第171話、その頃、ハワイでは――
異世界帝国の捕虜が取れるかもしれない――その報告は、海軍上層部を震撼させた。
先の見えない戦争に、決着をつける方法が見つかるかもしれない。また、異世界人の抱える弱点の可能性があるとなれば、本格的に取り組まざるを得なかったのだ。
九頭島に立ち寄り、新情報を携えて報告した遠木中佐は、まだ推測ではあると前置きした上で、神明が提示した確認方法についても上申した。
軍令部と連合艦隊司令部はただちに協議を開き、異世界帝国兵の捕虜獲得のための計画を練った。
現在、海軍はトラック島の攻略を進めているが、トラック奪回の陸上兵力の主力は陸軍の歩兵師団であり、戦闘前に確証のない件を要請したり、急遽、海軍の特殊部隊を送り込めば、混乱を引き起こす恐れがあった。
何より、陸軍にその件を報告する前に、海軍でまず確実なものであるか確認すべし、という意見がでた。
これは海軍で敵の捕虜を取ることで、異世界帝国に関する情報面で陸軍より優位に立とうという思惑が働いた結果だった。
今後、大陸決戦に向けて陸軍が主導権を握り、太平洋方面を疎かにされるのでは、と海軍、特に連合艦隊側が危惧した故であった。要するに、陸軍が得ていない重要情報を餌に、交渉の際、彼らに譲歩を迫ることができるかもしれない、という思考である。
同じ国の軍隊なのに、この辺りの融通のなさ、陸海軍の主導権争いは、醜いものがあった。
ともあれ、軍令部、そして連合艦隊が下した結論は、中部太平洋にあるウェーク島を、海軍の戦力のみで攻略する、というものであった。
マーシャル諸島はトラック奪回の次に向かうが、おそらくそこでも陸軍の手を借りることになるだろう。であるならば、規模的に小さく、海軍だけで攻略できそうなウェーク島が絶好の場所と思われたのだ。
ただ、問題もある。
今でこそ異世界帝国軍が支配しているが、ウェーク島はアメリカ領なのである。
マリアナ諸島攻略の際、サイパン島、テニアン島は日本の委任統治領だから進撃しても問題はなかった。自国領の奪回だからだ。だが同時に攻略されたグアム島は、実のところアメリカの領土だった。
中部太平洋の敵の撃滅を考えた場合、グアムだけを放置するということはできず、日本軍はここも攻略した。本土を重爆撃機から守るという、一応の言い訳があるからだ。正直、今でもかなりグレーなのだが、そこにきてアメリカ領であるウェーク島を日本軍が占領すれば、異世界帝国との戦いにかこつけて、領土を掠め取っていると糾弾されかねない。
もともと、異世界帝国が現れなければ、戦争の可能性があったほど関係が悪化していた日米である。
冷え込んでいた関係も改善しつつある現在、余計な問題を起こして、せっかくアメリカから入るようになった物資を、再び打ち切られてはたまらなかった。
『我々の目的は、異世界帝国の捕虜を確保すること、そしてマーシャル諸島攻略の際の横槍とならぬよう、その戦力を排除することにある。故に合衆国がハワイを奪回したのち、返還の要請あれば、お返しする』
せっかく手に入れても、場合によっては苦労だけして手放すハメになりそうではある。だが、異世界人捕虜の確保は、それに勝る報酬となるだろう。
軍令部、そして連合艦隊司令部は意見を統一し、ウェーク島攻略のための準備を進めることになる。
一方、その頃、アメリカ軍は――
・ ・ ・
サンディエゴを出撃したアメリカ合衆国海軍、太平洋艦隊は、ハワイを目指し進撃していた。
これを迎え撃つのは、ムンドゥス帝国ハワイ駐留艦隊。ガスパーニュ大将率いる異世界軍太平洋艦隊主力が出撃する際、残された戦力となる。
異世界軍分遣隊、ハワイ駐留艦隊の司令長官、エルール・ドッグレ中将は、旗艦『マラマル』の艦橋にいて、何度目かわからないため息をついた。
「新長官の着任前だというのに。面倒な時にやってきたもんだ」
顔の輪郭がどこか三角のように見えるこの男は、目元に陰があって陰気な印象を与える。
「こちとら旧型のヴラフォス級だぞ。アメリカの新戦艦に対抗できるのかね」
ブツブツと独り言、いや不満を指揮官が漏らす中、艦隊は進む。
主力艦隊の残り物は、主力が出払っている間のハワイのお留守番であり、その仮想敵はアメリカ海軍であった。が、それは再編を終えたアメリカ海軍が、ミッドウェーを攻撃する前の想定である。
新戦艦と新空母、さらに新型艦載機を引っさげて現れるなど、予想されていなかった頃の残置戦力だ。当然、敵は予想より強力であり、考えただけでドッグレの頭を痛めつけた。
「提督、ハワイ防空航空隊より入電。ヒッカム、ホイーラーより迎撃隊発進。敵攻撃隊と交戦中とのこと」
「敵艦載機は、ハワイの飛行場を狙ったか!」
パン、とドッグレは手を叩いた。オバナ、カアアワのレーダー基地が、飛来する敵航空隊を発見し、旧米陸軍の航空基地から戦闘機隊が向かった。自分の艦隊に米空母艦載機が来なくて、一安心したのだ。
執事然とした参謀長のポンス大佐が口を開いた。
「ハワイは、アメリカ海軍の庭のようなもの。奴等はここの防備は熟知しているのでしょうな」
「だろうね。まあ、連中も我々が占領後にどう弄ったか知らないはずなんだが」
「左様です、伯爵閣下」
「ボンス君。ここでは私は軍人で提督だよ。わかるかね?」
元の世界での身分で語るなら、軍艦を降りてからにしてもらいたいものだと独りごちる。艦橋内のスピーカーが鳴った。
『偵察機より入電! 戦艦含む敵水上打撃部隊、前進中。本艦隊との衝突コース!』
「聞いたか、ポンス君。連中はやる気だよ。嫌だねぇ……」
「しかし、我が艦隊の任務は、ハワイの防衛であります」
「無論だ。ハワイ駐留艦隊という名前が、我々の存在意義を語っている。――戦闘配置。単縦陣、砲撃戦用意」
旗艦、ヴラフォス級戦艦『マラマル』が増速し、後続する同型艦『クロッホ』『カリッグ』『アルバスタール』が航跡を辿る。
ドッグレの手持ちであるハワイ駐留艦隊の戦力は、戦艦4、軽空母4、重巡洋艦4、軽巡洋艦3、駆逐艦16。これに潜水艦が2ダースほどいるはずだが、別行動である。
残りの艦は、真珠湾のドックだったり、ジョンストンやパルミラあたりで護衛や警戒で出ている。
「敵艦隊、視認!」
観測員の報告。ドッグレが口を開く前に従兵が専用の双眼鏡を持ってきた。そして続報が入る。
「敵水上部隊は、戦艦6、巡洋艦6、駆逐艦14」
「うーん、これはほぼ互角、と言っていいものか」
数の上では、さほど差はない。むしろ押しているかも、と錯覚しそうになる。だが水上打撃部隊において、要といえる戦艦が6隻もいるというのはいただけない。
――こっちは13.5インチ砲戦艦が4隻。アメリカ戦艦は最低でも14インチ砲で、最大16インチ砲……。これはよろしくないなぁ。
アメリカ艦隊が、ドッグレのハワイ駐留艦隊に突進してくる。その速度は27ノットと、ハワイ沖海戦で戦った低速戦艦群とは明らかに異なる新戦艦部隊だ。
その先頭を行くのは、ノースカロライナ級戦艦『ワシントン』。16インチ――40.6センチ三連装砲三基九門を装備する。その指揮官は、レーダー射撃の権威とも呼ばれる米海軍の誇る砲術屋、ウィリス・A・リー少将である。
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・主力戦艦B:ヴラフォス級戦艦
基準排水量:3万5000トン
全長:230メートル
全幅:36メートル
出力:12万馬力
速力:27ノット
兵装:45口径34.3センチ連装砲×6 20センチ連装砲×4
13センチ高角砲×6 8センチ光弾砲×12
航空兵装:カタパルト×2 艦載機×4
姉妹艦:
その他:異世界帝国海軍の主力戦艦B型。34.3センチ連装砲を、艦首2基と両舷2基ずつ装備し、正面方向に全砲門を向けることができる。
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