第308話、海上飛行場、壊れる


 一航戦攻撃隊が、異海氷空母Aを破壊した頃、二、五航戦攻撃隊の233機もまた、異海氷空母Bを攻撃し、その航空機運用能力を奪った。


 日本の第二機動艦隊、米第三艦隊に、反復攻撃が可能な位置にある航空機運用拠点を、異世界帝国軍は喪失したのだ。


 これには日米機動艦隊を攻撃に向かい、かろうじて生き残った異世界帝国機の一部を海上に不時着せざるを得ない状況に追いやった。燃料、弾薬が底をついたのである。


 オアフ島の飛行場を失い、主力艦隊の空母群を失い、準備していた2000機を超える海氷空母攻撃隊もまた、その大半を失った。


 ムンドゥス帝国太平洋艦隊旗艦『アルパガス』では、ヴォルク・テシス大将が、不完全ながら集まった情報をもとに、彼我の状況を検証していた。


「……こちらの攻撃隊は、思ったより日米機動艦隊に打撃を与えられていない」

「日本の機動艦隊は、空母撃沈はないものの、1隻が航行不能。3隻が飛行甲板を損傷し、艦載機運用能力を喪失させた模様です」


 グレガー作戦参謀が、集計された報告を読み上げる。


「アメリカ艦隊は、小型空母を1隻撃沈。正規空母2隻を損傷、炎上させており、空母全体の4分の1は脱落させました」

「……総空母数を見れば、まだまだ敵は健在ですね」


 テルモン参謀長は低い声で言った。


「しかし、箱は残っていても、その艦載機のほうはかなりの打撃を与えられたと思われます。特に我が前衛に攻撃してきた米海軍の航空隊はかなり撃墜しましたし、さすがに2000機以上の攻撃隊をぶつけられて、防空戦闘機隊も無傷ではないでしょう」

「もう一押し、だな」


 テシスは考え深げな顔になる。


「今頃、攻撃隊残存機の収容や、直掩機の補給で、艦隊上空はてんやわんやだろう」

「おそらく」


 グレガー作戦参謀が口を開いた。


「現在、敵空母部隊は、氷結飛行場へ攻撃を仕掛けており、我が艦隊への攻撃は手薄になっています」

「まず航空戦力を徹底的に叩く。それが彼らの戦術だ」


 日本軍が海氷空母と呼ぶ氷結飛行場の前衛2つが、その攻撃隊によって攻撃された。明らかに、日米機動艦隊と別方向からによるもので、例の見えない空母群の可能性を参謀たちに植えつけたが、テシスはこれとは別の機動艦隊がいるのでは、と疑っている。襲撃してきた敵機の数が多すぎるのだ。


「偵察機を出して、後ろも捜索しろ。敵の機動艦隊がもう一つ、近くに存在している」


 命令はただちに実行される。そこへ新たな通信士官がやってきた。


「報告です。第三氷結飛行場が、日本艦隊の砲撃を受けました。敵は戦艦4隻を含む水上打撃部隊とのこと」

「なっ……!?」


 参謀たちが絶句した。テルモンは目を見開く。


「第三氷結飛行場とは、我々より後方ではないか! 何故、そこに日本軍の戦艦がいるのだ!?」


主力艦隊を素通りでもしたというのか? こちらに気取られず、艦隊の後方に水上打撃部隊がいるなど、あり得ないことだ。

 テシスは口元に薄く笑みを貼り付けた。


「どうやら、見えないのは空母だけではなかったということだな」



  ・  ・  ・



 その少し前、第一機動艦隊本隊より分離した潜水型水上艦部隊は、ハワイ沖を潜って航行しつつ、異海氷空母Cへと肉薄した。


「艦隊浮上せよ!」


 第二戦隊司令官、宇垣纏中将は命じた。戦艦『大和』艦長、森下信衛大佐は「『大和』、浮上!」と号令を発した。


 海面に姿を現す日本海軍の鋼鉄の艨艟。第二戦隊旗艦『大和』に続き、僚艦『武蔵』、さらに『美濃』『和泉』が、単縦陣で現れる。


 戦艦4隻を護衛するように、第七水雷戦隊が、軽巡洋艦『水無瀬』『鹿島』を先頭に、8隻ずつの駆逐艦が付き従う。


『敵護衛とおぼしき駆逐艦、その数6』


 戦艦『大和』を魔核制御する正木初子大尉が、見張り員より早く報告した。宇垣は双眼鏡を手に取る。


「七水戦に、敵駆逐艦を排除させろ。第二戦隊は、敵海氷空母Cを砲撃する! 艦長、やれるな?」

「お任せを、司令」


 森下艦長は、微笑した。

 彼は今年になって『大和』に着任した。海兵45期で、神明や古村啓蔵らと同期である。


 大和の前は、戦艦『榛名』の艦長を務め、第一機動艦隊での戦艦部隊というものに関しては、まったくの素人ではない。

 また、開戦から戦い抜いてきたベテランであり、第一次トラック沖海戦では重雷装艦『大井』の艦長を務め、乗艦は撃沈されたが生還している。


 なお、軽巡『川内』艦長の辞令が出る直前であり、もしトラック沖海戦が一月ずれたら、おそらくそこで戦死していただろうと思っている。当時の『川内』は第三水雷戦隊の旗艦だったが、あの戦いで三水戦は全滅したのだ。


「左、砲戦。目標、敵巨大海氷空母! よろしく、正木大尉」

『了解。左砲戦、用意』


 戦艦『大和』、それに航続する3隻が主砲を左90度に旋回させる。『大和』『武蔵』が46センチ三連装砲三基、『美濃』『和泉』が41センチ三連装砲三基を、空母、というには氷の島のように巨大な目標へと向けられる。


『二戦隊各艦、統制射撃用意よし』

「撃ち方はじめ!」


 4隻の日本戦艦の巨砲が咆哮した。海上に漂う巨大な氷のそれ――空母と呼ぶには異形過ぎる構造物へと砲弾が飛来し、次々に突き刺さった。


 爆発が連続し、氷片が飛び散る。巨大なハンマーで叩かれるように艦体が抉られ、欠けていく異海氷空母。


 あくまで、海上の飛行場として、航空機運用能力に特化した即席構造物である。I素材元来の強度以外に、頼れるものはなく、また自営用の装備も対空用のものしかなかった。……そもそも、砲戦距離に踏み込まれるなど、想定されていなかったのである。


 だが目視範囲で、日本海軍最強の46センチ砲搭載戦艦と遭遇してしまえば、航空機のための数百メートルの滑走路とその艦体は、非常に目立つ存在だった。


 滑走路は、穴だらけとなり、わずかながらの艦載機も破壊される。深い亀裂が入り、艦体が割れ、空洞部分に海水が侵入する。


 航空機運用が任務のため、艦砲射撃の前に乗員たちは為す術なく、異海氷空母Cは削られ、機能を失っていく。


 なんとも、贅沢な射撃の的である。七水戦が、敵護衛駆逐艦を砲撃で蹴散らす中、『大和』以下、戦艦群が、異海氷空母Cに砲弾を勢いよく叩き込み、元の形が思い出せないほどに破壊した。

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