第175話、増える懸念材料
アメリカ太平洋艦隊、ハワイ奪回に失敗する――!
この報告は、日本軍にも衝撃をもたらした。
中部太平洋海戦で、異世界帝国太平洋艦隊を撃滅し、太平洋から敵はいなくなった。仮に異世界軍が、太平洋艦隊を再建するにしても、どれほど急いでも半年から一年は掛かる――連合艦隊司令部では、そう予想を立てていたのだが。
「一カ月も経たないうちに、もう戦艦、空母十数隻も補充するとか……異世界帝国の軍備は底なしなのか」
黒島亀人先任参謀は、ため息をついた。
かなり都合のいい想像だったと言わざるを得ない。世界を同時に相手にする規模の軍隊である。展開する現在の戦力以上の予備を、敵はまだまだ隠し持っているに違いない。
連合艦隊司令長官、山本五十六大将は腕を組み、静かに言った。
「中部太平洋海戦は、あの規模にしては損害は少なく乗り切った。だが直後のマリアナでの作戦、トラック駐留艦隊の交戦で、それなりに消耗した」
「幸い、インド洋に展開しようとしていた第一機動艦隊を差し引いても、何とか互角にやり合えるだけの戦力はあります」
「フネの数では、な。しかし、そのフネを操る人材、そして航空機の搭乗員の不足は解消されたわけではない」
先の海戦により、潜水回収艦隊は、撃沈した敵太平洋艦隊の軍艦、トラック沖でのかつての日本艦艇を回収した。
その数は膨大であり、もし全部を戦力に組み込めるならば、戦艦30隻以上、空母25隻、巡洋艦60隻、駆逐艦100隻近くが新たに加わり、またも連合艦隊の戦力は倍増する。
だが、現実にはそれらの艦艇すべてを養うに足る人材も資材も不足している。故に、いざという時の予備兵力にするか、あるいは予備資材として活用するなどが考えられた、少なくとも戦力として組み込む分は、厳選されることになるだろう。
米太平洋艦隊を撃退した新・太平洋艦隊と、互角ということは、決して油断できない相手ということだ。ひとつの大敗が、日本の危機に繋がるかもしれない。
黒島は言った。
「厄介なことに、太平洋艦隊の存在が、こちらの南太平洋進出案にとって完全な害となったということです」
渡辺戦務参謀も頷いた。
「トラックの安全を確保するため、ニューギニア方面へ、そこからさらに南下……しかしその間に、ハワイから中部太平洋、あるいは内地を襲撃される可能性が出てきたということですからね」
軍令部は、内地を襲撃されることを警戒し、南進を認めないだろう。実際、連合艦隊としても、有力な敵がハワイにいないなら、という条件のもとニューギニア、オーストラリア方面への攻撃を考えていた。
いかに連合艦隊といえど、横腹を殴られる可能性がある状況でトラックより南への進出は難しい。
「これはいっそ、ハワイを攻略したほうがまだマシかもしれませんね」
黒島は憮然とした表情になる。敵太平洋艦隊を再び海の藻屑と変え、ハワイを攻略する。そうすれば、今度こそ南へと進出できよう。
渡辺は首を傾けた。
「陸軍は、ハワイ攻略を渋るでしょうね」
大陸を突き進む異世界帝国陸軍を防ぎ、撃退したい。そのために、インド洋での作戦に海軍――連合艦隊の協力を要請してきた。
山本は口を開く。
「陸戦のことはわからんが、魔技研の協力で行われるウェーク島での捕虜獲得作戦が成功すれば、陸での戦いもまた劇的に変わるかもしれない」
「例の、異世界人は地球の環境では生きられないという説ですか」
黒島は眉を動かした。
「確かに、それが事実なら敵は弱点を抱えて戦っていることになります。そしてその弱点をつく戦い方ができるなら、陸軍も今より戦力を少なくしても戦えるようになるかもしれません」
何せ弱点である生命維持装置を破壊すれば、周辺の異世界人が勝手に死んでくれるのだ。装置だけ狙い撃てるならば、敵の撃退、殲滅も、人間の軍隊を相手にするより楽になるかもしれない。
「しかし、ウェーク島攻略が、思いの外、重要になるかもしれません」
黒島は太平洋の地図を見つめる。
「アメリカさんは、ハワイ攻略に失敗。これにより我々がウェーク島を占領しても、言い訳が立ちます」
中部太平洋の警戒のためにウェーク島は必要だ。そもそも貴国がハワイを奪回できなかったせいで、警戒網が必要になったのだ――と。
「場合によっては、ミッドウェーも――」
「それはハワイから近すぎる」
山本が釘を刺した。
「こちらが艦隊でミッドウェーを攻めれば、敵主力も出てくる。十中八九、艦隊決戦となろう」
「いっそ艦隊決戦を仕掛けるのも手では?」
黒島が言ったその時、宇垣纏参謀長と諏訪情報参謀が入ってきた。黒島は構わず、山本に言う。
「まだ第一機動艦隊をインド洋に向かわせる前です。第二艦隊がトラックを攻略中ではありますが、第一艦隊と、第三艦隊の空母戦力、奇襲の第七艦隊があれば、それも可能かと」
「第一機動艦隊と第一艦隊で、どこを攻撃するつもりなんだ?」
宇垣が淡々と問うた。
「そんなに急ぎで、何と戦うのか?」
「ハワイの敵太平洋艦隊ですよ」
黒島は言った。
「これらが東太平洋に陣取れば、連合艦隊の動きも制限される……。危険は早いうちに叩くべきかと」
「ちと性急過ぎやしないか?」
宇垣はわずかに顔をしかめた。
「ハワイは先のアメリカ太平洋艦隊が奪回しようとして失敗している。艦隊もだが、ハワイの飛行場やレーダー基地など、その守りは固いはずだ。勢いで行けるほど、簡単なものではない。……諏訪、お前はどう思う?」
「敵情がはっきりしないうちに、飛び込むのは危険かと」
「先に仕掛けたアメリカ軍が、相応の被害を与えているかもしれない。戦力を減らしているだろう今が、攻撃の機会と思いますが?」
「貴様、見込みで攻撃するつもりか!? 希望的観測が過ぎる。確証のない状況で行くのは自殺行為だぞ」
珍しく声を張り上げる宇垣。黒島も勢いよく立ち上がり、反論しようとするが――
「もういい、静かにしろ」
山本がぴしゃりと言い放った。
「我々の一存で決まるものではない。まずは目の前のトラックの攻略と、ウェーク島攻略を注視しつつ、もし先手を打って敵太平洋艦隊が動いてきた時の対応を考えよう」
「長官……」
「第一、仮にハワイに攻めにいくとして、陸軍が攻略に乗り気にならなければ意味がない」
ただ艦隊を叩くのが目的なら、陸軍なしでも、ミッドウェー辺りに攻め込むフリをすれば敵も釣れるだろう。それらを含めて検討せよ、と山本は司令部参謀たちに告げた。
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