第276話、攻撃目標、真珠湾軍港


 Y部隊の3隻の空母から発艦した航空機は、211機。


 瑞龍型航空母艦が、基本72機を搭載しているから、ほぼ全力出撃である。機体構成は九九式艦上戦闘爆撃機、二式艦上攻撃機が半々。空中警戒機として彩雲が3機つく。


 各空母、視認距離からの発艦のため、空中での集合は容易であり、全機が遮蔽装置を展開して、ハワイ・オアフ島めがけて飛び立った。


 曇天の中、八航戦の潜水型航空母艦と護衛艦は、潜航、海域からの離脱を図る。悪天候により、攻撃隊の収容が不可能になると予想され、それならば空母には戻らないと決めたためだ。

 航空機は、攻撃後に転移離脱装置で内地――九頭島へ帰還の予定である。


『応龍』攻撃隊指揮官、梶山すぐる少佐は、出撃前の山口多聞中将とのやりとりを思い出していた。



  ・  ・  ・



「広く浅く作戦である」


 山口中将は言った。


「目標は、真珠湾の敵艦船と、燃料タンクならびに工廠施設である。それ以外のものは無視してよい。飛行場も無視だ」

「航空機も無視ですか?」


 梶山は問うた。奇襲航空隊である八航戦の航空機は全機が遮蔽装置を搭載しているから、敵の電探も発見できず、目視による見張りも、かなりの確率で回避可能だ。

 もちろん、絶対ということはないが、少なくとも敵が待ち伏せしているということはなく、飛行場に駐機されている敵機も地上撃破できるだろう。


「二度も三度も反復できるなら、飛行場は攻撃目標にもなるが、攻撃は一回のみだ。友軍の後続機があるわけでもなく、艦隊への反撃の心配は無用だから、上空警戒に上がっている直掩機以外は、放置でいい」


 なるほど、と梶山は理解した。確かにそれなら、敵艦船、基地施設を狙ったほうがいい。どうせ真珠湾の航空機を叩いたところで、マーシャル諸島攻略作戦には何ら影響をもたらさないからだ。

 そもそも、今回の真珠湾奇襲は、異世界帝国太平洋艦隊が、マーシャル諸島救援に出てこられないようにダメージを与えるのが目的である。


「しかし、広く、浅くですか……」

「うむ。樋端によれば、どうせ真珠湾軍港で敵戦艦や空母を沈めても、再生されてしまうから、撃沈にこだわる必要はないそうだ」


 連合艦隊航空参謀の樋端中佐が言い出したことらしい。海軍界隈でも、天才、秀才などと言われている男の発案だという。


「……それで、敵艦1隻に対して1個小隊のみの攻撃なんですね」


 艦攻隊の、敵艦船攻撃の割り振りについて、八航戦司令部はそう指定した。1隻につき3機が対艦攻撃をかけた場合、巡洋艦や駆逐艦などは撃沈できるだろうが、戦艦や空母は大破させられても沈められない可能性が高いのだ。


「ただ、中破や大破の艦艇もどうせ修理されてしまいますよね?」

「だから、広く浅くだ。修理する艦が増えれば、いかに真珠湾の施設と言えど、全てを同時に修理作業はできん。修理待ちの艦は、その間、一線級の任務には使えない」


 下手に沈めれば、諦めもつくが、なまじ修理できるとなると放棄は難しい。第一機動艦隊の参謀長である神明少将曰く、第一次トラック沖海戦での敗戦で、連合艦隊の損傷艦の修理と改装は、いかに魔核再生を用いても多数の順番待ちを発生させたと言った。


「そこで活きてくるのが、工廠施設への攻撃だ。修理用の施設が破壊されれば、敵もまたそこから直さないといけなくなる。ますます損傷艦の修理が遅れるという寸法だ」


 ついでに艦隊を動かす燃料タンクを多数破壊すれば、真珠湾在泊艦艇の行動にも制限が与えられる。少なくとも、日本軍がマーシャル諸島の攻略を済ませるまで、出てこれなくなるだろう。


「俺としては、オアフ島の艦艇はもちろん、飛行場も電探基地も全部破壊したいところだが、こちらの空母は三杯しかない。それでやれるだけやろうというのだ。……攻撃したら、さっさと島を離れて、転移離脱を使って九頭島に下りろ。欲張ることはない。犠牲は出すな。全員無事に戻ってくることを祈っておる!」



  ・  ・  ・



 真珠湾軍港。ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令部は、昨夜から騒がしかった。

 日本軍と思われるジョンストン島の襲撃。連絡が取れず、偵察機を派遣することになっていたが、早朝に、それとは別件の緊急報告が上がってきたのだ。


『ミッドウェーに、アメリカ軍が大挙出現! 上陸部隊を伴っている模様!』


 ここ最近、米海軍の空母部隊による空襲が二度に渡って行われていた。ムンドゥス帝国サイドとしては、米本土より多数の輸送船を伴った艦隊が出撃したという情報を掴んでいたため、日本軍のマーシャル諸島攻略を囮に、ハワイ奪回を仕掛けてくる可能性を警戒していた。


 ヴォルク・テシス大将は、海図台を見渡す。


「船団の目標は、ハワイではなく、ミッドウェーだったか」

「意外に無難でした」


 テルモン参謀長は言った。


「さすがにアメリカ軍も、いきなりハワイを狙うという無謀はとってこなかったということですな」

「一度それで失敗しているからな」


 第二次ハワイ沖海戦で、米軍は帝国太平洋艦隊の出現に面食らって、さっさと退却した。あれで米軍も、ハワイの単独攻略は難しいと痛感したのだと思う。

 先日、情報部のもたらした米軍船団の規模から見て、ミッドウェーをハワイ攻略に向けて拠点化すると思われる。


 マーシャル諸島を日本軍、ミッドウェーをアメリカ軍が奪回することで、ムンドゥス帝国太平洋艦隊の出撃を牽制するつもりなのかもしれない。


 どちらかを叩こうと出撃すれば、もう片方がハワイを攻撃したり、あるいは挟撃を仕掛けてくるかもしれない。

 それが嫌ならば、日本軍がマーシャル諸島にかかっている今、ミッドウェーに艦隊を出撃させて、即時叩いたほうが各個撃破を狙えるかもしれない。今なら、日本軍は、ミッドウェーの米軍を支援している余裕はないだろうから。


 その時、ズン、と震動を感じた。カップの中のコーヒーが波紋を作る。遠くから爆音が聞こえたような――


「?」


 参謀たちも、違和感に動きを止める。真珠湾軍港を見渡せる窓へと視線を向ければ、爆発とおぼしき炎と黒煙が上がるのが見えた。

 作戦室に兵が飛び込んでくる。


「報告! 真珠湾上空に敵機出現! 在泊艦艇が攻撃を受けています!」

「なにっ!?」


 テルモンが目を剥いた。


「敵だと!? 侵入を許したというのか! レーダーは何をしていた?」


 その間にも、真珠湾軍港の中央にあるフォード島に繋留されている戦艦や巡洋艦が敵の攻撃を受けて爆炎が広がっていく。

 無数の航空機が飛び回り、被害は拡大する。


「敵は、日本軍です!」


 日の丸をつけた航空機が我が物顔で真珠湾軍港に侵入し、積んできた爆弾を投下した。

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