第173話、空母群 対 基地航空隊


 アメリカ海軍第五艦隊――51任務部隊は、ハワイ航空隊と交戦していた。


 米海軍としては、ハワイの航空戦力の脅威は、かつての陸軍飛行場のヒッカム、ホイーラー、そして海兵隊のエヴァ航空基地と見ていた。


 だが、異世界帝国軍はハワイ占領後、施設を再整備した。カネオエ海軍航空基地、フォード島の真珠湾海軍航空基地、ベローズ陸軍飛行場も、多数の航空機が常時稼働する拠点となっていた。

 多数のヴォンヴィクス戦闘機やエントマ迎撃機などの空母艦載機が陸上飛行場より飛び立ち、米空母群攻撃隊を迎え撃つ。


 ずんぐりした空飛ぶ熊ん蜂のようなF6Fヘルキャット戦闘機が、ヴォンヴィクスやエントマと激しく火花を散らす。

 装備されたブローニング12.7ミリ機銃6丁の雨あられが、異世界戦闘機を穿ち、空中でバラバラに飛散させれば、ヴォンヴィクス、エントマも12.7ミリ機銃4丁、そして光弾砲で反撃する。


 F4Fワイルドキャットで確立した頑丈さにさらに磨きをかけたF6Fは、敵機銃弾の直撃を受けても中々火を噴かない。その重量をもってしても最高時速600キロを叩き出す高出力エンジンに、操縦性のよさは、米海軍パイロットたちを異世界帝国戦闘機と互角以上に対抗させた。


 しかし油断は禁物だ。いかに防弾装甲で強化されていても、異世界帝国戦闘機の光弾砲の直撃までは防ぎきれない。頑丈さと引き換えの後方視界の悪さを突かれて、忍び寄った敵機の光弾に、あっさり吹き飛ばされる機体もあった。


 石つぶてのように落ちていく戦闘機を尻目に、ドーントレス艦上爆撃機、TBFアヴェンジャー雷撃機が、ハワイ飛行場を襲撃する。

 かつての自分たちのホームグラウンドを攻撃するというのは、パイロットたちを複雑な気持ちにさせたが、躊躇う者はほとんどいなかった。


 何故ならば、敵に占領される当時のパイロットは、今の米海軍にほとんどいなかったからだ。かつて勤務し転属によって離れた者もいたが、開戦からこっち当時の多くのパイロットは名誉の戦死者の列に加えられていた。今の太平洋艦隊のパイロットたちは、開戦以後、正義感に突き動かされて志願した若者たちが大半だったのだ。


 ドーントレス、TBFアヴェンジャーが、復讐とばかりに異世界帝国兵器や施設を爆撃していく。地上からの対空射撃や、戦闘機の迎撃を抜けてきた敵戦闘機が、一太刀を浴びせるように突っ込んできて、火線に絡みとられた機が撃墜されていく。



  ・  ・  ・



 攻撃隊がハワイの飛行場を攻撃している頃、第51任務部隊も、敵爆撃機の逆襲を受けていた。


 空母艦載機であるミガ攻撃機もあるが、陸軍基地があるだけあって双発爆撃機なども米艦隊に迫る。


 上空直掩のF6Fヘルキャットが迎撃する中、敵もヴォンヴィクス、エントマなどの戦闘機が攻撃機の守りについていて、ここでも激しい空中戦が展開される。

 そしてそれでも向かってくる敵攻撃機に対して、51任務部隊の各艦も対空戦闘を開始する。


 駆逐艦に搭載されている12.7センチ砲は、米海軍のそれは高角砲としても使える両用砲となっている。戦前の他国――たとえば日本海軍の特型駆逐艦などとに比べて、格段に迎撃能力は高い。


 巡洋艦、そして空母も、高角砲を振りかざし、接近する敵編隊に両用砲を発砲する。

 空母『サラトガ』を旗艦にするフランク・J・フレッチャー中将は、対空戦の様子を見やり、顔をしかめた。


「こちらの想定より、敵の戦力は大きいか……?」


 今のところ、戦闘機隊は、異世界帝国機をよく阻止している。艦隊の懐近くまで踏み込んできた敵機もいたが、高角砲を掻い潜ったところに多数の機銃によるお出迎えを受けて被弾、海面に落ちていく。


「さすが真珠湾の防備というところでしょうか」


 航空参謀が言った。


「ハワイは、異世界連中にとっても太平洋における重要拠点です。奴らもまったく手薄というわけではないでしょう」

「ふむ……。敵太平洋艦隊の主力は、日本海軍が撃滅した。それもあって、戦力が再配分されていないうちにハワイを叩けとなって、我々がやってきたわけだが……」


 フレッチャーは顎に手を当てる。


 米海軍太平洋艦隊の本音を言えば、この時期にハワイ攻略作戦が実施されるとは思っていなかった。

 それもこれも、フレッチャーの言う通り、太平洋戦域において一番強大な異世界帝国の太平洋艦隊が壊滅したからだ。


 まさか日本海軍がそこまでの大勝をするなど想定になく、今なら真珠湾は留守ではないかと判断したアメリカ合衆国は、大西洋艦隊からの新鋭艦を一時的に太平洋に回してでも、ハワイ攻略を決定した。


 兵力移動も慌ただしければ、船団と上陸する海兵団の準備も急ピッチで進められ、今に至る。

 真珠湾奪回は、本土での戦いにおいても停滞している戦線や国民士気を回復させる効果も期待はできるが、慎重なフレッチャーとしては不安を抱えていた。急ぎすぎではないか、と。


 確かに今は有力な敵もハワイにいない。叩くなら、今をおいて他にないと思う気持ちもわかる。だが、きちんと敵情を把握した上での行動なのか。勢いに任せて、大事なことを見落としているのではないか、とフレッチャーは感じていたのである。


「左舷、敵アタッカー、突っ込んでくる!」

「対空機銃、撃ち落とせ!」


 艦長が叫ぶ。リングを形成するように空母の周りを囲む駆逐艦の壁を超えて、敵機が迫る。この際、空母側にできるのは、敵機を撃墜するか攻撃を諦めさせるかしかない。艦隊運動は御法度。隊列の乱れによる、防空網の乱れ、そこから敵機の進入を許せば、もはや防ぎようがない。

『サラトガ』に向かってくる敵機が40ミリと20ミリの機関砲弾幕に当たり、海に落ちて水柱となった。


 フレッチャーは一息つくが、異世界帝国機は着実に防空網をこじ開けつつある。


「『グレートブリッジ』被弾! 甲板に火災!」


 やられた。51任務部隊を構成する空母の1隻が、敵爆撃機の爆弾に当たった。空母を爆撃して離脱するミガ艦上攻撃機だが、離脱しかけたところをヘルキャットに追いつかれて撃ち落とされる。


 敵討ちにはなったが、空母が被害を受けてしまった後では、せめてもの慰めにしかならない。

 状況は何とも言えない。護衛の駆逐艦にも被害が出ており、炎上、脱落していく姿も見える。


「右舷より、雷跡3! 衝突コース!」

「なにぃ!?」


 敵機が特に飛び込んできたわけではない。しかしいつの間にか放たれていた魚雷が、『サラトガ』に迫り、うち2本が右舷後部に命中、巨大な水柱を突き上げさせた。あまりの衝撃に投げ出さそうになるのを、フレッチャーは何とか耐えた。


 しかし全長270メートルの大型空母は、ガクリと力が抜けたように、その足が完全に止まってしまった。

 そしてレーダー員が叫んだ。


「左舷前方より、大規模な航空機の大編隊を捕捉! 敵の第二陣と思われます!」

「左舷方向、だと……?」


 フレッチャーは愕然とした。それは進軍するハワイ方向とは別の存在から放たれた航空隊であることを意味したからだ。


 悪い予感は当たった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・グレートブリッジ級空母:『グレートブリッジ』

基準排水量:2万3000トン

全長:250メートル

全幅:35メートル

出力:15万馬力

速力:35ノット

兵装:38口径12.7センチ単装両用砲×8 40ミリ四連装機関砲×8 20ミリ機銃×26

航空兵装:カタパルト×2 艦載機84~96機

姉妹艦:『スプリングフィールド』

その他:日本海軍からアメリカに貸与された高速空母。オリジナルは、異世界帝国のアルクトス級中型空母。同軍では中型だが、地球側の空母としては大型正規空母クラス。日本海軍から貸し出された後、細かな武装などを米軍仕様に改装された上で使用されている。

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