらしたことで、海軍の航空機製造が、人数が必要な陸上攻撃機より、乗員が最小源の艦上機が優先された。


 海軍の人員不足は深刻だったが、空母の数に余裕があったため、空母戦力不足を埋めるための陸上攻撃機ではなく、空母そのものの艦載機が優先されたのは当然の帰結だったのかもしれない。


 また、一式陸上攻撃機の開発元である三菱が、陸上攻撃機よりも、零戦後継機開発を優先せよ、と海軍に命じられたことも、陸上攻撃機隊にとっては逆風となった。


 とはいえ、陸上攻撃機部隊にまったく出番がなくなったわけではない。東南アジアから異世界帝国軍を撃退する南方作戦においては、占領地を増やす日本軍を支援すべく、一式陸上攻撃機部隊も、前線に加わって戦った。


 さて、改良型は少数に留まり、初期の一一型が半数以上を占める中、一式陸上攻撃機部隊は、第一航空艦隊に集められ、ジョンストン島を拠点に、ハワイ作戦に投入された。

 野中五郎少佐の第703飛行隊も、その中の一つである。


「敵さんの司令部がある場所への殴り込みたぁ、最高に滾るじゃねえか。よくわかんねえ南方の密林の敵を相手にするより、粋ってもんよ」


 ジョンストン島からハワイへと飛ぶ第一航空艦隊の陸上攻撃機部隊。ハワイと言えば、何だかんだ敵の本拠地という印象が、海軍将兵には強い。敵がアメリカから異世界帝国に変わってからも、その意味合いは変わらない。


 ハワイに攻め込む時は、連合艦隊が主力で、航続距離の都合上、陸上攻撃機部隊に出番はないと思われていた。それがどうだ。決戦兵力の一翼を担う形で、陸攻隊にもお鉢が回ってきた。


 行くならば危険な戦場上等な野中にとって、ハワイで戦えることは本望であった。


 野中家は軍人一家である。父、そして兄たちは陸軍にいて、むしろ海軍にいる五郎は珍しい方に入るかもしれない。


 ちなみに彼が海軍を志した理由は、姉が海軍士官と婚約したことがきっかけだったりする。

 だが、そんな五郎も一度海軍を辞めようとしたことがある。1936年に起きた二・二六事件――陸軍青年将校たちが引き起こしたクーデター未遂事件。それに、兄である野中四郎陸軍大尉も関わり、事件後自決したからだ。家族ということもあり責任を感じた五郎だったが、海軍は彼を引き止め、今に至る。


 一番危険な戦場に生き、一番危険な任務について立派に死ぬ。それが兄の汚名をそそぐことになる――五郎は酒の席で同期にそう言ったという。


 ハワイ作戦は、決戦と呼ぶに相応しい戦場と言える。野中五郎としては望むところだが、かといって彼は死にたがりではなかった。


 部下たちの命を守ることを大切にし、無用な犠牲を嫌った。その心は、元来の彼の優しさと、どうせ死ぬなら、犬死にではなく、意味ある死にしたいというものがあったのかもしれない。


「敵機のやつぁ、現れませんなぁ。静かなもんですわ」

「空母機動部隊が、先制攻撃で飛行場を叩いた効果が出ているってことだ」


 野中はニヤリとする。


 76機の一式陸上攻撃機。その周りを業風戦闘機が護衛についている。その数は45機。護衛戦力として、それはどうなのかと思わないでもない。予め飛行場を使えなくしているという話がなければ、上官に文句をつけているところだった。


「逆探にも反応ないですな。異世界人の目は死んでますなー」


 電信員が言えば、畿内で笑い声が響いた。空母航空隊は、きっちり仕事をこなしたようだ。


「そんじゃ、空母の連中の逃した油塔を仕留めにいくか!」


 異世界人が飛行場やレーダーを修理して、再使用する前に、彼らの活動の要であるアヴラタワーを破壊。オアフ島の異世界人を完全無力化を狙う――それが、第一航空艦隊第一次攻撃隊の任務であった。


 アヴラタワーがあるのが、真珠湾軍港近くと、オアフ島中部のワヒアワ――海軍無線所近くの2箇所である。


 第一次攻撃隊は二手に分かれ、それぞれの塔破壊に向かう。野中が率いる編隊は、オアフ島中部へと向かう。

 近くにはホイーラー飛行場があり、もし一部でも復旧されていれば、戦闘機などが飛んでくる可能性があった。


 ――飛行場以外の航空機は、艦隊攻撃に向かったかもしれないって話だが……。


 野中は口の中で呟く。


 ――最低限の防空隊は残してあるかもしれん。油断できん。


 その時は、業風戦闘機隊が頼りとなる。しかし、指揮官の警戒をよそに、異世界帝国の反応は鈍かった。

 オアフ島上空に日の丸をつけた双発攻撃機の編隊が現れれば、いくらレーダーが壊れていようが、目視発見して通報はするだろう。


 ――さっさと仕事を終わらせるに限る。


「少佐ァ! 見えてきましたぜ。油タワーでさぁ!」


 操縦士が叫んだ。黒々とした巨大な塔が山から生えるように立っている。


「なんとも目立つ目標だな! 第一中隊から突っ込む! ありったけの爆弾をぶちまけてやれぃ!」


 野中隊、第一中隊9機の一式陸攻が、塔へと真っ直ぐ向かう。防御障壁対策に特殊装備をつけた一式陸攻改は、爆弾倉のハッチを開くと、特マ式収納庫から、800キロ誘導弾を次々に投下した。


 結局のところ、障壁破りには大威力の攻撃を数撃つしか現状、対処方法がない。敵新型重爆撃機の障壁破りに、青電迎撃機が特マ式収納庫で対空誘導弾をありったけ撃ち込んだように、一式陸上攻撃機もまた大型誘導弾の連射でゴリ押すのである。


『野中少佐、この特マ式収納庫を装備した陸攻は36機しかない。これで駄目なら、その日は塔を破壊できない』


 作戦説明の段階で、一航艦参謀長の三和大佐が告げた。


『現状、希少な一式陸攻改だ。くれぐれも生きて戻ってきてくれ』


 魔法の収納庫は、まだまだ数が足りない希少な装備ということである。


 ――言われなくても、全機無事に帰還しますよって。


 陸攻搭乗員たちが見守る中、魔力誘導装置に導かれた大型誘導弾は、塔へと吸い込まれ、しかし見えない壁によって爆発四散する。しかし連続で放たれた誘導弾が、次々に激突し爆炎を広げる。


「どうだ……?」

「駄目です! 突破しませんでした! 硬ぇ!」


 爆撃照準――魔力誘導を担当する射爆員が報告した。第一中隊9機、特マ式収納庫で運んだ45発の大型誘導弾が全部障壁に阻まれた。


「まだだ! 第二中隊、行けぇ!」


 第二中隊もまた、特マ式収納庫装備の一式陸攻改だ。第一中隊の攻撃で障壁を相当消耗させたのなら、次で壁を破壊して塔本体を攻撃できるかもしれない。


「おらぁ、行けぇ!」

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