第170話、それは命綱?
ここにきて、異世界人について新説が出てきた。
実は、異世界人はこの地球の環境では生存が困難、ないし生きていけないのではないか?
神明の思いつきのような言葉に、小沢中将と遠木中佐はさらなる説明を求めた。
「この欠片は、異世界人の軍艦にも搭載されている謎素材だ。そして彼らの占領地にもそれと同じ材質の柱が立っている」
「……」
「異世界人は、それがない場所に行くと絶命してしまうのだ。それが捕虜が取れない理由だとしたら?」
日本軍の拠点には、この素材はない。撃沈した敵艦の生存者が回収できないのも、艦に搭載しているその素材が破壊されたから。
魚が陸で呼吸できないように、と神明が例えば、小沢は腕を組んだ。
「異世界人は我々と同じ姿をしていたが、実は人間とは別種の生き物だったというのか……?」
「空想の話で地底人とか海底人なんてものがありますが、違う環境になれば適応できずに死んでしまうのは、生き物である以上ない話ではないかと」
「水を差すようで悪いですが、神明さん」
遠木は口を挟んだ。
「敵地を占領した後にも、この素材で出来ている柱は残っています。でも異世界人はそれでも息絶えたんです。矛盾してますよ」
「それは電源が入っていないから、だとしたら?」
「電源?」
「そうだ」
神明はポケットからメモ帳を出すと、さっと簡単な柱の図を描いた。
「大体こんな形の物体が、異世界人の軍艦にはあるんだが、この上と下に接続用の端子があるのだ。解析したところ、奴らのマ式機関から一部エネルギーを得ているのがわかっている」
こんなものが――と、小沢と遠木は図を覗き込む。
「何かしら役割があるのはずと推測されてはいたが、それが何なのかこれまでわからなかった……。だがこれが異世界人を生存させるための生命維持装置だとしたら、少なくとも、海で敵生存者がいない理由に説明がつくんだ」
撃沈されたことで、生命維持装置が停止。海に投げ出された敵兵は、地球の環境では生存できず、日本軍に救助される前に死亡する――
遠木は唸る。
「まあ、海ではそうかもしれないですが……陸ではどうですかね」
「こちらが敵拠点を攻める時に、必ず破壊しているものはないか? あるいは敵が我々の手に渡るのを恐れて必ず爆破処理しているものとか」
「そう言われると……あるかもしれませんが、ちょっと今すぐ断定はできないですね」
海軍側で、敵基地の奪回、占領例はあまり多くない。むしろ陸軍のほうが、陸上での異世界軍との交戦経験が豊富なので、そちらで戦闘後の資料を漁れば何か出てくるかもしれなかった。
小沢がビールを口にする。
「神明、敵の基地でのことはわかったが、連中が攻めてきている時はどうなんだ? 海は軍艦が動くから問題ないが、陸だと、連中が攻め込む土地にはその生命維持装置はないはずだ。貴様の説だと、攻め込んだ異世界人がむしろ死んでしまうのではないか?」
「陸戦での奴らのことはよく知りませんが、軍艦同様、攻め込む時もあの素材でできたものと一緒に進軍しているかもしれません」
神明は言った。
「例えば、専用の車両が随伴するとか――」
「あ……」
そこで遠木が声を出した。
「陸さんの資料を見た時に、異世界陸軍の移動司令部車両や、謎柱の専門車両がありました。あと、戦車が入らない土地の場合、黒い杭状の物体を戦場にばらまいてくるって話もありました……それってこの素材で出きているんじゃ」
「電源が入らないと意味がないんじゃなかったか?」
小沢が指摘すると神明は首を傾げた。
「予備電源が内蔵されているかもしれないですね。一定時間で効果がなくなるものとか。……実際にそれを調べてみないとわからないですが」
「手に入らないものかな?」
「すでに陸軍は、ある程度回収していますよ」
それが何なのか、陸軍でもわからないようだが。
「サイパンやテニアンを占領して、まだ手つかずのものもあるはずですから、この素材でできた柱自体は、現地に命じればすぐに回収できると思います」
「欲しいのは、その戦場にバラまかれた杭と、柱だな。予備電源があるか否か。そもそも素材自体は、海軍はもう持っている」
神明は肩をすくめた。小沢は眉をひそめる。
「あるのか?」
「異世界人の艦を回収した時に、いくつか。得体の知れない装備だったので、改修の段階で抜き取ってあります」
正体のわからないものを、軍艦に載せておくのは危ないと神明と魔技研は判断したのだ。遭難捜索や友軍索敵用の発信器とか、遠隔での自爆装置だったら、敵に利用された時に被る被害が半端ない。……実際は、生命維持装置の線が濃厚になっているが。
小沢は唸った。
「確かに、敵に利する装備だったら目も当てられなかったな。我が海軍にも、異世界帝国の鹵獲艦が増えていたし、さらに増加するだろうしな」
「早速、明日の報告で、その件も上に上げておきます」
遠木は頷いた。
「特に異世界人の謎を解く有望な説ですからね。捕虜を確保するためにも、確実に伝えないと」
捕虜さえ取れれば、異世界帝国の情報収集も格段に進むだろう。先行き不透明なこの戦争も、着地地点が見えてくるかもしれない。
「だが、まだ推測の域を出ていない。検証前であることを忘れてはいかんぞ」
小沢が注意した。そして神明を見やる。
「何か、確かめる方法はないか?」
「一つ、敵の施設を傷つけることなく、占領して、捕虜がどれくらい生きるか検証する」
「小規模な拠点でもいいですかね?」
遠木は腕を組んだ。
「敵が少人数なら、奇襲で落とせるかも」
「二つ、我々のほうで、例の素材を稼働させる」
謎素材を兵に携帯させて、それを稼働させた状態で捕虜を確保。そして収容する場所にも、稼働している謎柱を用意する。移送時、そして移送後に捕虜が死なないか見ればいい。
「検討の余地があるな」
小沢は自身のこめかみに指を当てた。
「しかし、その謎が解ければ、対異世界帝国の戦局も大きく動くだろう。おれたちは、この大戦でもっとも重要な情報の一端を掴んだかもしれん」
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