第277話、真珠湾軍港、炎上
第八航空戦隊の攻撃隊211機は、それぞれの攻撃目標に突撃した。
フォード島の周りに停泊している異世界帝国の戦艦や重巡洋艦に、二式艦上攻撃機が対艦誘導弾を放つ。
「一小隊あたり、一隻っと」
艦攻各小隊長は、まだ攻撃されていない敵艦を探し、見つければそれに対して攻撃を命じた。
先頭で突っ込んだ中隊が二列で係留されている敵艦の手前列を吹き飛ばせば、島に挟まる形で奥にいる艦に向けて、後続小隊が攻撃する。
もし魚雷だったなら、奥に並んでいる艦を狙えないが、空中を飛行する誘導弾ならば、フォード島側に回り込んでの攻撃も可能だ。
もっとも、魚雷は真珠湾では、最初から使えなかったが。
何せ、軍港内の水深は十二メートルほどしかなく、通常の方法で魚雷を投下すると、海底に刺さってしまうからだ。
幻となった対米戦構想時の真珠湾攻撃では、浅海でも使える魚雷の改造だったり、上空から大型爆弾を落とす水平爆撃を使おうと研究されていた。しかし、今は誘導弾があるため、その命中率も高く、地形や配置の影響も少ない。
一部の九九式艦上戦闘爆撃機が、オアフ島上空の直援機と交戦している。しかし、その数は少なかった。
異世界帝国軍は、島にレーダー施設を多数配置し、侵入機を監視しており、発見次第スクランブルできる態勢がとられていた。
だが肝心のレーダーが『探知できなかった』ため、緊急発進が間に合わず、日本軍機の奇襲を許したのだ。
慌てて迎撃機が飛び上がるが、その頃には九九式戦爆隊が、500キロ誘導爆弾を油槽地帯にある燃料タンクに叩き込んでいた。さらに、海軍工廠、修理用ドックにも爆弾やロケット弾が撃ち込まれて、被害は拡大する。
爆発が連鎖し、辺りは炎と毒々しい黒煙が大量に棚引いていた。周囲の視界が悪くなり、異世界帝国側の戦闘機も、日本機を探すのに手間取る。
その日本機にしても、攻撃したらさっさと離脱して、転移しろと命じられているため、煙による視界不良での事故を避け、さっさと転移離脱した。
襲来した時と同様に消える八航戦航空隊。防空隊側は、消えたと思わず、立ち上る煙で見失ったと誤認した。それだけ、真珠湾上空の視界は急激に悪くなっていたのだ。
「――カウントできましたか?」
空母『神龍』航空隊所属の彩雲が、遮蔽装置を使って飛行しながら、真珠湾上空を周回していた。
操縦士の声に、
「できたと思うが二重確認は無理だな。もう見えない」
味方航空隊の戦果確認と、異世界帝国軍の反応を見ていた時任ら、彩雲偵察機である。
「見たところ、戦艦10隻が被弾。損害としては中破程度。さらに1隻の爆沈を確認。正規空母は3隻中破、軽空母4隻を撃沈。重巡洋艦5、軽巡洋艦3、工作艦ないし補給艦5、駆逐艦3隻を撃沈破……」
「……うわぁ」
操縦士が困惑の声を上げた。おそらく時任のカウントについていけなかったに違いない。
――『応龍』と『蛟竜』の彩雲の観測と照らし合わせれば、正確な値は出るだろう。
時任はメモをつけると、今一度、眼下を見下ろした。
占領はしないので、アヴラタワーは放置してある。しかし地上施設は、油槽地帯の爆発炎上による黒煙のせいで、細かな確認が難しい状態にあった。
「あれでは、消火するのも大変そうだ……」
一撃だけでなく、後続部隊があって、さらに陸軍もいたら、そのままハワイを攻略できるのではないか、と思った。
が、それもわずかな間だった。炎上する真珠湾軍港に、ハワイ中の飛行場から多数の戦闘機が駆けつけてきたのだ。
あくまで軍港をやっただけで、飛行場は手つかず。攻略しようと思ったら、この程度では難しい、と、時任は首を振る。
「お……!」
「どうされました、中尉?」
「今も奴らが使っているかはしらないが、太平洋艦隊司令部のあった場所だ」
燃料タンクが置かれた油槽地帯にほど近い場所にあるそれは、黒い西洋の城のような巨大建物となっていた。しかし近くのタンクの爆発のあおりを受けて、被害が出ているようだった。爆風で、そちら方向の窓ガラスはほぼ全て割れているに違いない。
「真珠湾に限れば、被害は甚大だな。……よし、我々も離脱する!」
転移離脱装置に触れ、発動。次の瞬間、真珠湾上空から彩雲は消え、彼らを内地にほど近い九頭島へと飛ばした。
・ ・ ・
「どうしたことだ、これは……」
テルモン参謀長は、茫然自失だった。
燃料タンクは吹き飛び、油槽地帯は有毒な煙がもうもうと噴き上がっている。軍港を見渡せば、こちらもまた炎上する帝国太平洋艦隊の艦艇が多く見えた。戦艦も多数が被弾し、巡洋艦や軽空母には沈没艦が相次いだようだ。
ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令部は、司令部建物から、手前の潜水艦基地へと移動した。ここは被害を受けなかったからだ。
なお、この潜水艦基地は、現アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官、チェスター・ニミッツが、少佐時代に設営したものだったりする。
「手酷くやられたものだ」
司令長官、ヴォルク・テシス大将は、いつものように落ち着き払っていた。参謀たちが動揺を隠せない中、すでに最低限の指示を出し終わり、今後について考えを巡らす。
「見えない空母は、どうやらその艦載機も見えないようだ」
「は……?」
グレガー作戦参謀が首を傾げる。テシスは告げた。
「レーダー基地は、日本機の襲来を探知できなかった。レーダーの目を掻い潜るにしても、爆撃されるまで反応できなかったことを考えれば……あながち、絵空事とは思えないだろう?」
「見えない航空機、ですか……。しかし、それはあり得ないのでは」
作戦参謀は腕を組んだ。
「実際、攻撃されている時、日本機の姿は見えていました。仮に見えない航空機だったとしても、集団で運用は難しいのではないでしょうか。見えないということは味方との空中衝突の可能性も高まります」
「そうだ。現実を見れば、実用化しても運用は困難だろう。しかし、日本人は何らかの手段で克服したのかもしれない。……たとえば、彼らが使う魚雷は、他国では実用化できず諦めた純酸素を用いた酸素魚雷だという。そういう独自に工夫する術を日本人は持っているのだろう」
「しかし……」
「上空を飛んでいる戦闘機のパイロットたちに聞いてみるといい。彼らは日本機を見たか、と」
テシスは口元に笑みを浮かべた。離脱する敵機を見た者はおそらくいないだろう。
「検討は必要だがな。とりあえず、使える艦と設備の確認と再編成だ。今すぐ日本軍は攻めてこないだろうが、すぐに動けるようにしておく」
「日本軍は攻めてこない、ですか?」
「アヴラタワーが無傷だからな」
テシス大将は、窓から見える塔を指さした。
「さらに攻撃の意思があれば、あれを破壊しない手はない。彼らは当面、ハワイに攻撃してこない」
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