第309話、艦載機の収容作業中


 異世界帝国軍航空隊による波状攻撃を、第二機動艦隊、米第三艦隊は乗り切った。

 第二機動艦隊では、空襲の被害の確認と、戦闘機隊の補給、攻撃隊の収容作業が行われていた。

 後衛部隊にある、連合艦隊旗艦『敷島』にも逐次、報告が上げられる。


「――第一機動艦隊が、敵の海氷空母を三つ潰した」


 山本五十六長官は頷いた。


「襲来する敵機の大半を撃退し、敵主力艦隊にも空母は残っておらん。敵の航空戦力は、ほぼ壊滅したと言ってよいのではないか」


 第二機動艦隊を襲撃した異海氷空母が、まだ三つ残っているものの、送り出した攻撃隊が壊滅し、生き残りが引き返しても収容できる距離にないものばかりだ。残存機が海に下りるしかないなら、もはや戦力になり得ない。

 草鹿龍之介参謀長が口を開いた。


「ハワイも先制し無力化しました。基地航空隊がトドメを刺すでしょうから、我々の敵は、戦艦を中心とした主力艦隊となります」

「これを撃滅すれば、ハワイの制海権は我ら日米軍のものとなる」


 その後、アメリカ軍が連れてきた上陸部隊が、ハワイに兵を送り込み占領すれば、長く太平洋を支配していた異世界帝国軍を叩き出すことができる。


「艦載機で、敵主力艦隊を一撃できるか?」

「航空参謀」


 草鹿が、樋端に問いを振る。


「二航艦からの報告待ちではありますが、米攻撃隊と違い、敵の対空砲の射程外から攻撃していますから、おそらく可能かと」


 空母のない敵艦隊を痛打し、艦隊決戦を有利に進める。もっとも山本の中では、航空機だけで敵を全滅させてもいいと思っているが。


「一航艦の戦力は加えられるかね?」

「今、敵海氷空母の始末に出ていますから、小沢長官が、残っている海氷空母を危険を見なしていれば、そちらを優先する可能性はあるでしょう」


 送り出した攻撃隊が往復できない距離にあったとしても、たとえば片道攻撃を仕掛け、機体は破棄し、パイロットだけ回収する、なんて手もある。日本軍もジョンストン島から攻撃隊を出すという転移離脱ありきだが片道攻撃を仕掛けている。敵も、転移はできずとも同様の手を取れる可能性があるなら、ハワイ東側に残っている巨大海氷空母を、戦力外と断ずるのは早い。


「特に一航艦の神明参謀長は、米上陸部隊がやられては、たとえ敵主力艦隊を撃滅しても負けだ、と力説していましたから」

「……そうだな」


 山本は首肯した。


「二航艦のほうは、攻撃隊を編成するとしていつ頃、仕掛けられるだろうか?」

「……一、二時間は無理ですね」


 樋端は宙を睨む。


「第一次攻撃隊を収容中ですし、制空戦闘機も順次補給せねばなりません。攻撃を優先させると、戦闘機の中でも着水する機体が続出すると思われます」


 零戦は航続距離が長く、長い時間の直掩任務が可能だ。しかし、空中戦を何度もやれば燃料の消耗も大きく、弾薬もなくなる。


「なにぶん、出せる機体の大半を出していますから」


 特に戦闘機は、艦隊を守るために時間差はあったが残っていた全機がほぼ出撃した。今はほとんどの空母が空であり、収容作業、補給作業をする番となっている。


「一航艦が残してくれた乙型海氷空母は、甲型海氷空母のとりあえず載せてきた機体の収容と補給で使われていますし、これ以上のペースは上がらないでしょう」

「甲型海氷空母でも補給ができればよかったのだが……」


 草鹿が言えば、山本はやんわり言った。


「仕方あるまい。作戦に間に合わせるために、甲型は囮機能を優先させたのだ。載せてはきたが補給も整備もできないから、たとえ無事でも使えん」


 第二機動艦隊前衛に配置された6隻の甲型海氷空母。それらは自走でき、飛行甲板はあるが格納庫はない。リモコン操作のこの囮艦は、敵攻撃機の攻撃をよく吸収し、他艦への被害を軽減させた。


『海氷4』が、制御不能になって脱落したが、残りは甲板を叩かれ、魚雷を何本か受けたが、なお航行を続けている。囮としての面目躍如だ。


「まあ、それはそれとして――」


 樋端は、アメリカ第三艦隊がいる方向を見た。


「元から乙型海氷空母に載せてきた艦載機の燃料と弾薬のほうが不安です。無人機なので、海没しても、人的被害はないと言えばないんですが……」



  ・  ・  ・



 米第三艦隊の空母群は、今大忙しだった。敵攻撃隊を撃退したが、第一次攻撃隊が戻ってきたのだ。


 大きく三波。間に細かいのが三波ほどの異世界帝国の攻撃は、第二群に集中した。その結果、正規空母『イントレピッド』『スプリングフィールド』が被弾、炎上。軽空母『プリンストン』が沈没した。


 先に軽空母『カウペンス』が損傷していたこともあり、大小空母4隻が、使用不能状態となった。つまり、第二群は、完全に航空戦に除外される格好である。


 戻ってきた第一次攻撃隊は、残る空母7隻に下りることになるが、収容自体に問題はなかった。着艦する艦の振り分けに多少手間だったが、全機が空母に下りることができた。


 ……何故ならば、空母まで無事に帰還できた機体が、出撃時の半分以下に減っていたからだ。


 F6Fヘルキャット173機、SB2Cヘルダイバー135機、TBFアヴェンジャー84機、計392機が飛び立ち、帰ってきたのは戦闘機99機、艦上爆撃機30機、雷撃機37機、合計166機。


 未帰還226機。戦闘機74機、艦爆105機、雷撃機47機と、特に先陣切って敵艦隊に近づいたヘルダイバーの撃墜が多かった。


 帰投した機も、敵機との交戦や高角砲の破片などで損傷したものが少なくなかった。報告を受けたミッチャー中将は、もとより渋い顔をさらに皺でいっぱいにし、第三艦隊司令長官であるスプルーアンス大将もまた苦い顔になった。


 攻撃隊の次は、敵機から艦隊を守った防空戦闘機部隊だ。こちらも損害は出たものの、防空戦闘のそれから逸脱するようなものではなく、むしろあれだけの大軍を相手に、損害を留めて奮闘したと褒めてもいい。


 日本の第二機動艦隊と同様、出せる戦闘機をすべて投入した米第三艦隊だ。直掩も空母に下ろした結果、艦隊の空を守っているのが、日本軍が寄越してくれた援軍のF6F――業風部隊となった。


 空母『レキシントンⅡ』の艦橋に上がったミッチャーは、艦隊の上空を周回する日の丸をつけた戦闘機隊を見上げる。


「合衆国の戦闘機なのに、国籍マークはジャパンとはまた、どんな皮肉だ?」


 レンドリースで日本に渡ったF6Fヘルキャット。それが『業風』という名前を与えられ、生まれた国の艦隊を守っている。


「そういえば、日本じゃ地獄に吹く風だかって意味だっけか」


 日本海軍とのハワイ作戦合同会議で、そんな話を聞いた気がする。子供じみた連想ではあるが、東洋には地獄の風に洒落た呼び方をつけるものだ。


「何にしても、ありがとうよ、東洋の友人」


 おかげで、第三艦隊の被害を第二群までに抑えることができた。彼らがいなければ、第三群あたりも危なかったかもしれない。


 そこへ、参謀長のアーレイ・バーグ代将がやってきた。水雷戦隊指揮官であり、アメリカ海軍の新たな人事――航空指揮官には、水上艦のスペシャリストを参謀長に、というわけでやってきた男だ。正直、ミッチャーは、そういう人事をあまりよく思っていない。


「ミッチャー中将、スプルーアンス大将から命令です。直掩機の交代を出したら、上の日本機に燃料と弾薬の提供をするように、だそうです」

「何だと!? 日本機を、空母に下ろせだと!?」

「元がF6Fなので、12.7ミリも燃料も、規格も合うでしょうってことらしいです。向こうも艦載機の収容で大わらわみたいです」

「そりゃ……そうだが、うーむ」


 ミッチャーは何とも言えない顔になる。まさか、これを見越して業風を支援に送ってきたわけではあるまいな? 最初から米空母で補給をするために、とか。

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