第169話、異世界金属の謎
「サイパンでの作戦、お疲れだった」
神明は、やってきた遠木を労った。向かいに座る小沢も口を開いた。
「君らの活躍は聞いている。あれでマリアナ各基地への奇襲に成功した。第三艦隊の代表として礼を言わせてもらう」
「光栄です」
魔技研絡みの海軍特殊部隊である現部隊は、マリアナ諸島攻略作戦での地上戦に参加した。
いや、その口火を切ったといってもいい。小沢の第三艦隊の先制攻撃に先んじて、潜入していた現部隊は、敵の対空レーダー施設を無力化させていた。
その後も敵飛行場の確保や、敵守備隊の配置を通報、友軍の航空支援や艦砲射撃誘導など、活躍した。
「海軍の特殊部隊ということで、如何ほどのものかと思っていたが、中々大したものだった。現地から敵の情報が即時入るのはありがたい」
小沢は上機嫌である。神明は言った。
「それで、今回の作戦について、話せるところだけで構わないから話してくれ。特殊偵察部隊……いけそうか?」
いざ、大作戦の前に動いてみて、よかったこと、悪かったことを聞く。小沢は知らなかったが、遠木は明日本土へ立たねばならないので、直接会って話せる時間はあまり多くないのだ。
遠木は、現部隊の装備や武装、部隊の編成の他、異世界帝国の陸戦部隊について語った。これは神明はもちろん、小沢にとっても大変興味深い話だった。陸上の戦闘については、ほとんど話を聞く機会がないので、より関心が強かったというべきかもしれない。
そうして異世界人の装備など語っているうちに少々酔いが回ってきたか、愚痴がこぼれはじめる。
「――俺たち現部隊の任務には、異世界帝国の軍人を捕虜に、というのも少なくない。だが、これが上手くいかない」
「陸軍も、異世界人の捕虜が獲れないと言っているらしいな」
神明が水を向ければ、遠木は唸った。
「せっかく捕まえても、こちらの基地に連れていく途中で死んでしまう。これがわからない。陸さんが捕虜が獲れないというのは事実でしょう」
それを聞き、小沢は自身のコップにビールを注いだ。
「毒でもないし、自殺したわけでもなく、突然苦しみ出す……意味がわからんな」
「それが解決できなければ、異世界人は捕まえられない」
神明は顎に手を当て考える。
「検死をしても、仕掛けは発見されなかった。だが全員がしばらくすると勝手に死んでしまう……」
「時間制限? ……いやしかし、それまでは普通に生きているんだよな?」
小沢が言えば、神明はさらに考え込む。
「戦闘が始まる前と、終わった後、何か変化があるか……。ジン、お前、何か変化に気づいていないか?」
「変化……変化ねぇ」
ビールを飲みながら、遠木は視線を彷徨わせる。小沢も神明も答えを待つが……。
「……わかりません。何か目に見えて変化は――あ、大佐。これお土産です」
ポケットから石の欠片を出す遠木。神明はそれを見た。
「何だこれは? 石か?」
「サイパン土産です。何かわからないんですが、異世界人たち占領地に、妙な柱を立てるんですよ。それは、その柱を削ってきたやつです」
「妙な柱?」
「それは何だね?」
神明と小沢はすかさず聞いたが、遠木は眉をひそめる。
「さあ、目印なのか、規則的にこの材質で出きた柱が、奴らのテリトリーにはあるんですよ。……話を聞こうにも、情報を聞き出す前に、敵さんは死んでしまうし」
「次からは、基地に連行せず、敵のテリトリー内で尋問したらどうかね?」
小沢が言った。遠木は首を傾けた。
「何です?」
「敵の領域でなら、普通に生きているんだろう? 捕虜として連行したら死ぬなら、連行せずに尋問する手はどうか」
「なるほど」
神明は頷いたが、遠木は首を振った。
「それも考えたんですが、占領した後、敵さんを捕虜にしても何故か死んでしまうんですよ。なので、捕らえたその場で尋問を始めても、さほど時間が経たずに絶命します」
「占領前は試したのか?」
ポツリと神明は言った。小沢と遠木は、一瞬意味が理解できなかった。
「どういうことです?」
「だから、占領した後に死ぬなら、占領した時の何かが原因で異世界人が死んだのだろう。だったら、敵地で、占領していない状態で捕虜にして、そこで尋問はしたのかと聞いたんだ」
「……神明さん、酔ってます?」
「どうなんだ?」
ギロリと睨まれ、遠木は酔いが醒める。
「……ええと、いや、さすがにそれはないですって。敵地で尋問って、自分たちが逆に包囲されて捕まってしまいますよ」
敵地に入って、敵がウヨウヨしている場所で、発見されないように気をつけながら尋問など、言うほど簡単なものではないことは素人でもわかる。
神明は、遠木が渡した黒い柱の欠片をじっと見つめている。彼がそれっきり黙っているので、小沢と顔を見合わせ、遠木は聞いた。
「それ、何なのかわかりますか?」
「わからん」
神明はスパッと言った。遠木は首を横に振る。
「わからないですか……」
やはりこの世界にはない未知の金属でできているのか――そう思った時、神明は言った。
「この素材と同じものが、異世界人の軍艦にも搭載されていた」
「え……?」
「そうなのか、神明?」
小沢は視線を鋭くさせる。異世界人の謎物質が、敵艦にも使われているとなると、にわかに海軍にも関係あるのか、と思ったのだ。
「魔核を使った再生でも、設計図にも、この謎の素材を使った板が艦の中央部分に埋め込まれていた……」
「装甲か?」
「いえ、何かを囲んでいるわけではなく、むしろこれが船体中央に埋め込まれているというべきでしょうか……」
神明の眉間にシワを寄せる。
「何の効果があるのか、どんな意味があるのか、まったくわからない。しかし軍艦に搭載されているということは、何か意味があるはずだ……」
「異世界帝国の艦には、全部それが積まれているのか?」
小沢が改めて聞けば、神明は額に手を当てた。
「全部……戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦にも……。いや、ひとつだけ、積まれていない艦があった。あれは――『
かつて行方不明になり、その後、魔改造されて現れた巡洋艦。神明は目を見開いた。
「乗員がまったく乗っていなかった『畝傍』、あれにはこの金属を使った柱はなかった……いや、あれはそもそも日本のフネだった。だが異世界に行き、そして帰ってきた。乗員はいなかった……いや、異世界人が拿捕し、改造した。そしてその乗員も異世界人だったはずだ。彼らもこちらの世界に来た時、死んだとしたらどうだ――?」
ブツブツと呟く神明。彼はやがて目を見開いた。
「もしかしたら、そうなのか……? この謎金属が、彼らにとっての命綱だとしたら……?」
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