第174話、第五艦隊、敗れる


 第五艦隊第53任務部隊――ウィリス・A・リー少将率いる水上打撃部隊は、異世界帝国ハワイ駐留艦隊と砲撃戦を展開していた。


 戦力で優位に思われ、レーダー射撃により敵艦隊を追い詰めつつあったアメリカ戦艦群だったが――


「前方より、新たな艦隊が出現! だ、大艦隊です!」


 旗艦『ワシントン』は騒然となった。水平線上に現れたその艦隊のシルエットは、異世界帝国での標準型戦艦タイプA――オリクト級戦艦と、タイプB、ヴラフォス級戦艦を中心に多数の巡洋艦、駆逐艦を引き連れたものだった。


「これは……まさか、敵太平洋艦隊の主力だとでもいうのか!?」


 オリクト級戦艦8隻、ヴラフォス級戦艦8隻、重巡洋艦、軽巡洋艦合わせて30隻、駆逐艦はその倍という数は、充分に主力艦隊と呼ぶに相応しい規模であった。


「敵主力は、日本海軍が全滅させたのではなかったのか!?」


 現れるはずのない異世界帝国の大艦隊に、合衆国将兵はショックを受けた。


「提督!」

「全艦、戦闘を切り上げ、直ちに反転。戦域を離脱する!」


 リーは、素早く決断した。今のままハワイ駐留艦隊との交戦を続けていれば、敵大艦隊から逃げられなくなる。


 ざっと見ただけで敵戦艦は10隻を超えていて、しかも半数は40.6センチ主砲を搭載型のタイプA戦艦。敵の最大速度は27ノット前後あり、それは旗艦『ワシントン』とほぼ同じ速度だ。一度、砲戦距離に捕捉されれば、追いつかれることはないが振り切ることも難しい。


「51任務部隊、フレッチャー中将に連絡。『我、戦艦十数隻を含む敵大増援艦隊と遭遇せり。ただちに作戦を中止し、撤退が妥当と認む』」


 まともに戦えば壊滅する。それだけの戦力差があるのだ。もはやハワイ攻略どころの話ではない。


 戦艦『ワシントン』『サウスダコタ』『ネブラスカ』『オレゴン』『バーモント』『ノースダコタ』は反転、接近する異世界帝国の大艦隊から離れる。巡洋艦部隊も、ハワイ駐留艦隊巡洋艦部隊との交戦を中断して撤退にかかった。



  ・  ・  ・



 ムンドゥス帝国太平洋艦隊、暫定旗艦であるオリクト級戦艦『ボレモス』。その司令塔で、新太平洋艦隊司令長官となったヴォルク・テシス大将は、その獰猛なる顔に薄い笑みを浮かべた。


「中々、素早い判断だな」

「長官、敵は我が方との交戦を恐れ、逃げ出しました」


 参謀長を務めるテルモン少将が、小馬鹿にするような調子で言った。眼鏡をかけた痩身の参謀長のテルモン。長官席に座るテシス大将は笑みを深める。


「この大戦力を見て、正しい判断だよ。彼我の戦力差を見極め、整然と反転した。よく統率がとれている指揮官だ」

「はあ……」

「何にせよ、駐留艦隊はよくハワイを守り切った。間に合ってよかった。……いや、それは敵にとってもそうかな?」

「と、言いますと?」

「なに、奴らの上陸部隊が、ハワイに乗り込んでいるタイミングだったなら、彼らは逃げることもできずに、我が艦隊に全滅させられていただろう」


 テシスの言葉に、テルモン少将は片方の眉を吊り上げた。


「なるほど。それは敵にとっても幸運でしたね」


 再建され、勇んで乗り込んだハワイで、文字通り全滅する――アメリカ海軍にとっては、最悪の知らせとなっていただろう。


「敵は逃げ出しましたが、我々は如何致しますか? 当初の予定通り、真珠湾に入港ですか?」

「燃料には余裕があるだろう? いましばらく、奴らを追撃しようではないか」


 テシスは寄港せず、追撃を選んだ。参謀長は資料に目を通す。


「敵の戦艦、ノースカロライナ級、サウスダコタ級は27、8ノットの高速艦。残りの4隻の資料はありませんが、同じくらいの速度を出せるようです。……オリクト級の足では、追いつけませんが……」

「引き離せもしないさ。我々は、適当なところまで追いかける。……もしかしたら、まだ一戦、可能性があるからな」


 先にアメリカ空母群に放った攻撃隊がある。新しい太平洋艦隊に配備され、今回やってきた空母は、リトス級大型空母2隻、アルクトス級高速中型空母6隻を主力に、グラウクス級軽空母が12隻である。


 うち、リトス級とアルクトス級から発艦した第一次攻撃隊が、合衆国艦隊を痛打しているだろう。その戦果次第では、交戦の可能性は皆無ではなかった。



  ・  ・  ・



 第二次ハワイ沖海戦は、アメリカ軍に攻略を諦めさせ、撤退させた時点で、ムンドゥス帝国の勝利とみてよいだろう。


 第五艦隊は、その戦艦群を喪失することなく8隻すべてが、サンディエゴに帰投したが、空母は10隻中5隻を失った。


 空母群旗艦である『サラトガ』は、対空戦闘の最中に仕掛けてきた潜水艦の雷撃により航行不能の損害を受けたのち、飛来したテシス大将の太平洋艦隊航空隊によってトドメを刺された。第五艦隊指揮官であるフレッチャー中将は負傷したが、救助された。


 他『グレートブリッジ』、『インディペンデンス』が航空攻撃によって撃沈。『エセックス』『スプリングフィールド』は甲板を叩かれ、火災を発生させる規模の被害を被ったものの、離脱に成功した。


 そして上陸部隊の護衛を務めていた第52任務部隊の5隻のカサブランカ級護衛空母だが、こちらは新太平洋艦隊の第二次攻撃隊の攻撃を受けた。


 小型の空母での運用を考えられたF4Fワイルドキャットの軽量型戦闘機FM-2が、異世界帝国軍攻撃隊に立ち向かったが、阻止しきれなかった。


 紙のような軽装甲の護衛空母は、狙われたら最後、たちまち大破、炎上し、3隻が海の藻屑と化した。護衛の戦艦『コロラド』『ニューメキシコ』が対空戦闘を展開したが、輸送船にも被害が続出し、退却を余儀なくされた。


 かくて、痛手を負ったアメリカ合衆国太平洋艦隊は、またも再編成と戦力回復に務めねばならなくなった。

 まだしばらく増援はないだろうと思われた異世界帝国太平洋艦隊の出現により、アメリカによる太平洋進出は、まだしばらく先になるだろう。


 ハワイへの着任早々、テシス大将率いる異世界帝国太平洋艦隊は、勝利を得て、幸先のよいスタートを切った。

 与えられた戦力は、新型が配備された際に編成を外れた旧型主体の寄せ集めだったが、それでもほぼ無傷の完全勝利と言える。


 そしてそれは、太平洋で睨み合う日本海軍にとって、非常に厄介な敵の登場にもなった。

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