第275話、荒波を超えて、いざ征かん


 ハワイ・オアフ島西方海域に、日本海軍第二機動艦隊より分離した、Y部隊が潜航していた。

 真珠湾奇襲作戦を遂行すべく、第八航空戦隊の潜水型航空母艦3隻は、間もなく攻撃隊を発進させる位置につこうとしていた。


「どうだ、艦長?」


 山口 多聞中将が問えば、潜望鏡を確認していた『応龍』艦長、市井 島次郎大佐は険しい顔になった。


「間もなく夜が明けます。しかし天候がよろしくありませんな。波もかなりあります」


 大雨になるかもしれない――その発言に、山口は口をへの字に曲げた。


「このタイミングでか」


 せっかく潜水型空母としての特性を活かして、敵太平洋艦隊の本拠地である真珠湾に迫っているというのに。


 延期も難しい。何せここは敵の領域。先ほども、敵の警戒潜水艦をやり過ごしている。撃沈も考えたが、警戒艦がロストすれば当然、ハワイの敵はより警戒するだろう。

 沈められたのが輸送船なら、潜水艦かと軽視される可能性もあるが、潜水艦を撃沈とあれば、有力な水上艦部隊が、ハワイ近海に迫っていると、哨戒機をバンバン飛ばされるかもしれない。


「艦長、『応龍』は、最新の艦制動装置を装備していたな?」

「はい。潜水にも使う保護膜と、水抵抗軽減処理を併せたやつです」


 魔技研の水上型潜水艦艇が装備する保護膜は、潜水に欠かせない重要な水密装備だ。そして水抵抗軽減処理は、魔技研が廃艦再生の際、速度アップの一環として発明、施されたものだ。


 これら二つを応用、併せ持った装置が、艦制動装置である。強い波によって艦が揺れると、大砲の命中率や空母艦載機の発着艦に影響する。

 波による影響を緩和し、揺れを低減させるのが、この新装備である。


「発艦は、何とかいけそうではありますが、艦載機が戻って来られるかどうか……」


 市井は危惧した。

 艦制動装置があっても、天候まではどうにもならない。真珠湾攻撃に攻撃隊を送り出しても、雨が強くなって、帰る空母を見失うリスクが高くなる。ここが敵地であることを考えれば、機位喪失は大変よろしくない。


「敵の傍受も考えれば、安易に誘導電波を出すわけにもいきませんし」


 母艦から誘導電波を出して、航空機に位置を知らせることはできる。だがやはり、敵にも電波を拾われるため、隠密攻撃部隊である潜水型空母部隊にとっては、軽々しく使えるものではない。


「時間が経てば、敵は警戒を強める……」


 山口は焦りを口に出した。数時間前、U部隊がジョンストン島を攻撃し作戦を成功させている。ホノルルにもその情報は伝わっているだろうが、島の位置からまだ少し、安全だと敵も考えているだろう。


 だからこそ、ここで天候やその他諸事情で攻撃を遅らせたりするのは、得策ではない。時間が経てば、ジョンストン島を攻撃した日本軍がハワイを襲撃するかもしれない、と警戒するだろうから。


「発艦はできるが、数時間後の帰還、収容が怪しい……そういうことだな、艦長?」

「はい。……もちろん、これが通り雨で、案外降りられるかもしれませんが」


 雲が厚く、たとえ雨でなくても、艦隊を見失いやすい条件が揃っている。母艦にしろ、艦載機にしろ、電探を搭載しているのだが、ここはやはり隠密部隊である。敵に察知される可能性を極力下げる必要がある以上、こちらからの電探使用は控えざるを得ない。


 一応、電波とは別に魔力式の索敵装置はあるが、母艦側はともかく、航空機側が完全に対応できていない。つまり、機位を喪失して迷子になる機を完全には防げない。


 だが、山口が気にしているのは、そこではなかった。

 一度攻撃隊を放ったら、以後は艦載機なし、戦力外となるのをよしとするか。あるいは今後の作戦展開が可能なように、艦載機収容にこだわるか、の二択である。


「一回に全てを賭けて放てば、以後、マーシャル諸島攻略戦にも加われなくなるが……」


 山口は考え込む

 母艦への帰還を考えず、攻撃を優先して真珠湾を叩く。艦載機の空母への収容を考えなければ、母艦側は発艦作業後、すぐに離脱もできる。


 だがそれは、以後の作戦参加もできず、八航戦は内地に引き返すしかなくなってしまう。

 しかし攻撃できず、敵太平洋艦隊の出撃を許すようなことになれば、以後の戦いには参加できるだろうが、自軍にも相応の損害の可能性を覚悟しなくてはならない。


 打って出て、太平洋艦隊を動けなくするほうが、貢献度は高いか――山口は決断した。


「艦長、攻撃隊の発艦作業を始めよう。攻撃隊は、母艦には帰らず、内地へ転移離脱をさせる」

「はっ!」


 Y部隊は動き出した。母艦に戻らないと聞くと、片道出撃の自殺攻撃じみて聞こえるが、八航戦航空隊、いや奇襲航空隊に限ればそうではない。


 九九式艦上戦闘爆撃機、二式艦上攻撃機は、奇襲戦術特化の機体上、遮蔽装置が搭載されている。だがこれは、異世界人を始め他国には渡したくない技術である。

 敵の手にこれらの装置が鹵獲されないよう、魔技研に関わる武本重工業製航空機には、転移離脱装置が積まれている。


 つまり、敵の手に渡さないよう、いざとなれば転移離脱で逃げることができるのだ。行き先は九頭島ではあるが、敵地で被弾し、帰還不能になっても転移離脱できれば、救助も回収も可能になる。


 ただでさえ搭乗員不足の今の日本海軍にとっても、転移離脱装置の普及は急がれている。潜水型空母群である奇襲航空隊は、偵察飛行隊と同じく最優先で装備されていた。


 空母『応龍』『蛟竜』『神龍』は浮上後、ただちに発艦作業にかかる。魔式レールカタパルトも併用し、全航空機を出す。


 真珠湾という攻撃対象に対して、こちらの手持ち空母は3隻のみ。やろうと思えば機体がどれだけあろうとも足りるということはない。やれる限りで、最大の攻撃力を叩きつける。


「攻撃隊を出したら、我々はしばらく暇になってしまうな……」


 山口は独りごちた。艦載機のない空母など、ただでデカい箱である。本音を言えば、今回の一回だけでなく、マーシャル諸島攻略戦でも活躍したかった。しかし、航空機がなくては、どうしようもない。


「通信長、マ式通信にて発信。我、片道攻撃にて攻撃隊を出す。帰還は九頭島――以上」


 これで、U部隊にも第二機動艦隊にも、八航戦が、この攻撃に全てを出して、あとは戦闘能力がないのがわかるだろう。そして九頭島のほうでも、艦載機受け付けの用意がされるはずだ。


 百機以上の航空機が転移してくるとなれば、受け入れる九頭島としても、事前通告が必要であろう。


「しかし、転移離脱は便利だが、もっと別の戦地に近い場所だといいのになぁ」

「そうですね。今だと、トラックの飛行場とか?」


 市井が言えば、山口は頷いた。


「それがいいな。まあ、今回は場所が場所だから無理だが、例えば少し下がったところに転移して、そこから飛んで母艦に戻ってこれるといいな」

「……初めから母艦近くに転移したほうがよいのでは?」

「それな!」


 山口は手を叩いた。


「だが、敵の目を逃れて母艦が潜っていたり、機動艦隊なら敵攻撃隊と交戦している場合もあるからな。その場合、転移離脱した機が戻ってきても、収容作業ができないかもしれん」

「なるほど」


 感心する市井である。戻ったら神明と樋端に相談してみよう――山口は思う。その間に、発艦準備完了の知らせが艦橋にきた。


「よし、攻撃隊、発艦始め!」


 目標、真珠湾!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・瑞龍型空母:『応龍』

基準排水量:2万3000トン

全長:250メートル

全幅:29メートル

出力:16万馬力

速力:35ノット

兵装:12.7センチ連装高角砲×8 20ミリ連装機銃×28

航空兵装:カタパルト×5(格納庫×2) 艦載機72機

姉妹艦:『瑞龍』『蛟竜』『神龍』『白龍』『赤竜』『翠龍』

その他:帝国空母群の主力を形成する中型空母をサルベージ、潜水型空母として大改装した。潜水航行可能なように手が加えられ、艦載機の高速射出からの奇襲航空戦術の母艦として運用された

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る