第172話、第二次ハワイ沖海戦


 アメリカ合衆国海軍第五艦隊は、かつての拠点を奪回すべく、ハワイ攻略を目指していた。

 艦隊ナンバーこそ変わっているが、その戦力は、先月のミッドウェー攻撃に投入された戦力に加え、大西洋艦隊からの増援も含まれている。


 戦艦8、正規空母4、軽空母1、護衛空母5、重巡洋艦3、軽巡洋艦6、駆逐艦42、これに100を超える輸送船が、合衆国の庭だった真珠湾を目指す。


 指揮官は、フランク・ジャック・フレッチャー中将。大西洋で、異世界帝国の空母部隊とやり合い、戦果としては五分五分ではあるが、苦しい米海軍の懐事情の中、奮闘し、経験は米海軍でも指折りである。


 空母は、『サラトガ』『グレートブリッジ』『スプリングフィールド』に、大西洋艦隊の助っ人である『エセックス』に、巡洋艦改装空母である『インディペンデンス』が加わっている。護衛空母の顔ぶれは『カサブランカ』級5隻だ。


 これらの空母の艦載機で、ハワイの異世界帝国航空隊を撃滅し、上陸師団を援護する。その船団には、戦艦『コロラド』『ミシシッピー』が護衛についている。


 そして、異世界帝国の駐留艦隊を撃滅すべく、戦艦6隻を中心にした打撃部隊が前進する。

 ウィリス・A・リー少将指揮の戦艦群は、『ワシントン』『サウスダコタ』が大西洋艦隊からの援軍として参加。残る4隻は日本軍からの貸与艦である『ネブラスカ』『オレゴン』『バーモント』『ノースダコタ』となる。

 いずれも27ノット以上は出る高速戦艦であり、その主砲も4隻が16インチ砲、2隻が15インチ砲で武装している。


「全艦戦闘配置。右砲戦、用意」


 眼鏡をかけた知的な風貌のリー少将は、落ち着き払う。


 南北戦争時代の名将であるロバート・E・リーの遠縁にあたるリーは、その見た目とは裏腹に射撃の名手であり、アントワープでのオリンピックに出場し、射撃競技において団体戦で金メダル5個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得。チームメイトと共に勝ち取った1大会メダル7個の記録は、1940年代において抜かれていないオリンピック記録だったりする。


「敵はその主砲配置から、13.5インチ砲装備の、Bタイプバトルシップ。つまり格下である。我が艦隊の戦艦は数でも優勢だ。正面から敵を打ち砕こう」


 戦艦部隊旗艦『ワシントン』の45口径16インチ三連装砲が、右へ指向する。


「敵艦隊、距離2万8000にて回頭! 同航戦の構え」

「突っ込んでこないか」


 異世界帝国の量産型戦艦は、艦首を向けた時が、一番火力が高い。同航戦――つまり、リーの艦隊と同じ方向に並んで撃ち合う場合、異世界人の戦艦は、主砲二基が死角となって最大火力を発揮できない。


 対して、アメリカ合衆国を始め、地球の海軍の戦艦は、中心線上に主砲を並べているため、艦首から艦尾まで全砲門を横に向けた時に、最大の攻撃力を発揮する。


「レーダー射撃、撃ちまくれ!」

『こちら射撃指揮所。射撃準備、完了!』

撃てファイア!」


 指揮官の号令に、アメリカ戦艦群は、ズシリとくる発砲音で答えた。『ワシントン』『サウスダコタ』『ネブラスカ』『オレゴン』が40.6センチ砲弾を、『バーモント』『ノースダコタ』が38.1センチ砲弾を2万8000メートル先の敵戦艦群に撃ち込んだ。



  ・  ・  ・



「きたきた、撃ってきた!」


 ハワイ駐留艦隊指揮官、ドッグレ中将は、旗艦『マラマル』の艦橋で声を上げた。


 アメリカの戦艦群から、発砲とおぼしき黒煙が一斉に噴き出した。ほぼ同時、しかしわずかに先頭艦からズレて発砲するのだが、それは中々壮観ではあった。……自分たちが撃たれている側でなければ。


「艦長、こちらも適当に反撃してくれ」

「て、適当でありますか……」


 戦艦『マラマル』の艦長は、ドッグレのいまいちやる気のなさそうな命令に目を丸くする。


「一応、戦っているフリをしてくれればいい。どうせ、こっちの13.5インチ砲弾じゃ、頑丈さに定評のあるアメリカ戦艦の装甲を抜くのは難しいんだから」


 他力本願ではあるが、敵航空隊を退けた基地航空隊とか、待機させている4隻の軽空母の艦載機で反撃できるかもしれない。


「艦橋にぶち当ててくれても一向に構わないよ。とりあえず、真面目に戦っている風にやればいい。たとえ倒せなくても、あいつらの戦艦の砲弾が空になるくらいまで撃たせたら……まあ、何とかなるんじゃないかな」


 アメリカ戦艦群の砲弾が、ドッグレ艦隊を襲う。水柱が沸き起こり、その大きさと、意外に近い着弾に、ドッグレは眉をひそめる。


 ――たまたま砲弾が集中したか……? 意外と集弾がよろしいじゃないの。


「『アルバスタール』、挟叉されました!」


 見張り員の報告に、ドッグレは双眼鏡を握り込む。


「おいおい、まだ初弾だろうに。嫌になるねぇ。回避優先! 早々にやられるな」

「提督、巡洋艦以下に突入させますか?」


 ポンス参謀長が進言してくる。ドッグレは表情を歪めた。


「奴らの巡洋艦は砲撃戦が得意だ。戦艦を狙って水雷戦隊を突っ込ませるってのは、あまり推奨できないねぇ」


 アメリカ重巡洋艦は8インチ(20.3センチ)三連装砲三基九門が基本であり、それ自体は異世界帝国重巡洋艦が決定的に不利ということはない。


 しかし軽巡洋艦となると、異世界帝国の標準型軽巡が15.2センチ連装砲三基六門乃至四基八門であるのに対して、砲撃軽巡とも言えるブルックリン級が三連装砲五基十五門。昨年から就役し始めた新型のクリーブランド級は三連装砲四基十二門と、門数で大差をつけられてしまっている。


 戦艦の数では不利で、巡洋艦以下の隻数はほぼ互角。しかし火力では劣勢であり、数で勝る戦艦までが主砲をこちらの巡洋艦に向けてきたら……あまりいい予感はしない。

 そうこうしているうちに、米戦艦の砲弾が降ってきた。その射撃精度は正確だ。まぐれや偶然ではなさそうだった。


「これは……よろしくないなぁ」


 ドッグレの呟きは、現実のものとなり、ハワイ駐留艦隊を襲う。


 レーダー射撃を駆使する米戦艦群は、異世界帝国戦艦群をその網にかけて追い詰める。異世界帝国戦艦群は、自身の砲撃命中率を捨ててでもこまめな変針による回避を取る。それでなければ、あるいはすでに被弾、大破していた艦が出ていたかもしれない。



  ・  ・  ・



「……明らかに逃げてますね」


 先任参謀の発言に、ウィリス・リー少将は頷いた。


「時間稼ぎだな。連中も13.5インチ砲で、我が艦隊と正面から撃ち合うのは不利とわかっているのだろう」


 狙いは、ハワイの基地航空隊がフレッチャー中将の51任務部隊――空母群を打ち負かした後、攻撃隊をリーの艦隊に向けてくることだろうか。


「少しプレッシャーをかけてやるとしよう」


 リーは指示を出す。


「ガードを固めていたクルーザー戦隊に攻撃指示。敵クルーザー群に圧力をかけろ」


 重巡洋艦ならびに軽巡洋艦部隊が、『ワシントン』ら戦艦群を離れ、異世界帝国水上打撃部隊へと距離を詰める。それらは間もなく敵巡洋艦部隊の射程に入り、砲撃を開始した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・ノースカロライナ級戦艦『ワシントン』

基準排水量:3万5000トン

全長:222.3メートル

全幅:33メートル

出力:12万1000馬力

速力:28ノット

兵装:45口径16インチ(40.6センチ)三連装砲×3

   38口径5インチ(12.7センチ)連装両用砲×10

   40ミリ四連装機関砲×40 12,7ミリ機関銃×16

航空兵装:カタパルト×2 OS2Uキングフィッシャー観測機×3

姉妹艦:『ノースカロライナ』

その他:ワシントン海軍軍縮条約失効直後に就役した新戦艦。当初は条約延長を見越した14インチ(35.6センチ)砲を主砲としたものとして設計されていたが、日本が条約を結ばなかったことで、エスカレーター条項が発動、16インチ砲戦艦として建造された。

異世界帝国との開戦後は、大西洋艦隊として活動。空母部隊の護衛として大西洋を往復した。修理の際に改装を受けており、当初は28ミリ対空機銃だったが、40ミリ機関砲に変更されている。

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