第274話、炎上、ジョンストン島


「司令、『早池峰』より符丁。『作戦完了。うつつ、戻れり』」


 通信参謀の報告に、宇垣中将は首肯した。


「うむ、U部隊、浮上。ジョンストン島ならびにサンド島を砲撃する! ――艦長!」

「了解です。『大和』浮上せよ!」


 戦艦『大和』艦長の大野竹二少将が命令を発した。


 第二戦隊の旗艦『大和』、そして僚艦『武蔵』が海上に6万トンを超えるその巨体を現した。

 大型巡洋艦『早池峰』、重巡洋艦『古鷹』『加古』、軽巡洋艦『神通』と潜水型駆逐艦4隻が、次々に海上に浮かび上がる。


「目標、ジョンストン島敵基地、主砲、左砲戦! 測距開始!」


 大野艦長の指示に従い、大和の魔核を制御する正木初子大尉が、そのように動かす。2900トンもの重量のある45口径46センチ三連装砲塔が、左舷へと回り、砲身をもたげる。


「現部隊は、さすがだな」


 宇垣の呟きに、神明少将は口を開いた。


「そうですね。せっかく潜入するのだから、他にも色々させたかったのですが、なにぶん急な作戦で準備期間もほとんどありませんでしたから。シンプルな分、よくやってくれました」

「本当に急な作戦だった。まさか俺も、こうも早く敵に『大和』の46センチ砲を撃てるとは思わなかった」


 本当ならば、今頃は内地にいて、訓練なり日課なりをこなしていただろう。


『目標、ジョンストン島基地施設。主砲発射準備よし』

「了解。――司令、主砲射撃準備、完了しました」


 大野艦長が顔を向ければ、宇垣は艦橋窓から目標の島を見つめたまま、口元をわずかに緩めた。


「撃ち方、始め!」

「|撃て《てぇっ)!」


 宇垣の万感の思いと共に、『大和』の46センチ砲が火を噴いた。1.4トンの砲弾は、最長1キロと少し程度しかない島へと落着。アヴラタワーをへし折り、夜に輝く紅蓮の火花を立て続けに咲かせた。


 続いて、『武蔵』が46センチ砲を、『早池峰』が30.5センチ砲を、ジョンストン島へ撃ち込んだ。

 夜闇に警報が響き渡るが、すぐに弾着の爆発によって掻き消される。重巡『古鷹』『加古』も20.3センチ連装光弾砲を、港湾に停泊する輸送船や哨戒艇に直接射撃を浴びせる。


 八水戦第二部隊の軽巡『神通』と、第七十九駆逐隊は、ジョンストン島のすぐそばにあるさらに小さな島、サンド島へ砲撃を行う。


 特潜型駆逐艦乙型である『初春』『子日』『春雨』『涼風』は、再生・改修の際、主砲が55口径12.7センチ連装速射砲二基四門となっている。


 元々、ロンドン海軍軍縮条約による補助艦艇保有制限がかけられたために、特型より小型に作られた初春型と白露型である。主砲は12.7センチ砲五門装備で、特潜駆乙型は一門減っているものの、平射砲だったそれより強力な、対空射撃が可能な完全な両用自動砲が新たに装備されている。


 水上機施設と貯蔵庫、簡易な兵舎くらいしかないサンド島は、たちまち砲弾の嵐にさらされ、破壊されていった。

 ジョンストン島、サンド島も、その小さな島には過剰な砲弾を叩き込まれ、たちまち飛行場や基地施設を喪失した。


 第二機動艦隊を襲撃し、空母を3隻撃沈した敵重爆撃機の基地を、完膚無きまで叩き潰した。宇垣が中々砲撃止めを命じなかったため、文字通り、島は更地と化した。


「よし、では、U部隊は海域を離脱し、Y部隊を迎えに行くぞ」


 宇垣の命令を受けて、U部隊は別動隊との合流海域に向けて移動を開始する。のちに野田先任参謀が回想に、『宇垣さんは、珍しく機嫌がよかった』と残し、いつもは硬い表情なのに、珍しく綻んでいたという。



  ・  ・  ・



 ジョンストン島から緊急電が、ハワイ太平洋艦隊司令部に届いた。

 深夜にも関わらず、テシス大将は司令部に出頭した。


「お休みのところ、申し訳ありません」

「構わん。グレガー作戦参謀」


 当直の参謀に迎えられ、早速、テシスは緊急案件の報告を受けた。


「攻撃されたのはジョンストン島か」

「はい、閣下。しかしよほど敵が接近していたのか、『敵襲』としかわかっておりません」

「何にやられたかはわからない、か」


 十中八九、日本軍だろう。アメリカ軍の機動部隊がうろついているようなので、もしかしたらジョンストン島まで足を伸ばす可能性もなくはないが……。


 ――いや、それはないな。


 テシスはアメリカ軍の可能性を捨てた。脳裏に浮かんだのは、先日から気になっている、正体不明の空母群。夜間ではあるが、これまでも日本軍は、夜でも平然と航空機を飛ばしている。


 日本軍は、マーシャル諸島攻略に注力しているかと思ったが、ジョンストン島の重爆撃機を目障りに感じて、排除に動いたというのが真相だろう。


 昨日の報告でも、ウォッゼを攻略中の空母の数に変動はなかった。そうやってこちらの目を引きつけている間に、姿の見えない空母を使ってきた――なるほど、これが日本海軍の戦術か。


「以後、ジョンストン島と連絡は取れんのだな?」

「はい。通信施設も破壊されたようです。ジョンストン島、そしてサンド島も音信不通です」

「……」

「……オアフ島の警戒レベルを引き上げますか?」


 作戦参謀は確認した。思考を働かせていたテシスは、やがて口を開いた。


「そうだな。だが慌てることはない。ジョンストン島を攻撃した日本空母群が仮にハワイに来るとしても、ここからすぐに向かってくることはない」


 ジョンストン島とハワイは離れている。艦載機の最大航続距離を考えれば、届かなくはないが、それは帰りの分を考えず、攻撃に使う分を勘定に入れなければ、の話だ。


 もちろん、片道出撃など機体もパイロットも失うだけだから、いくら日本軍が大胆な戦闘民族と言えどもやりはしないだろう。


 ――そもそも、ジョンストン島を叩いたのだ。本気でハワイを叩くつもりなら、ジョンストン島を攻撃はしないだろう。


 こちらに日本軍がいる、というのを教えてしまったわけだから。日本軍の指揮官も、ジョンストン島を攻撃すれば、続いてハワイを奇襲するのは難しくなると判断するはずだ。


「敵は夜襲を仕掛けて遁走を図るだろうが、朝になったらジョンストン島に偵察を出せ。それと念のため、救援部隊の用意を。……まあ、おそらくジョンストン島もサンド島も全滅だろうが」


 敵がアヴラタワーを見逃すとは思えない。何にやられたのか、証言は得られないだろう。だが、現場の破壊の痕跡を確認すれば、大体推測できるだろう。


「承知しました」


 グレガー作戦参謀は頷き、さっそく太平洋艦隊から派遣戦力の選定を始める。テシスは静かに作戦室の太平洋戦域地図を眺める。

 日本軍の行動、見えない空母部隊……。この謎に思考を巡らすテシスだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・特潜型駆逐艦乙:『初春』

基準排水量:1700トン

全長:110メートル

全幅:10メートル

出力:5万馬力

速力:36ノット

兵装:55口径12.7センチ連装速射砲×2 61センチ四連装魚雷発射管×2

   53センチ魚雷発射管×4 対艦誘導弾連装発射管×2 誘導機雷×12

航空兵装:なし

姉妹艦:『子日』『夕暮』『涼風』『春雨』

その他:異世界帝国に撃沈された初春型、白露型駆逐艦を潜水型駆逐艦として改造したもの。マ式機関を換装、潜水機能を有する。武装は甲、乙型とほぼ同じだが、艦体容量の小ささから、機関も異なっている。

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