第310話、補給の隙間


 まさに、日本海軍は、艦載機の補給を米軍に手伝ってもらう気満々だった。


 というのも、航空隊への補給に関して、一部で玉突き衝突的な事態に陥っていたからである。


 それは何故か? ハワイ作戦のために急造、間に合わせた海氷空母の存在である。

 日本軍は、三種類の海氷空母を用意していた。


 自動航行が出き、被害担当艦として前衛に配備する甲型。


 航行能力に乏しいが、艦隊の後方にいて、空母の損傷で発着艦ができなくなった艦載機や、転移離脱した機体の緊急退避先として、整備、補給ができる乙型。


 そして、海氷空母同士を結合させて、戦闘機基地とする丙型。


 第一機動艦隊に乙型。第二機動艦隊には甲型。そしてジョンストン島の第一航空艦隊の支援用に丙型が、それぞれ配備されていたが、日本海軍はハワイ作戦に多数の航空機、特に戦闘機が必要となると踏んでいた。


 結果、甲型、乙型にも、業風にコアを載せた無人機型を搭載し、航空兵力の嵩上げを行ったのだ。


 乙型は格納庫があり、整備も補給もでき、航空機運用能力があるので問題ないが、甲型が問題だった。


 囮艦として優先された結果、飛行甲板はあれど、格納庫がなかったのである。甲板に駐機はできるが、最低限の整備員しか乗っていないこともあって、補給能力は著しく劣る。困難な整備、補給作業をやらせていたら日が落ちてしまうだろうし、その間、襲撃を受けることがあれば、結局投棄せざるを得なくなる。


 それならば、燃料補給や機銃弾の装備を、アメリカ艦隊にやってもらおう、という話が連合艦隊司令部の中で起こった。


 レンドリースで使用する業風は、米国製のF6Fヘルキャット。わざわざ説明しなくても、彼らが使っている機体と同じものだから、補給の手順も弾薬の規格も同じである。なら問題ないだろう、という話である。


 ハワイ作戦における日米合同会議でも、自軍空母の喪失が多く、しかし艦載機が残っている場合、同盟空母への収容や補給の話を、スプルーアンス大将に通してあった。だから一言言えば、相手側が収容限界を超えていない限りは、補給も可能となっていた。


 米国側は、その場合は非常時であり、可能性も低いだろうと、話半分で了承していたようだが、連合艦隊司令部――特に樋端航空参謀は、本気で利用する気でいた。米艦隊救援に、零戦ではなく業風を送る辺り、確信犯である。


 米第三艦隊の各空母群は、収容した自軍艦載機、特に直掩護用の戦闘機への補給を最優先に動いていた。

 叩くべき異世界帝国主力艦隊に空母がいないこともあるが、第一次攻撃隊の損害が大きく、編成を見直す必要があること。現在の艦隊防空が、日本海軍からの援軍の業風部隊なので、早く自軍の直掩機を出したかったことが関係する。


 やはり、友軍とはいえ、他国の部隊が守っているのは居心地が悪いのである。いざという時、自分たちを優先して、きちんと艦隊を守らないのではないか、という不安がどうしても付きまとうからだ。


 だから、哨戒機が敵機の発見を通報した時は、米空母の乗組員を心胆を寒からしめた。


『低空を飛行する敵編隊を発見! およそ70機!』

「シット! レーダーから逃れて、ハイエナが忍び寄ってやがった!」


 空母『レキシントンⅡ』にいるミッチャー中将は罵りの声を上げた。レーダーの目を掻い潜る超低空での、異世界帝国航空隊の侵入。敵はまだ攻撃隊を隠し持っていた。


「上空の友人たちに連絡! こちらが直掩機を出すまで、敵機を阻止させろ!」



  ・  ・  ・



 その頃、日本軍第二機動艦隊にも、敵機接近の通報が入っていた。


「敵機だと!?」


 連合艦隊旗艦『敷島』の司令部は騒然となる。


『南より、超低空で接近。第二機動艦隊後衛部隊に向かってきます!」

「まだ空母が残っていたか!」

「直掩機は迎撃急げ! 敵はすでに近くまで来ている!」


 にわかに騒がしくなる中、山本五十六は、双眼鏡を手に、司令塔左舷側に寄ると南を見やる。


「こちらの補給の機会を窺っていたか。もしやこれが奴らの本命ではないか……?」


 電探の捜索範囲の死角を突いてくる機動。これまでの攻撃隊と同様の高度で来ていれば、早期に発見、迎撃態勢を整えられたはずだ。

 それらとは、ことごとく違う方法で向かってきた辺り、2000機以上を振り向けた攻撃が、実は本命を活かすための陽動だったのではとさえ思えた。


 いや、いくら異世界人とはいえ、あれだけの大群を囮としては使うまい。二段構え、三段、四段構えの手だったのかもしれない。


「烈風、第二中隊、上がります!」

「よし」


 航空戦艦『敷島』の艦体中央滑走路から、補給を終え、待機していた試製烈風が、マ式カタパルトから射出される。


「敵は少数のようです」


 山本のそばに、樋端がやってきた。


「艦隊攻撃というには、ちょっとパンチ力にかけますが、その分、敵は重要標的に絞って攻撃してくると思われます」

「重要標的」

「順当に考えれば、空母でしょう」


 樋端は、遠くを見る目を海原に向けたまま、淡々と言った。


「気に入りません。まるで神明さんの……奇襲攻撃隊のようだ」



  ・  ・  ・



 ところ変わって、ハワイ、オアフ島近海。

 ジョンストン島の第一航空艦隊から飛び立った一式陸上攻撃機76機が、オアフ島へ迫っていた。


 山口中将の潜水遊撃部隊の、先制攻撃でオアフ島の各飛行場、レーダー基地を破壊したが、異世界人の生存にかかわるアヴラタワーの破壊には失敗した。


 異世界帝国太平洋艦隊と、日米艦隊の決戦の支援のため、オアフ島の敵施設への反復攻撃、トドメを引き継ぐのが、第一航空艦隊の役目である。


「少佐! 直掩隊の連中がきやしたぜ!」

「おう!」


 監視をしていた部下の声に、第703飛行隊長である、野中五郎少佐は威勢よく答えた。

 ベテランの陸上攻撃機乗りであり、東南アジア一帯を巡る戦いでは、基地航空隊の陸攻戦力の一角として戦ってきた。今回のハワイ作戦にも、歴戦の陸上攻撃機部隊として集められて、当然の如く参加している。


「お前も飲め!」

「へい!」


 乗機に茶道具を持ち込み、戦場に到着前に茶で一服し、気分を落ち着ける。それが野中の流儀である。一式陸上攻撃機は基本、七人の乗員が乗る。野中は自身はもちろん、部下たちにも茶を振る舞うのである。


「護衛戦闘機が、ついてくれるのは頼もしい。敵本拠地への殴り込みだ。滾るのぅ。おめぇら! 一丁、やってやろうぜ!」

「応ッ!」


 海氷群に紛れて待機していた丙型海氷空母から、業風戦闘機隊が、陸攻部隊に合流する。ハワイの飛行場はすでに叩かれているが、何にでも用心は必要だ。敵は飛行場外からでも航空機を飛ばしてくる可能性があるから。護衛の戦闘機がいれば、攻撃に集中できる。


 防御障壁に守られたアヴラタワーを破壊するべく、一式陸上攻撃機隊は征く。

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