第273話、ジョンストン島、潜入
深夜、U部隊所属の大型巡洋艦『早池峰』は、遮蔽装置を展開しつつ、海面に浮上した。
右手には、目標であるジョンストン島。後部デッキより、特殊潜水服をまとった
「……えらく時間が掛かりそうだな」
戦艦『大和』の艦橋で、宇垣中将は呟いた。U部隊は現在、潜航中であり、視覚はもちろん、敵レーダーからも姿を消している。
「ジョンストン島は環礁ですからね。現部隊の特殊潜航艇はもちろん、隠密作戦でなければ高速艇を使うこともできたのですが」
神明少将は言った。周りはサンゴ礁であり、夜間ともなれば意外な障害物と化す。そんな地形なので、海に潜って近づく潜航艇も使えない。
野田先任参謀が口を開いた。
「特殊潜航艇とは何ですか? 甲標的ではないですよね?」
「人間魚雷」
「え……?」
神明の返事にビックリする野田。宇垣が視線を寄越した。
「魚雷型の小型潜航艇だ。それに人間が一人か二人乗って、敵の港などに潜入する。……別に魚雷に乗って体当たりするわけではないぞ」
現部隊との打ち合わせの場に参加していた宇垣である。特殊部隊の使う装備について、実物を見たりして勉強している。
神明は、野田たち参謀に説明をする。
「ジョンストン島、そしてサンド島からなる小さな環礁だ。見ての通り、小さな島で、滑走路に飛行場設備、貯蔵施設、小規模な港湾施設と、兵たちの居住施設しかない」
「無人島ですか?」
「アメリカが開発するまではな。野生動物とグアノしかない辺鄙な場所だった」
「グアノ……」
「そうだ。鳥などの糞が化石になったものだ」
かつてアメリカは、この糞化石が太平洋の島々にあるのを知り、グアノ島法を作り、根刮ぎ採掘しまくった過去がある。なおグアノは硝酸カリウムの原材料となり、火薬か農業用肥料の原料として利用された。
「アメリカ海軍の拠点になったのだが、今は知っての通り異世界帝国が使っている。そして、例の新型重爆撃機の基地となっている」
「この爆撃機を、現部隊が奪ってくる、と……」
「それまで我々は、ただ待つだけだ」
神明が宇垣を見れば、第二戦隊司令官は頷いた。特殊部隊が任務を果たせば、『大和』『武蔵』の巨砲が、この小さな島を元の無人島にするのである。
・ ・ ・
現部隊二個分隊は、ジョンストン島に泳ぎ着いた。
船も通らない場所を選び、浅瀬を進み、敵の哨兵を沈黙させると、遠木中佐以下、現部隊員たちは、島内に侵入を果たした。
「案外、警戒が緩いですな」
部下の藤林中尉が言えば、遠木は小銃を手に首を振った。
「日本軍は、マーシャル諸島だ。まさかこんな小さな基地に忍び込む奴はいないと高をくくっているのだろう」
「新型重爆撃機を飛ばしている基地なんですよね、ここ」
藤林は分隊員たちに手信号で指示しつつ、小声で言った。
「日本軍が注目しているかもって、考えないもんですかね?」
「来るとしても、航空機が来るくらいだと思い込んでいるのさ」
事実、神明少将から聞いた話では、角田中将が空母で、ジョンストン島への報復空襲を具申したという。連合艦隊司令部は却下したものの、普通に考えれば島の無力化をしてくるものであり、まさか重爆撃機を奪おうと特殊部隊を送り込むという思考には中々ならない。
「実際、マーシャル諸島からジョンストン島を目指す部隊があれば、重爆撃機なりが目撃するだろうから、その間に警戒するなりできる。だがそれもないなら……警戒配置も平常のそれと変わらんさ」
深夜ということもあり、日常の業務は終了している。明日に備えて、基地の一般要員は就寝のお時間だ。監視所や守備隊の大砲、対空設備に交代で当直が警備、配置についている。司令部に夜間配置の者、あとは重爆の整備員がもしかしたら点検などをしているかもしれない。
その手の勤務状況などの情報を収集する時間がなかった。遠木たち現部隊に与えられたのは、彩雲艦上偵察機の撮影した写真と、戦前のジョンストン島の資料くらいだ。
アヴラタワーの場所も確認されているが、それをどうにかしないと作戦が遂行できないほどではない。むしろ、警戒が厳重な位置にあるので、触らないほうがよさそうでさえ、あった。
「中佐」
前衛として先にいた青山兵曹長が、合図した。部隊を止めて基地敷地内を覗き込む。
「滑走路脇に、敵の重爆撃機です。五機、駐機されています」
「……」
なるほど、滑走路の向こう側に異世界帝国の重爆撃機が並んでいる。遠木は遠距離視野の魔法で拡大。敵爆撃機周りと、警戒している歩哨を確認する。
「鵜藤」
遠木が呼ぶと、鵜藤上等水兵がそばにやってきた。遠木は『見ろ』とジェスチャーした。
「あの周りにいる敵の数を数えてくれ。爆撃機の中もだ」
「了解です」
鵜藤は、透視・透過魔法の使い手だ。その魔法の目なら、障害物の向こうも筒抜けであり、爆撃機の中に人がいても人数やどういう動きをしているかもわかる。
鵜藤が見ている間、藤林が暗視付きゴーグルをかけた。
「あれが、例の光線兵器を積んだ新型ですか? おれには四発機の見分けがあんまつかないですけど」
「仮にも特殊部隊員だろ。頼むから見たら識別できるくらいにはしておけ」
遠木が注意すれば、藤林は肩をすくめた。
「だって、あれ、識別表に載ってませんぜ? 載ってないものはわかりませんって」
「つまり、俺たちが探している新型ってことだろう」
「あ、そうか……!」
藤林は目を回した。
「でも、あいつら地球製の鹵獲品を使っているじゃないですか。アメさんの鹵獲機かもしれませんぜ?」
「ヒント、エンジンがマ式」
アメリカの鹵獲機なら、普通にレシプロ機だろう。異世界帝国の重爆撃機は、プロペラはない。
鵜藤が振り返った。
「中佐、歩哨は巡回が二人。それ以外は死体兵が五人。それぞれ海のほうを見ています」
「基地側は巡回が、あるいは他の奴が見ているってことだろう。……まあいい、こいつらを始末して、並んでいる重爆を回収する」
遠木は援護用に第二分隊を残し、第一分隊を率いて、滑走路の向こう側の重爆撃機へと足音を忍ばせて移動した。
消音魔法の使える第二分隊の狙撃手が、敵兵を密かに射殺。死体兵は、忍び寄った桐谷一等水兵が凍らせたり、土橋一等水兵が破壊魔法で粉砕して、倒していった。
見張りがいないうちに、遠木らは敵重爆撃機に、転移離脱装置の改良型である携帯型転移板を貼り付ける。
この転移装置で、一気に重爆撃機を九頭島に転移させる。連合艦隊司令部に神明がいなければ、敵機を鹵獲しようなんて考えは浮かばなかっただろう。敵機を入手しても、どうやって味方基地まで運ぶのか、という問題が発生するからだ。
可能性があれば奪った機体を飛ばして逃げる、だが、そんなことをすれば敵が全力で阻止に動き、追っ手をかけられただろう。
だが遥か彼方に転移させてしまえば……追尾されることはない。重爆撃機が、一番板から五番板まで、それぞれ対応した場所へ転移する。転移先で激突、破壊ということは起こらない。
「中佐。目標転移、完了しました」
藤林が報告し、遠木は頷いた。
「よし、では我々もとっとと帰るとしよう」
持ってきた転移札を取り出す。行きは泳ぎ、帰りは一瞬で『早池峰』である。
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