第168話、第一機動艦隊


 サイパンを日本軍は奪還した。


 間髪を入れず、日本軍は、トラック攻略に乗り出した。追加の陸軍師団を載せた船団と、再編成された第二艦隊が本土より出航。敵太平洋艦隊のいない中部太平洋を目指したのだ。


 その頃、第七艦隊は母港である九頭島にて、補給と修理、整備が行っていた。次の戦場は南太平洋か、と第七艦隊将兵らは想像していたが――


「インド洋です。我々は、インド洋に行って、東洋艦隊に引導を渡して、制海権を手にするということです」


 九頭島司令部。本土よりやってきた第三艦隊司令長官、小沢治三郎中将は連合艦隊からの資料を、第七艦隊司令長官、武本中将に提出した。


 予備役からの復帰組である武本は、小沢より下という扱いなのだが、年齢や海兵卒業年次を見れば、大将でもおかしくなく、年上であるため、小沢も敬語を使った。小沢は同席している神明大佐にも資料を渡した。


「陸軍の大陸決戦の支援の側面のある作戦ですな」


 武本は年下になる小沢に対して、現在の立場を考慮して部下のように振る舞った。ざっと目を通した資料によれば、インド洋へ向かう部隊は、第一機動艦隊と呼称され、小沢中将が最上位指揮官、次席が武本ということになっていた。


 第一機動艦隊は、第三艦隊と第七艦隊を中心に、補充艦艇を加えたものとなる。


「中部太平洋海戦の結果、連合艦隊はまた新しい艦を手に入れた」


 小沢は、司令部から見える九頭島軍港を見やる。そちらでは、現在、新設の潜水回収艦隊によって集められた沈没艦が、日本海軍の装備による改修を受けて再生されていた。


 例の異世界帝国が誇る旗艦級戦艦も、再生して『播磨』の僚艦として就役する。

 また海戦で大破させられた大和型二番艦の『武蔵』も、『大和』に準じた潜水可能超弩級戦艦として改装を受けている。戦線復帰の暁には、第七艦隊に配備され、『大和』と戦隊を組む予定だという。


「第二次トラック沖海戦で、かつて我が海軍に所属していた艦艇も、異世界人から取り戻すことができた」


 戦艦『長門』ら、第一次トラック沖海戦で撃沈され、敵に鹵獲された艦も、潜水回収艦隊が、トラックに肉薄して異世界人たちより先に回収した。そちらの艦も現在の装備に合わせた大改装が行われている。


「現状、インド洋に有力な艦隊を回しても、太平洋にも充分な艦隊があるわけです」

「つまり、我々は後顧の憂いなく、インド洋に集中できるわけですな」

「その通り」


 インド洋にいて、ひとたび太平洋で戦局が動いたら、すぐに駆けつけられるという距離ではない。それを気にしなくていいというのは、実際に遠征に行くほうはありがたい。


「陸軍を支援する意味も込めて、第一機動艦隊は、インドへの敵輸送ルートの破壊を目指すわけですが、セイロン島にいる敵東洋艦隊……これも叩かねばなりません」

「まさに。こやつらがウロチョロされては、こちらの船団も危機に晒されますな」


 武本は頷いた。資料にある推定、敵東洋艦隊の欄を見る。


「しかし、東洋艦隊の顔ぶれも豪華ですな」

「陸軍の特殊部隊が掴んだ情報ですが、海軍が照合したところ、現在の東洋艦隊は、ヨーロッパの海軍製がほとんどのようです」


 戦艦と巡洋戦艦は『ウォースパイト』『クィーン・エリザベス』『ヴァリアント』『バーラム』『レパルス』『フッド』『ビスマルク』『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』の9隻、空母は『フォーミダブル』『イラストリアス』『グローリアス』『イーグル』『ハーミーズ』の5隻。ほか巡洋艦、駆逐艦多数。


「ドイツのフネがありますなぁ」


 武本が片方の眉を吊り上げた。


「異世界帝国にとってみれば、イギリスもドイツも関係ないということか。イタリアやフランスの軍艦も、連中は持っているんでしょうな」

「地中海も異世界人に押さえられていますから、イタリア、フランスの艦艇はそっちでしょうね」


 小沢は口元をへの字に曲げた。


「寄せ集め感はありますが、楽な敵というわけではない。中々面倒ですよ。こちらが動けば地中海から増援が来る可能性がある」

「それは厄介ですな」


 武本は不敵な笑みを浮かべた。敵として現れるならば沈めるのみ、である。異世界帝国軍に負けるわけにはいかないのだから。


 大まかにインド洋の戦いと展望を話し合った後、小沢は言った。


「……それで武本さん。悪いんですが、神明を参謀にください。海軍省には話を通してあります」



  ・  ・  ・



 九頭島根拠地近くの軍人街にある食事処『矢又』の奥の座敷席に、神明と小沢の姿があった。衝立を挟んで、九頭島基地の士官や第七艦隊将校らが酒や鍋をつつく中、小沢は杯を掲げた。


「新たな作戦参謀に」

「お世話になります」


 神明も応えた。海軍の然るべき人事を通して、第一機動艦隊司令部への異動である。

 海軍省ばかりでなく、軍令部にも話を通した上での人事異動だった。そうであれば、神明にも断る理由はない。どの道、『大和』艦長のままでも、インド洋に行けば九頭島での実験部門は他の者がやるしかないから、あまり変わらないのだ。


「何せ、インド洋は内地から遠い。山本さんは太平洋だし、何かあれば第一機動艦隊は独自の判断も強いられる。実戦経験豊富で、豊富な知識がある補佐が必要だ」

「恐縮です」

「聞いたぞ、神明。貴様、欧州の軍艦事情にも詳しいそうだな?」

「標的艦回収で、大西洋、米国、欧州にも行きました。その後も他国軍艦の情報は、魔技研の再生艦設計の役に立つかもと、勉強しておりました」


 しれっと言う神明に、小沢はうんうんと頷いた。


「今回の欧州製の艦と戦う時は、大いに頼りにさせてもらう」


 何せ相手である敵東洋艦隊には、英独艦があり、さらに仏伊の艦も現れるかもしれないのだ。


 それから鍋をつつきながら、現在配備を進めている新装備や運用試験が必要な装備や戦術について語り合う。さらに艦隊編成についてもあれこれ話し合っていると、待ち人がやってきた。


「失礼します。御同席よろしいでしょうか?」


 一人の海軍佐官が現れる。小沢は神明を見やり、彼が頷くのを確認すると答えた。


「貴様が神明が本来、飯を食う約束をしていた男か。こちらこそ邪魔しておる。さあ。上がってくれ」

「失礼いたします、長官」


 佐官は一礼すると、座敷に上がり、神明を見た。


「お久しぶりです、大佐」

「久しいな、迅。まあ、座れ」


 神明が迎えた相手は、海軍特殊偵察部隊、うつつ部隊の遠木とおきじん中佐だった。

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